きっかけは愛犬の闘病生活。愛犬の健康を守るサプリメント「パンフェノンS」の開発秘話

2024.07.04 18:45
東京都渋谷区にオフィスを構える「株式会社スケアクロウ」は、2004年創業の動物専用のサプリメントメーカーです。
徹底的に品質にこだわり、獣医科大学を始めとした研究機関と作り上げてきたサプリメント「パンフェノンS」は、創業当初から現在まで続くロングセラー商品となりました。
今や世界22カ国の獣医師やペットオーナーに信頼され、多くの動物に寄り添うサプリメントですが、全く売れなかった過去がありました。


全ての始まりは、創業代表取締役 大川博の1頭の雑種犬への思い。
当時全く受け入れられなかった「パンフェノンS」が世界で愛されるサプリメントになるまでのヒストリーを、インタビューしました。
創業の動機は愛犬「ロク」の闘病経験から
Q.なぜスケアクロウと言う動物サプリメントの会社を立ち上げようと思ったんでしょうか?


なんでこういう事業、動物のサプリメントの事業をやりだしたかというと、飼ってた犬でロクちゃんという名前の犬がいたんですけど、30年ぐらい前だったから30代?妹が3つ違いで、彼女は20代だったかな?いや、高校生の時だったから私も10代だったのかもしれない。そうすると、40何年前になっちゃうのか…


おっきな団地なんですよ。私の生まれた団地って。35個マッチ箱みたいな建てたところでそこで犬が捨てられてたらしいの、それで妹が拾ってきちゃったんですよ。キャンキャン泣いてて「うちで飼っていい?」って妹が、両親に言ったんですけどもちろん団地なんで「駄目だ」って言われて、妹も色んな家に聞きに行って片っ端から彼女も当たってったのかな。「飼ってくれませんか?」って一軒家の人もに聞きに行ったのかもしれないですけどみんな断られちゃったらしくて、結局、家(団地)で飼うことになったんですよ。
なんで名前が「ロク」かって言うと、昭和60年に来たから「ロク」にしたんですよ。それでロクは15歳ぐらいまで生きました。雑種のメス犬です。確かに可愛かったですね。私は何もしなかったですけど妹も拾ってきたはいいけど、結局世話をするのはお袋と親父が散歩やってました。亡くなったのが15歳で、乳がんだったですね。


犬のお乳って6つぐらいついてるんですけどお袋が近所の動物病院に連れてって、私の実家は東京の調布市なんですけど、40年くらい前なので当時は動物病院って今ほどそんなに沢山はなかったですね。40年くらい前なので、がん だってことで連れて行って、獣医師さん院長先生に診てもらって、手術をして、入院したと思う。1泊だか2泊だか分かんないんだけど、その時のお会計が言われたのが30万とか50万だとか、それが適当なのか適当じゃないのか「何でこんなにするんですか?先生??」みたいにお袋が聞いたら、病院の先生が「じゃあいいよ。これで3万円で」みたいな感じの適当な会計の時代だった。いわゆる飲屋の領収書みたいな感じですよ。「ちょっと高いから安くしてよ!」「じゃあ、兄ちゃん一万円でいいよ!」そういうような時代だったよね。


ロクもがんで入退院を繰り返していて、臓器もお腹の中ほとんでとっちゃってるから、ぺったんこになってお腹がね。おふくろもあの頃は辛かっただろうけどもうロクも横たわって歩けないわけよ。食欲もないからお袋がスプーンで家の食べ残しをあげてたんだけど、口がだんだん開けられなくなってくるわね。口がだんだん開けられなくなってくるわね。そして最後、お袋も言ってたけど、寝ている頭をコックンってやったっていうわけよ。それはお袋に「ありがとう」と言ってコックンと言って亡くなって行ったね。それはそれでやっぱり悲しかったよね。私はいわゆる死に目には会えなかったんだけど、当時私の家は調布市なので、霊柩車に犬猫の動物の霊柩車が来ましたね。
深大寺動物霊園ってところに眠ってるんですけど、その霊園の人が迎えにきて棺だよね。そこに入れて運び出されるのは、今でもよく覚えてるよね。


その時に何か客観的にずっと思っていたことが、サラリーマンだったんですけど、人間のサプリメントの研究開発それらを売ったりだとか、そんなことずっとしてたんですけど犬のサプリメントできちっと効果があって、いわゆる論文だとか学会発表ができるようなものがあれば、獣医師の先生が使うんじゃないのかな?っていうのが感覚的に思ったんですよね。


その後、起業するきっかけになって、動物のサプリメントの会社一本槍でスケアクロウというのは、かかしという意味ですけど、1本足で立ってるので、「1本でやってやろう」っていうきっかけ、想いになったっていうのはありますよね。
創業初期の困難を家族や社員と共に乗り越えた大川社長の奮闘
Q.起業して3年間は全く売れなかったという話を聞きましたが本当でしょうか?


今も21年目になったんですけどね。今から18年前、39歳のときに会社を興して、42歳くらいまではどうしようもなかったよね。まず、自宅で女房が裁縫をやるから、裁縫の台に電話1本引いてきてそこでファックスを受け渡しするような時代だったよね。
そのときに子供がね双子と年子がいるんですけど、彼らが1歳が2人と0歳で三つ子みたいなものですね。彼らが1歳が2人と0歳で三つ子みたいなものですね。彼らが幼稚園に行くと、やっぱり3万、5万のお金がかかっちゃうから、それまでにね。何とか稼げるようにしたいなと思ってだけど、全然ダメよね。


まず私の時代は有限会社というのが、300万円で作れたので作りました。300万円はそのサラリーマンの時に一応貯めてね。で会社を作った。だけど、300万というのはすぐ溶けてなくなっちゃう。で当時の国民金融公庫「国金」からと神奈川県で会社を興しているので、創業者支援資金というのがあって、それは県からと国からお金をもらってというか、借りてやりました。
3年半、4年目ぐらいに少し売れるようになるまでトータル2,000万は溶けちゃってるかな。よく覚えているのが、今はPASMOだとかでペッタンペッタンして電車に乗るけど、電車に乗るのが怖くて。


家で会社を興して赤ちゃんたちが寝巻きを引っ張りにくるから仕事にならんのですよ。「こらいかんな」と思って、私の家から電車で20分ぐらいで渋谷駅があるんですけど、渋谷の駅でインキュベーションといって起業家ばかりが入っているオフィスを借りました。オフィスといっても机があって間仕切りがしてある。私の横には違う会社の社長。対面には違う会社の社長、保険屋さんの支店長もいました。いろんな会社が机1個を何千円だとか1万円だとか、そういう金額で借りるようなところに行きました。インキュベーションというんですけど。それでもなかなかやっぱり事業がうまくいかない。


そういうところ何で借りるのかというと、やっぱり人と喋らないとね、人間ってのは頭おかしくなっちゃうんですよ。で、今コロナが終わってこういう流れになってますけど、ずっとお家で仕事をすると言っても話す人が誰もいないと人間ってみんなやっぱりおかしくなっちゃう。私もそういうのは分かってたんで、渋谷のインキュベーションも借りていろんな会社の社長と「どう?」って話したり、
受付の電話をとってくれる女の人がいたんですけど「大川社長、頑張ってくださいね」って言われるのを一つの糧として20年前は初めて会社っていうのはよく覚えているよね。


電車がね、田園都市線というので行くんですけど、当時1区間120円だったかな?120円を渋谷と私の家の駅、宮崎台って駅なんだけど、往復するとすぐに200円が300円かかっちゃう訳でしょ?当時はプリペイドカードっていうのを買ってたのね。駅で1,000円と3,000円と5,000円が大体あるんだけど、まあ3,000円で買えればいいんだけど、3,000円がないわけよ。1,000円で買うと要は往復300円だから10回ぐらいしか乗れない。10回来るまでに会社がなくなる可能性があるなと思ってプリペイドカードを買うのがやっぱり手が震えたのよく覚えてるよね。それはよく覚えてる。
愛犬の健康を守るサプリメント「パンフェノンS」
最初に当てたというか、うまくいったのは「パンフェノンS」という品物。よく覚えてたのが、ずっと私もお金がなかったんで、電車乗れないから飛び込みで回るのね、動物病院を。渋谷周辺からかずっと回ってて飛び込みで回るのね、動物病院を。渋谷周辺からかずっと回ってて色んな病院には製品になる前の粒だとか、原料の資料を持ってずっと回ってて、渋谷の横に恵比寿っていう駅があって、恵比寿の開業医の先生のところに行って、その先生に言われたのが「大川さん。こういう資料を持ってきても、私の知らない先生のデータだし、信じられないよ。分からないよ。」って言われたの。


その先生のアドバイスは「誰でも知っている。その獣医大学そこの門をたたきなさい」それが日本獣医畜産大学(当時)という東京の中央線の武蔵境駅にある大学なんだけどまずそこの教授の門を叩いた。その先生が動物の犬猫の癌の放射線ってあるんだけども、人間でも放射線治療とか、そういうことを研究していらっしゃる先生で、人間でも放射線治療とか、そういうことを研究していらっしゃる先生で犬の養子免疫っていうのがあるのね。人間でもそうなんだけど癌に人間がかかった時に、抗がん剤を打ったりもするんだけど、養子免疫治療っていうのがあって、元々元気な時に血液を取って置いとくのね。癌にかかっちゃった時に、その血液を元気づけて戻すといういわゆるリンパ球治療というのがあるんだけど、それを動物でできないかな?と思って、放射線学教室の先生のところの門を叩いた。その研究もしながらなんだけど、サプリメント「パンフェノンS」も同時にやってた。
だけども、未だにその養子免疫って開業医でもやってらっしゃる先生がいるんだけど、なかなか普及はされない。
なんで普及されないかというと、動物が犬猫が癌にかかると、人間の場合は5年生存率というんですけどね。癌にかかって長く生きるために、検診に行ったりすると5年生きられますね。っていうのが5年生存率なんだけど。
動物の場合は、犬猫の場合はすぐ死んじゃう。だから5ヶ月生存率というような言い方を聞いたことある。だから、そういう免疫の治療方法だとか普及しづらい。また、そこに参入していく企業が、会社がいないというのが大きな理由かな。
学会発表の機会を得て、一晩で書き上げたパンフェノンSの効果に関する抄録
それで色々研究してやってたね。で、私は3年目、2006年。動物臨床医学研究所、動臨研と言われる大阪の大きな学会。山根先生と言われる先生が、今もやってらっしゃるんですけど学会で発表する機会を得たんだけども、日本獣医生命科学大学の大学教授と学会で発表する機会を得たんだけども、日本獣医生命科学大学の大学教授と私も学会発表するのは初めてだったから、エントリーをちょっと書いて学会側が「発表していいですよ」って言うようなアクセプト(承認)はされていてでもその内容、いわゆる抄録という学会で発表する内容を書き起こすっていうのは私もあの時、大学教授がやってくれるものばっかりだと思ってたんだと思う。


そして発表できるんだなと思ってて、である時、私の九州のおじさんが危篤状態で、九州の福岡へ行ったんですよ。で、見舞いもして親戚の家へ泊まってたんですよ。その時はスマートフォンも何もない時代で、携帯のガラケーなんだけども、夜女房から突然電話がかかってきて「博さん、大学教授からメールが来てるんだけど、」「なんかこれ重要な内容なんじゃない?」って言われて「何って書いてある?」って聞いたら、「抄録は大川さんの方で書いてくれるんですよね?」「だけど、すぐ学会に提出しないと学会発表できなくなりますよ」って内容だったの。
それ聞いてビックリしちゃって私も。いや、抄録なんか私は法政大学2部文学部中退の男で、いわゆる論文だとか、そんなもの書いたことないし、どうやって書いたらいいんだろうと思ったし、大学教授が書いてくれた方が一番良いんだけどな。って思ったんだけどそんなこと言ったってあとの祭りというか、今やんなきゃいけないことになっちゃってるからどうしようと思って、もちろんパソコンなんか持ってってないし、一応、女房に話も聞いて、「じゃ、書こう!!」と思ったけどパソコンないんで親戚のお姉さんのパソコンを借りて女房に入ってるメールを転送してもらって読んでそこから一晩で書き上げた。
いまだによく覚えている。パンフェノンの「難治性疾患に対するパンフェノンSの効果」っていうものでいろんな病気にかかっている犬猫がいて、その子が動物病院に通うようなの先生のところへ行ったんだけど血小板凝集能という評価基準があるんだけど、それをどういう風にパンフェノンを飲む前と、飲んだ後の変異を変動を見て、基準値がいくつあるのかっていうのをきちっとカットオフ値で出して、全部頭に中にどういう犬が使っているというのは頭の中に入ってたから、全部一晩で書き上げたよね。


19症例だったんですけど、19症例の犬にパンフェノンSを投与して確率からすると、パーセンテージもよく覚えてて73.6%の犬が改善しますよというデータを写真もある部分もあったし、それを書いて、大阪の動物臨床研究会医学年次大会に入れて大学教授とそのメジャーな大学教授と一緒に発表した。で、その抄録が出きてきて、学会発表に来れない先生もいるから、その抄録もコピーするのも、お金がないから…よく覚えてるんだけど、渋谷のキンコーズというお店があって、A3で30円だったか、50円だったかな。10枚だったら500円ぐらいだったから、5枚ぐらい印刷してそれを動物病院に飛び込みしながら「こういう発表しました」って言ったら、ちょろちょろ買ってくれるんだよ!


「あ!これはいいな!」と思って、そこからダイレクトメールをやり出した。
そのダイレクトメールをするのも、封筒オレンジ色の封筒なんですけど、封筒を1,000部印刷して、その抄録も印刷して、挨拶文書いて、注文書も入れて詰めるんだけど、全部うちでやってね。女房と私がやるんだけど、一日にたくさんやっても200づつぐらいしかできないんですよね。内職といってもそういう仕事なんだけど、それをやっていくと子供たちがやってきてさ。「これ何?これ何?」ってこう3つに折ったりするのを一緒に手伝ってくれたのをよく思い出しますよ。


それが3年間ぐらいやったかな。それでだんだんだんだん売れるようになってパンフェノンSという製品が世の中に知れ渡ってきたっていうのが最初です。今じゃ、世界は22か国。国でいうと上からいうと、韓国、台湾、中国、下の方のタイ、マレーシア、インドネシア、香港、アメリカ、ポルトガル、トルコ色んな国の獣医の大学の先生とやり取りができて、色んな国にもご商売という形でさせていただいてるから。


確かな時に思うのは諦めないで…でも何回も諦めて、渋谷のね。田園都市線の駅のホームの中に入る自分が見える。駅のホームに入っていく…自分が何回も見えた。そうした方が楽だからっていう思いがあって入ってる自分がいるんだけど、その首根っこを女房と子供が引っ張り出してたのは自分でよく見て覚えてる。あの時のことはよく覚えてる。21年間やってこれて良かったと思いましたね。
韓国から始まったスケアクロウの海外進出。諦めずに開拓し続けたサプリメント販売
Q.今や世界に顧客がいるスケアクロウですが進出したきっかけを教えてください。


世界に出だして、もう15年ぐらい経ちますけど、最初は韓国なんです。当時、日本の動物病院にパンフェノン、イペット、いろんなサプリメントを供給していて大体2,000軒ぐらいの動物病院さんで採用されていた日本の学会にも出るようになった。


その時に、妹が知り合った韓国の先生がいてその先生と交流を持ってたのかなぁ。事務所で私が仕事してる時に妹が作業をやってて見たら、ちょろちょろした細かい仕事をやっていて「何やってるの?」って聞いたんですよ。「韓国の先生にちょっと出してんだ」って言うから、1個だとか、2個3個で韓国に送るにしても運賃かかるし「そんな仕事はやめといて、日本の獣医さんの先生方の方をやってよ」って妹に言ったんですよ。


そしたらですね、私が椅子に座って仕事に戻ろうかなと思ったら、ポッと電話がかかってきて、落合先生という公認会計士の先生で、会社の財務状況を見てもらっている方「大川さん韓国行かないの?」って言われて「韓国ですか?先生??」って聞いたのは覚えてるね。その先生が言うには「女房が今韓国ドラマ見ててさ」「急に大川さんのこと思いついて電話したんだけど、韓国やらないの?」って言われて身の毛がね、ぞぞぞっ!!って立ったんだよね。笑
たった今妹に「そんなもんやめとけよ」って言ったばっかだったのになんでそのタイミングで電話がかかってきたのか不思議だった。この落合先生という先生は、普通の公認会計士の先生じゃなくていわゆる企業再生。私の会社も助けてもらった経緯があるんですけど赤字でボロボロになってる会社をきちっと立て直して、生き返らせる先生で要は会社の数字を見通すだけじゃなくて、人間を見通せる力があるんですよ。それを何回も経験してたし、でも「韓国に行けって言われたけど…」その時は「分かりました」って言って、
後日ちょっと先生の事務所に行って、話してたら「韓国の学会調べた?」「あ、調べました」って言って「その韓国の学会いくんだろ?」って先生がいうけど、ハングル語も全然わかんないし、喋れないし、海外全然行ったことないし「いや、先生その時北海道の学会があるから行けないですよ」って言ったの。そしたらそれも見通されちゃってその北海道の学会というのは、前のサラリーマン時代の付き合いのある、人の方の先生方のグループの学会があって、そこにちょっと挨拶に行ってみようかなっていうような体だったんだけど、それを見透かされて「大川くんそれ北海道って言ってるけど、なんともない学会じゃないの?」って何にも言ってないのに見通されて「そんなもの行く必要なんかないんだから。」「先々先見の明を持つようになるから世界に行った方がいいよ!」って強く押すのよ。韓国を。笑
「わかりました」って言って、それでまた帰ったんだけど、それでもまだ行く気にならない訳。笑笑 何度となくやりとりして「行けって言ったじゃない!」って言われてそれで韓国のチェジュ島ってところで学会があったんだけど、行きましたよ。


その当時いた動物看護師のスタッフと私で行って、スタッフも韓国語出来ないし英語も出来ないから、言語が通じない訳よ。学会からの紹介で、英語が出来て、日本語が出来て、ハングルもできるそんな人をアテンドでついてもらったんですよ。その人を中心にしてブースを持って、セールスというか案内をしました。だけど韓国へ行ったんだけど、結局韓国に対しての商売は成り立たなくてね。韓国の先生も興味があるとは言ってくれたんだけど、その時に一応契約をしようと言った。先生とは結局2年3年「注文を出しますよ」って言ってくれたんだけど、注文を0円で何にもなかった。「いやー失敗しちゃったのかな」と思っていた。
落合先生も「長いスパンで考えろ」とは言ってくれてたけど、こっちもまだ、海外へ行けるようになったと思っても生きるか死ぬかみたいな生活状況だから、商売しないとしょうがないんでその時に来てくれた先生で、いろんな国の先生が来る。韓国なんで、中国も来てた。タイもマレーシアも来てた。


タイの先生で、Dr.スターサナンって方で今もまだお付き合いがあるんだけど女の先生が来て、神様みたいな先生なんだけど英語で、通訳さんもいてなんとなくわかったのが「Mr.大川はタイに来て、これを紹介すれば」「まず間違いなく売れるからタイに来い」って言われたんですよ。笑
それが韓国と同じ年に行ったかな。
タイの学会に行ってブース持って、いろんな国の人が集まって獣医さんに説明して、その時にDr.スターサナンが来てくれて「いい会社紹介してあげる」ちょうど斜向かいのタイのTJアニマルって会社今もまだ付き合いあるんですけど、獣医療専門でやっているからそこと付き合ってみなさい。って言われたのが最初かな。
タイに行って、近いからマレーシアになったり、インドネシアに行ったり、わらしべ長者みたいな感じです。アジアって大陸続きだから繋がってるんですよ。だから獣医師の先生方の交流も近い日本は島国だから性格もちょっと閉鎖的であんまり来ないし、行かないし、だから世界の学会に私も行きますけど、日本の獣医さんと会うことは、ほとんど無いですね。全く会わないってことも無いんだけど、少ないね。


それが世界進出のとっかかりそれからいろんな国とのやりとりがあって、今は22カ国の獣医さん、獣医大学と交流を持っていろんな言語でやりとりをしますけど、もちろんこういう風になる前にロシアも行って、ロシアのモスクワ大学でカンファレンスもしたんですけど非常に評価も高くて、全世界仲良くなったらもっと広い国に営業で行ってみたいなと思ってますね。
選択肢が豊富になった動物用サプリメント市場で、動物と飼い主の幸せを第一に考えた商品を提案し続けていきたい
創業当初と比べると、現在、日本でも動物用サプリメントの認知や必要性の意識が広がったと言えるでしょう。
一方で、市場のあまりの選択肢の多さに、何を取り入れたら良いのか悩まれる飼い主さんが多いというお悩み相談を頻繁に受けます。
そのような現状にも真摯に向き合い、これからもスケアクロウは、動物と飼い主さんの幸せを第一に考え、本当に動物の体に必要なものを世界中へご提案し続けていきます。世界中のすべての動物が笑顔になりますように。
■株式会社スケアクロウ公式サイト:
■スケアクロウサプリメント公式ショップ:

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