大切なのは再現性とスピード感。吉岡医師が国内外で貢献できる理由

J-WAVE
2020.01.08 00:00
J-WAVE(81.3FM)の人気モーニングワイド「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」内で、
様々な企業が取り組んでいる「働き方」から、これからの変化や未来を考える
「RECRUIT THE WORK SHIFT」。
1日のスタートに「新しい働き方」のヒントをシェアしています。

12月9日~12月12日の放送では、「特定非営利活動法人ジャパンハート」の最高顧問で医師の吉岡秀人さんにお話をうかがいました。

「特定非営利活動法人ジャパンハート」は、2004年に設立された、日本発祥の国際医療ボランティア団体。
「医療の届かないところに医療を届ける」を基本理念に、貧しくて医療を受けることのできない人々を対象に、日本から多くの医療者を派遣しているほか、保健活動、人材育成、養育施設の運営など、活動は多岐にわたっています。

吉岡さんが「ジャパンハート」を設立するきっかけとなったのは、1995年、あるNGO団体の要請でミャンマーを単身訪れ、医療活動を行ったことだったそうです。
「1995年に行っていちばん驚いたのは、これほど貧しい人たちがたくさんいて、医療を受けられない状態なんですが、その人たちのために医療をやっている外国人がいないことでした。
第二次世界大戦で、(当時のビルマで)日本人が20万人ぐらい亡くなったので、戦後、慰霊が続いていたんです。が、ちょうど戦後50年経って、高齢のため慰霊がたいへんになってきた。一方、当時ミャンマーの平均寿命は50歳ちょっとだったと思いますが、何が起こっているかというと、5歳以下の子供がたくさん死んでいる。それを慰霊団は毎年毎年、行くたびに目撃していたんですよね。自分たちが歳を取ってきて慰霊が続けられなくなってきた・・・であれば、自分の身内はもう助けられないですけど、(ミャンマーの)子供たちを助けることを新しい慰霊にして行くのが良いのでは? ということで、そのNGOを通して僕に頼んでこられたんですよね。ですから、いまでもその慰霊団の人たちは『ジャパンハート』を支援してくれています」
そしてそのとき、思いがけないつながりが見えてきたそうです。
「戦争中、たくさんの日本人が助けられたのも事実なんです。ようやく10万人が帰ってきて日本の戦後の復興を支えていくんですけど、亡くなった人たちも含めて、たくさんの人たちが現地の人たちにお世話になっていたということもわかってきたんですね。僕が行ったときはむこうのお年寄りもまだ生きていましたから、そういう話をしに来るわけですよ。もちろん、日本で、生き残ったおじいちゃんたちからもそういう話は聞きましたしね。
で、僕のところにそのとき医療を受けに来る人たちは、農家の人たち、つまり日本人を助けてくれた人たちの子孫だということがわかってきたんですよ。なので、50年前に日本人たちが受けた恩を返すチャンスだと思ったんですよね。そこで医療を続けよう!と思ったのがもともとです。自分はまだ慰霊をしていますね。それはもう、そういう人たちの声を聞いていますから。だから僕の中では、現地で医療をすることは慰霊行為の側面があるのです」
2日目は、まず、「ジャパンハート」の活動を続ける中で、吉岡さんが心がけてきたことについてうかがいました。
「心がけていたことは2つ。1つ目は、いい加減なことをしない。制約がある中でも最高の医療をやりきるということ。そしてもうひとつは、NGOを科学すること、つまり、“再現性”を持たせることです。

短期決戦ならば、個人の実力で向かえばいいんですよ。でも、おカネも時間も能力も、ずーっと持続的に必要になるじゃないですか。だから、日本でもてはやす『ゴッド・ハンド』っていう言い方、僕はいいと思ってないんです。『ゴッド・ハンド』っていうのはアートの世界。再現性がないんですね。社会のためには、いっとき120%の力を出すより、80%の力で持続するほうがソーシャル・メリットが大きいことはわかっているわけです。だから、いかに再現性を持たせるか、科学的に仕組みを運営していくかがすごく大切だと思うんですね」
そして、以前と比べると、途上国医療の実態もずいぶん変わってきたようです。
「僕が医者になったころにいわれたのは、『途上国医療はイチかバチか』『決死の覚悟が必要』ということ。でも、最初の10年で感じたことは・・・アジアの空港に降り立つとアジア人の若いカップルがバックパック背負って旅行しているし、普通に人々がアジア中を動いている。それを見たときに、アジアに行くのになぜ決死の覚悟が必要か?と。時代にあった仕組みを作れば、もっとたくさんの人たちが参加できる。そうすればもっとソーシャル・メリットが大きくなる・・・と思い、それに見合った仕組みを作ったんです。
僕らの時代と違って、仕事をやめる必要なし。日本で働きながら、たとえば2泊3日でアジアに行ける。日本を夜に出れば、朝には現地に入れる。自分たちが使える時間を使って国際貢献してくれれば良い。そうやってたくさんの科の人たち(外科だけではなく)が参加できれば、いろんなレベルの人たちを現地で治療することができる・・・ということです。いかにこれを再現性を待たせ拡大していくか、っていうことをまだまだ途中ではありますが、やっています」
3日目は、日本社会での働き方について、うかがいました。
「日本ではある年齢に達すると定年退職を迎えるじゃないですか。医者だったら、教授とか各病院の部長っていうのはいちばん早く定年を迎えますよね。それは、僕からいわせれば社会的損失です。でも、日本にはその人たちを再生する仕組みがない。人生100年時代といわれる現在、定年してから30何年あるわけです。定年後に10年間働くだけでも、社会的利益がすごくある。だから、その人たちにアジアに来てもらって助けてもらおう・・・という仕組みを作っていくことが大事だと思うんです。
また、働き方改革の中で、夕方5時になったら帰れっていうことになっていますが、世の中にはすごく働きたい方もいるわけです。そういう意味では、ボランティアでは希望すれば朝から晩まで働けるので、いいのかもしれないですね」
現在、「ジャパンハート」には、医療系・非医療系を問わず、学生のインターンも多いそうです。
「この数年の変化ですけど、学生のインターンも多いですね、いま。かつては、休学してボランティアするのはキャリアダウンだったんです。が、いまは、そういう体験を重要視される。そういう人たちを企業も必要とする。かつて、イギリスがそうだったですよね。今後、日本に閉じこもって生きていくことはできないので、海外とやっていくことになる。そのとき、若い時から海外に触れている人を求めるのは自然な流れだと思うんです」

さて、今後さらに高齢化が進み、「医師や弁護士などが安定した職業だ」という固定概念が崩れていくといわれる社会の中で、生き抜いていくには、どのようなことが大切なんでしょう?
「単純な話です。それは、どんな社会に行っても、人間としてのベースの力を上げて、特別な価値(能力)をつけていくということに尽きると思いますね。いままでは企業や国が保障してくれたのが、これからは保障してくれない。何を頼るかといえば自分だけ。医者は、自分の価値(能力)を高め、それぞれが得意な分野でやっていく、ということだけだと思います」
最終日は、未来のNGOの姿についてうかがいました。
「NGOと企業は同じような形に向かって収斂していくと思っています。カネを儲けるだけでなく、社会や環境に役立つような活動をしている企業に人が集まり、評価され、生き残っていくんだろうと思います。NGOも、寄付や善意をあてにするのには限界があり、自分たちでおカネを集めるようになっていく。即ち、将来は企業もNGOも表面上はまったく同じことをやっている可能性があります。ただ、企業は株主に配当がいき、NGOは受益者へ・・・と、利益の配分先だけの違いへ、という時代に入っていくと思います。20~30年後には、企業につとめようかNGOにつとめようか・・・という悩み方はだいぶ薄れると思います」

そして、日本人の「働き方」についてもうかがいました。
「アジアへ行って感じることは、日本人は、完成度を8割から9割5分に上げるのにものすごくエネルギーを使うということです。でもアジアでは8割で合格なんです。かつてはそれで良かったわけですが、イノベーションが加速しているいま、日本が9割5分まで持ち上げたときにはイノベーションが次の段階に入っていて、その努力が報われない。やがて置いて行かれるのは目に見えています。スピード感を持って次のイノベーションの段階へいくのが大切だと思いますね」

今週のお話から導き出す「WORK SHIFTのヒント」は・・・
『再現性とスピード感で日本と海外に貢献』

国際貢献に大切なことは「再現性」。そして、あまりにも高い完成度よりはスピード感が大事。
日々の働き方にも、通じるところがあるかもしません。