インクルーシブ映画Day、47都道府県で全国一斉開催へ|認定NPO法人AYAが病気や障がいのある子どもに届けたい体験

2026.11.04 11:00
映画館で映画を観る。スタジアムで声援を送る。多くの人にとって当たり前の楽しみを、重い病気や障がいのある子どもと家族は「うちには無理かも」と最初から諦めてしまうことがあります。
認定NPO法人AYAがこうした子どもと家族に届けているのは、「体験の場」です。2027年5月には、47都道府県で同じ日に上映会を開く「インクルーシブ映画Day」を計画しています。


代表理事の中川悠樹(なかがわ・ゆうき)は、現役の医師。なぜ医師が「体験」に向き合うのか。今回は中川と副代表理事の森野杏子(もりの・きょうこ)が、全国一斉開催に挑む背景と、その先に描く未来を語ります。
AYAの成り立ちと今、届けていること
認定NPO法人AYAの原点は、代表理事・中川の幼なじみの妹で、難病・障がいとともに生きた「あやこ」という名前の女の子です。医師となった中川は、病気や障がいがあるだけで子どもとその家族の体験の機会が失われてしまう現実に向き合い、AYAを立ち上げました。


現在は医療従事者が帯同し、映画上映会やスポーツ観戦などの「体験の場」を全国で届けています。声を出したり、じっとできなかったりしても大丈夫。点滴や人工呼吸器などの医療機器を使いながらでも楽しめる場です。2026年10月末時点で、開催は全都道府県で338回、のべ参加人数は4万8,197人になりました。
全都道府県開催から、全国一斉開催へ
「住んでいる地域に関係なく、病気や障がいのある子どもと家族が体験できるようにしたい。だから、どの都道府県にも広げていきたいと思っていました」
2026年2月、沖縄県での上映会の様子


その思いからAYAは、2026年2月に47都道府県すべてで「インクルーシブ映画上映会」の開催を達成しました。


次に中川が思い描いたのが、これを「全都道府県で一斉にやる」ことです。しかし当初、周囲の反応は「何を言っているんだ」というものでした。それでも中川は周りを巻き込みながら言い続け、それを森野をはじめとするメンバーが形にすることで少しずつ「できるかもしれない」と現実味を帯びていきます。
「中川の困ったところが、私の居場所」
AYAの活動は、中川一人で成り立っているわけではありません。中川が「僕がデコなら、森野はボコ」と表現するのが、副代表理事の森野です。


2人の出会いは、横浜の病院の救急科。ともに救急医として働く先輩と後輩の間柄でした。
救急医時代の中川(後列右端)と森野(前列右端)


森野がAYAに関わり始めたのは、病院を離れて外資系コンサルティング会社に転職した後のことです。きっかけは中川に誘われて参加したAYAのイベントでした。入院中の子どもたちがオンラインでバスケットボールの試合を観戦する、その様子が会場の大型モニターに映し出された瞬間、鳥肌が立ったと振り返ります。


「(AYAの)活動が、会場にいた大勢の人の目に触れた。そこが私に刺さったんだと思います」
2026年、森野はAYAに転職します。前に出て旗を立てるのが中川。開催までの道筋を数字で描き、運営を支える仕組みを整えるのが森野です。
「中川がWhatを出し、私がHowを考える。誰かのやりたいをどう実現するかを考えるのが、大好きなんです」


そんな森野は、中川の魅力と困ったところは「表裏一体」だと話します。


「ドラえもんの主人公が出木杉くんだったら、完璧すぎて面白くないですよね。中川は優秀ですが、完璧ではありません。自分にしかわからない名前のフォルダを作ったり、経費精算を忘れたり。でも、できないことを隠さず『助けて』と言える。


その余白があるから、いろんな人が関われる。中川の困ったところがなくなったら、私の存在意義もなくなってしまいます。居場所を作ってくれてありがとう、という気持ちです」
一つ突き抜けると、見える世界が変わる
インクルーシブ映画Dayの全国一斉開催は、AYAが「視座を一段上げ、見える世界を変える」機会だと中川は考えています。


「大きなことをするには、信頼も実績も必要です。何か一つで突き抜けないと、その先には行けない。その突き抜けが、インクルーシブ映画Dayです」


映画に限らず、どんな分野でも47都道府県で一斉にイベントを開く機会は、そう多くはありません。
インクルーシブ映画上映会にて。インクルーシブイベントの参加者数はのべ5万人を超えています


子どもと家族には「こういう場にも行けるんだ」と知るきっかけに。社会には、その存在を知ってもらうきっかけに。そして、関心を持った誰かが「一緒に何かしたい」と手を挙げてくれるかもしれません。


「何が起こるのか、僕にもわからない。だからこそ、その楽しみはめちゃくちゃあります」
医師だからこそ、当事者と事業者の間に立てる
映画館にも、子どもたちのために何かしたいと考える人はいます。けれども、万が一を考えると受け入れに踏み出しにくい。家族も、迷惑をかけるのではと遠慮してしまう。どちらも悪くないのに、両者の間には溝があります。


そこに医療者が第三者として入ることに意味がある、と中川は考えています。
医療従事者が帯同するAYAのイベントでは、声を出したり、じっとできなかったりしてもOK。点滴や人工呼吸器などの医療機器を使いながらでも楽しめます




「当事者(病気や障がいのある子どもとその家族)が100点、事業者(映画館などサービスの提供者)が60点を目指すくらいなら、両方が80点になる道を探す。


それをいつも考えています。事業者や行政・自治体の立場だと、どうしても当事者の要望に対して『それは難しいです』と言いづらかったりしますよね。われわれAYAは、当事者に対しても『現段階ではご希望に沿えないです』と言うこともあります。


医療者という第三者的立場を担えるからこそ、伝えていけることがあると思っています」


当事者の願いを受け止めつつ、受け入れる事業者側も続けられる形を探す。それが、医師として中川が大切にしている立ち位置です。一方、家族にはこんな言葉をよく伝えています。


「ユニバーサルシートがない、段差がある。だから映画館には行かない、と言っていたら、映画館のスタッフはいつまでもあなたたちの存在を知らないままです。


でも、実際に来て喜ぶ姿を見せたら、『まだ映画を届けられていない人がいる』と気づくスタッフが出てくる。そこから、次に予算がついたとき、スロープを置こうか、トイレを使いやすくしようか、という話になるかもしれない」


家族が映画館に足を運ぶことが、社会を少しずつ変えていく。体験格差をなくす道のりは、そこから始まります。
上映会の参加をきっかけに、家族が次の一歩を踏み出す
AYAが届けたいのは、映画を観る機会だけではありません。イベントをきっかけに、家族が自分たちの力で次の一歩を踏み出していくこと。それが、AYAの目指す姿です。
2026年6月に開催されたAYA3周年記念イベント


参加したご家族から以前、こんなメッセージが届きました。


「映画館に行けるとは思っていなかった。今回、AYAのイベントではなく、自分たち家族だけで映画館に行ってみたら、行けました」


このご家族は、1年ほど前からAYAの上映会に3回参加していました。「参加するまでは、まさか自分の子どもと一緒に家族みんなで映画館に行けるなんて思ってもいなかった。でも、少しずつ映画館という環境に慣れることができた」というメッセージをいただきました。
そして今回、自分たちだけで一般の上映に足を運んだのです。AYAで積み重ねた経験が、「自分たちだけでも行ける」という自信につながりました。


別のご家族は、観たかった作品が地元で上映されず、新幹線で隣の県の上映会に参加していました。
お子さんが大きくなってから、旅行はほとんどできていなかったご家族だったのですが、映画イベントをきっかけに、新幹線に乗れることが分かり、「旅行もこれからできる気がする」という声が届いています。映画をきっかけに、新しい挑戦が生まれました。
苦労を苦労と思わない2人
インクルーシブ映画Day全国一斉開催という大きな挑戦。それでも中川は、今の状況を「大変なことはない」と笑います。


「細かいことはいっぱいあります。メンバーがめちゃくちゃ頑張ってくれていて、もっと対価を払えたらと思うこともある。


でも、誰からも文句が出ない組織で、全部順調って楽しくないと思うんです。人数が増えると、何かしらの試練がやってくる。それを味わえるのは、ありがたいなと思います」
AYAの活動を支えるメンバー


森野も、同じ考えです。
「自分たちがやりたくてやっている活動なので、大変なことも含めて自分で選んできたこと。苦労話として語るほどのものはありません」
映画の先に描く景色
全国一斉開催の先に、AYAではすでに次の構想も生まれています。中川が描くのは、映画にとどまらない体験の機会です。


一つ目は、映画だけでなく、プロ野球観戦や音楽鑑賞など「誰でも楽しめる日」を季節ごとにつくること。二つ目は、病気や障がいのある子どもと家族が行ける旅行プランを、国内外に広げること。そして三つ目が、5年後に日本を代表する大きなテーマパークを貸し切ることです。


「同じ境遇の家族がたくさん集まって、アトラクションに並びながら『どこから来たんですか』と話す。そこから新しいつながりが生まれたら、めちゃくちゃいいなと思っています」


こうした構想の背景にあるのは、家族の目線。
「『障がいがあってもなくても、みんなで一緒に』を否定するわけではありません。でも家族からすれば、まずは自分たちが映画やテーマパークに行きたい。そこを整えないと、次には進めないと思っています」


楽しそうに旗を立てる中川と、それを形にする森野。2027年5月、47都道府県の映画館で同じ日に開催する「インクルーシブ映画Day」。AYAはこの日を、多くのご家族にとって次の一歩を踏み出すきっかけにしたいと考えています。

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