熟練者の「経験と勘」を次世代に。運転判断を支援する「最適運転ガイダンスシステム」とは

2026.11.04 11:00
素材・化学産業のバッチプラントでは、温度や圧力のわずかな変化を読み、原料を追加投入するタイミングや反応の終点を見極める運転判断が、製品の品質と生産性に大きな影響を及ぼします。こうした運転判断は熟練者の経験や勘に支えられてきており、それは高機能材へのシフト、多品種化や小ロット化が進む現在でも変わりません。多拠点化、海外進出も進むなか、安定した運転を続けるには、蓄積された知見をどのように次世代につなげていけばよいのでしょうか。

日立の「最適運転ガイダンスシステム」は、設備内の状態をデータとモデルから可視化・予測し、目標とする状態へ近づけるための操作をオペレーターに提示する仕組みです。熟練者の判断を学習したAIが判断を支援することで、熟練者による教育期間を減らしつつ、組織で知見を活用できる形に変えていくことができます。Hitachi Social Innovation Forum 2026 JAPANで本システムを紹介する、日立製作所の丹藤順志さんと河野洋平さんに、開発の背景と技術の仕組み、現場で安全に活用するための考え方、そして運転支援から自律化へ向かう将来像を聞きました。

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いま、プラント操業が直面する「熟練者依存」問題
――日本国内の製造業の現状について教えてください。
インダストリアル OT ソリューション事業統括本部 ソリューション&サービス事業部 技師 丹藤 順志さん


丹藤:AI、半導体、EVといった成長領域の拡大に伴い、高機能材の需要が増しています。その需要の変化に合わせ、プラント操業もこれまでの大量生産から多品種・小ロット生産体系へと変化しています。

また、地政学リスクや現地ニーズの多様化に伴い、サプライチェーンの強靭化といった変化も見られます。それにより、国内外での生産体制の再構築・分散化が進められている状況です。
日立製作所は製造業に対し、設備・制御からIT、IoT、AIと幅広いソリューションを提供してまいりました。多様な製造現場の課題に向き合い続けるなかで、高機能材化や拠点分散化といった課題に関連した従来以上に高度で複雑なプラント操業課題が見えてきたのです。

――それはどのような課題なのでしょうか。

丹藤:操業力の組織的な継承、展開です。これまで製造業では、熟練者の知見やノウハウ、経験に依存している部分がありました。知識や経験が属人化しているため、高度な運転判断や調整操作に再現性がないといった課題があったのです。また新人や海外のオペレーターへのOJT依存も課題になってきています。

――具体的にはどのようなターゲットを想定していますか。
研究開発グループ DIGITAL INNOVATION R&D システムイノベーションセンタ DX エンジニアリング研究部 主任研究員 河野 洋平さん


河野:私たちが対象としておりますのは、素材化学分野で高機能材料を生産するバッチプラントと呼ばれるものになります。

バッチプラントとは、一定量の原料を投入し、加熱・除熱を行いながら反応を進行、完遂させたのちに製品を全量抜き出すプラントです。時間的に温度などの運転状況を変更できることから、高機能材の多品種・小ロット生産での機能作り分けが可能なため、近年増えているプラントだと認識しています。


――属人化している高度な運転判断、調整操作とはどういったものでしょうか。
河野:私たちがバッチプラントの現場でヒアリングさせていただいたところ、反応中のオペレーターさまの業務が非常に多岐に渡っており、かつ業務負担が大きい点に課題があることがわかりました。なぜバッチプラントのオペレーターさまの業務が多岐に渡り、かつ未だに人手を要しているのか。課題を分析した結果、プラント内部の状態が見えないことが根本的な要因だと結論づけたのです。

まず運転開始時には、前バッチの残留物や設備状態を踏まえて初期条件を調整する必要があります。さらに、運転途中には温度制御の監視や手動調整や原料の追加投入の判断を行い、運転終了前には分析結果を待ちながらの終点・工程移行判断を行うといった業務もあります。いずれも、内部が見えないがために熟練者の知見や勘に頼る部分が大きいのです。

化学反応は不可逆的ですので、温度変更や追加投入の判断がどうしても慎重になってしまい、その結果反応が伸び、バッチ運転時間が増大してしまうといったことが起きます。また、製品品質を分析し終了を判断するまでに時間を要してしまいバッチ運転時間が伸びてしまったり、逆に反応を早く切り上げてしまったために品質が悪化してしまっています。
丹藤:こうした現状に対し、私たちはデータとモデルで標準化したAIを活用することでサポートできるのではないかと考えました。それにより、人やモノ、場所が変動しても安定した品質、生産性を実現できます。これが「最適運転ガイダンスシステム」のコンセプトです。
「最適運転ガイダンスシステム」はオペレーターの“デジタル水先案内人”
――「最適運転ガイダンスシステム」について教えてください。

丹藤:バッチプラントの課題の根本原因は内部状態が把握できないことによるものです。装置内部を可視化でき、それにより現状から目標とすべき状態に至るまで、どういった道筋で整理していけば良いのかをAIで導き出すことをめざしたのが「最適運転ガイダンスシステム」です。

バッチ生産開始直後に、過去のバッチの実績データを反映し、AIが特性を学習して運転条件や制御シークエンスを自動で再調整することで、バッチごとのばらつきを吸収します。

また、生産中も実績データから反応変動のタイミングや大きさを予測できれば、温度変更や原料の追加投入をAIが判断します。反応の進度や終点、フェーズの切り替えタイミングもAIで予測できれば、オペレーターさまは迷うことなく確実にバッチ運転時間を守ることができます。

――AIがすべてを制御するというわけではないのですね。

河野:はい。現段階ではAIが直接すべてを自動制御するのではなく、オペレーターさまが理由を理解し、判断・実行できるようガイダンスする位置づけとなります。1バッチあたり数百万円のロスを未然に防ぐ「デジタル水先案内人」と考えてください。
 2つの日立コア技術で「わかる」「予測する」「安全に使う」を実現
――「最適運転ガイダンスシステム」は、どのような技術で成り立っているものなのでしょうか。

河野:2つのコア技術で構成されています。1つ目はプロセスモデルで、いわゆるプロセス内の状態を手に取るように知ることができるデジタルツインです。物理モデルとデータ駆動モデルを組み合わせ、設備内部の状態変化を再現・予測します。
2つ目のコア技術はAI制御モデルです。こちらは温度や圧力といったプラントの運転データの入力に対して熟練者がどう操作するのか、というノウハウをAIに覚え込ませることで、状況に応じて再現し、最適な制御軌道を算出するモデルとなります。車のカーナビのように、さまざまなルートをAIが生成し、その中から1番KPIに合う最適ルートを導き出すイメージです。
――1つ目のコア技術、プロセスモデルにおいて、物理モデルとデータ駆動モデルとを組み合わせている理由は何なのでしょうか。

河野:多品種・小ロットの製造現場では製品ごとに十分な学習データを集めにくいため、データに依存する機械学習単体では精度が出ないことが多いです。一方、現場では設備の劣化や残留物、想定外の副反応といった文献などにはない現象が生じるため、物理化学の原則にのっとった定式化が難しいといった事情があります。

そこで、物理化学法則を土台にした上で、定式化が難しい変化を機械学習で補うことで、限られたデータでも現場のさまざまな物理化学現象を高精度で計算できるようにしたのです。

――2つ目のAI制御モデルについても教えてください。どのような操作を学習しているのでしょうか。

河野:熟練者や新人問わず、これまでの多様な運転データを学習データとしています。AI制御モデルは学習したデータの中から、目的とするKPIを最も高める操作を自動で選択し、最適操作とします。

また、上記の学習データに加えて、実機では試せない「制約ギリギリの操作」や「制約を違反した際の挙動」をプロセスモデルにより再現、学習させてもいます。これにより、人ができる運転領域を超えた制御ガイダンスが可能となるのです。


――「最適運転ガイダンスシステム」を導入することでどのような価値が見込めるのでしょうか。

河野:AIが予測し、オペレーターがその予測に伴った指示に従うことで、熟練者であれば高品質を担保できる一方、新人であれば時間が掛かったり品質が悪くなったりするといった人や状況、モノの違いで生じていたばらつきをなくし、標準化できる点が導入メリットだと考えています。具体的には品質の安定化、バッチ運転時間の標準化の2つに分けられるでしょう。
品質の安定化が叶えば、規格外品、廃棄を抑制できるため、ロスコストも低減できます。品質異常の発生頻度が50%低減できると仮定すると、年間での削減効果は約1800万円です。

また、バッチ運転時間についても、1回の時間が6時間、8時間、10時間とばらついていると計画が立てづらいものですが、一定の時間に標準化できれば、安定した生産計画が立てられるようになります。調整作業が50%削減されると仮定すると、こちらの年間削減効果は約1.9億円です。

さらに、多拠点展開や海外進出の安定化も図れるでしょう。熟練者による教育期間を短縮でき、立ち上げ期間を50%短縮できると仮定すると、1拠点あたり約37.5億円の効果が見込めると試算できます。なお、現状では10~20バッチ分のプラント操業データがある状況を想定していますが、将来的には立ち上げ段階でシミュレーションできるところをめざしていきたいと考えています。
運転支援から、AIの自律運転へ。プラントが抱える課題解決をめざす
――「最適運転ガイダンスシステム」の導入を検討している企業に対し、どのようなサポートがあるのでしょうか。

丹藤:まず、プラント・製品や改善したいテーマを選び、技術適合性と先ほどお話ししたような費用対効果を一緒に確認いたします。

次に必要な運転データを整理して事前評価を行い、モデル構築・検証へ進みます。短い場合、数週間で実施できるでしょう。その後、導入判断をいただき、システム構築へと進みます。検討開始から現場適用までに要する期間は、多くの場合で半年程度です。


――「最適運転ガイダンスシステム」の今後の展開について教えてください。

丹藤:本システムはガイダンスであり、基本的にオペレーションは人が行います。
次のステップとして、人ではなくAIがメインで運転し、人はそれを承認、監視するシステムを考えています。将来的には、人が介在せずAIが自律的に運転するシステムをめざします。

また、「最適運転ガイダンスシステム」は製造をターゲットとしていますが、プラントの運転を考えると、製造だけではなく、生産計画・保全・保安についても考慮する必要があります。現在、日立では計画や保全の最適化ソリューションも提供させていただいておりますが、これら他のシステムと「最適運転ガイダンスシステム」を連携させ、生産効率の最適化を図っていきます。最終的には、プラントの課題である属人的な運転からの脱却、内部状態の常時可視化、プラント運転の3Kのうち、特に危険作業からの解放をめざしています。
日立は「最適運転ガイダンスシステム」を使って製造業の皆さまの未来を支援していきます。

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