経験よりも大切だった、子どもと向き合う力。新しい領域に挑戦した看護師の話

2026.10.14 10:52
「仕事って、私にとっては生活の一部なんです。」


そう穏やかに話すのは、児童発達支援・放課後等デイサービス施設「ソイナース府中Port」(運営:株式会社Medi Blanca)で活躍する看護師の藁谷さんです。


20年以上にわたり成人看護を中心に経験を積み、看護学生の実習指導や保育園での勤務、コロナ禍での医療支援など、さまざまな現場を歩んできました。そんな藁谷さんですが、実は学生時代からずっと心にあったのは、「子どもと関わる仕事がしたい」という思いでした。


しかし、キャリアのほとんどは成人領域。結婚や出産、子育て、転勤とライフステージが変化する中で、小児の道へ進む機会はありませんでした。それでも、その経験は決して遠回りではなかったと藁谷さんは言います。


「大人も子どもも、一人ひとり違います。その人を理解しようとすることが、看護では一番大切なんです。」


20年以上の看護師人生を経て、新しい領域へ挑戦した藁谷さんに、その歩みと看護への思いを伺いました。
「子どもが好き」その思いは、看護師になる前から変わらなかった
――まずは、これまでの看護師としてのキャリアを教えてください。


藁谷さん:
卒業して最初に入職したのは大学病院でした。5年間勤務したあと、循環器専門病院へ転職し、そこで約12年間働きました。その後、夫の転勤で仙台へ引っ越し、療養型病院で成人看護に携わりました。東京へ戻ってからは看護学生の実習指導や保育園で働き、コロナ禍ではコロナ関連の仕事も経験しました。振り返ると、ずっと成人領域を中心に看護を続けてきましたね。


――学生時代から、小児科への憧れもあったそうですね。


藁谷さん:
昔から子どもが大好きだったんです。看護師になる前は、保育士さんや幼稚園の先生になりたいと思っていた時期もありました。看護学校へ進学してからも、「小児科で働きたい」という気持ちはずっとありました。新卒の時も小児科を希望していたのですが、配属は成人病棟でした。希望は出せても配属は希望どおりとは限らなくて、そのまま成人領域で経験を積んでいくことになりました。成人看護もやってみると面白くて、そのままずっと成人領域を歩んできた感じですね。


――途中で小児へ進もうと思われたことはありましたか。


藁谷さん:
一度だけありました。循環器専門病院へ転職した時、「小児と成人、どちらでもいいですよ」と言っていただいて、一週間ほど小児病棟で研修をさせてもらったんです。


でも、その時に見たのは、生まれて間もない子どもたちが何度も手術を受けていたり、小さな体で人工呼吸器につながれていたりする姿でした。私はそれまで、友人の子どもなど元気な子どもたちと接することがほとんどだったので、その現実にすごく感情移入してしまって……。


「かわいそうで見ていられない」そんな気持ちになってしまったんです。「この子は退院できるのかな」「これからどうなっていくんだろう」と考えてしまって。
結局その時は、「やっぱり成人領域で頑張ろう」と思い、再び成人看護を選びました。
「もっと患者さんと向き合いたい」。病院勤務で感じていた葛藤
――長く病院で勤務される中で、やりがいや葛藤はありましたか。


藁谷さん:
やりがいはずっとありました。患者さんと関わることは本当に好きなんだなって常に感じています。決して感謝されたいために看護をしているわけではないのですが、「ありがとう」と言っていただいたり、手術が成功したり、元気になって退院されたりする姿を一緒に経験できるのは、やりがいそのものでした。娘のように接してくださる患者さんもいたりして、病気以外の事でも一緒に笑ったり泣いたりしたこともあります。(昔は個人情報とか今ほどうるさくなかったので)今でもお手紙を下さる方もいらっしゃいますし、私が受け持ちをした患者さんで、お世辞かもしれませんが、私みたいな看護師になりたいと言ってくれ、その後無事に看護師資格を取ったと報告してくれた方も2人います。その時は本当に嬉しかったです。


でもその一方で「もっともっと患者さんと向き合いたい」という思いはずっとありました。病院勤務時代は、本当に忙しかったです。日常業務以外でも、徐々に後輩指導、リーダー業務、学生指導、管理業務も増えていきました。もちろん重要な仕事なのですが、「もっとベッドサイドで患者さんと話したい」「もっと一人ひとりと関わりたい」と思っても、なかなか時間を取ることができませんでした。


――それでも看護師を続けようと思えた理由は何だったのでしょうか。


藁谷さん:
やっぱり、看護が好きなんだと思います。私は、人と関わることが好きなんです。患者さんが少し元気になったり、「助かったよ」「ありがとう」と言ってくださったり。感謝されたいというより、「私が関わったことで少しでも役に立てたんだ」と感じられることが、本当にうれしいんですよね。だから、忙しくても、辞めようとは思いませんでした。
途中で半年くらいお休みした時期もありましたが、「やっぱりまた看護師をやろう」と自然に思えたんです。
子育ても、転居も、すべてが今の看護につながっている
――出産や子育ても経験されました。ライフステージが変わる中で、看護師としての考え方にも変化はありましたか。


藁谷さん:
大きかったですね。娘を出産したあとは一年間お休みをいただいて、その後、循環器専門病院の外来へ復帰しました。病棟勤務のような夜勤は難しかったので、外来で成人も小児も看る仕事をしていました。
当時は周りのお母さんたちに本当に助けられました。仕事が終わって迎えに行くと、「ご飯もお風呂も済ませておいたから、今日は寝るだけだよ」なんて言ってくださる方もいて。子ども同士も本当の兄弟のように育っていきました。保育園のお迎えがいつも遅くてごめんねという気持ちは常にありましたが、「仕事をしていることが、子どもにとってマイナスだった」と思ったことはありません。むしろ、たくさんの人に支えてもらいながら子育てができたことに、今でも感謝しています。


――子育てや転居を経験する中で、ご自身の中で改めて気づいたことはありましたか。


藁谷さん:
夫の転勤で仙台へ引っ越した時は、「今度こそ専業主婦になろう」と思っていたんです。でも、どうしても家にじっとしていられなくて(笑)。
当時、娘が通っていた小学校では、低学年の子どもたち向けのボランティアを募集していました。「せっかくだからやってみよう」と参加してみると、一緒にプールに入ったり、給食の配膳を手伝ったり、授業中にサポートが必要なお子さんの隣で見守ったりと、気が付けば子どもたちと関わる毎日になっていました。


子どもたちと過ごす時間は、とても楽しかったですし、私にとっては癒やしの時間でもありました。「やっぱり私は子どもと関わることが好きなんだな」と、その頃改めて感じましたね。
「今なら挑戦できるかもしれない」。ソイナースとの出会い
――ソイナースとの出会いを教えてください。


藁谷さん:
東京へ戻ってきてからは、看護学生の実習指導や保育園で働いていました。保育園では、医療的ケアが必要なお子さんを担当する機会もありました。その後、コロナ禍ではコロナ関連の仕事にも携わりました。当時は不安もありましたが、「今、自分にできることがあるなら力になりたい」という思いが強かったですね。その経験を通して、「やっぱり看護師って、人の役に立てる仕事なんだ」と改めて感じました。


――以前から、訪問看護にも興味を持たれていたそうですね。


藁谷さん:
病院では退院支援や地域医療連携の仕事も担当していたので、「退院した患者さんは、自宅でどんな生活をしているんだろう」「困っていることはないのかな」と考える機会がたくさんありました。だから、「家で暮らす人を支える看護」に興味があったんです。そのようなころにSNSでソイナースを知りました。今から小児に挑戦できるかな、とドキドキしていましたが、それでも、まずは登録だけでもしてみようと思い、面接を受けました。


――すぐに勤務を始められたわけではなかったんですね。


藁谷さん:
そうなんです。面接の直後に父が体調を崩してしまって、その後亡くなりました。母を支えるため、しばらくは実家と東京を行き来する生活が続いていたので、一度は勤務を見送ることになりました。それでも、ソイナースの方からは「落ち着いたら、またいつでも連絡してください」と声をかけていただいていました。


約2年後、「そろそろ働けそうです」と改めて連絡したところ、「もちろん大丈夫ですよ」と温かく迎えてくださって。その言葉が本当にうれしかったですし、「ここで働いてみたい」という気持ちがより強くなりました。


――最初からソイナース府中Portで働かれていたのでしょうか。


藁谷さん:
そうですね。ソイナースでの初めてのお仕事は府中Portです。当初は、「ソイナース=小児訪問看護に特化した事業所」と思い、まさに私の行いたいことが叶えられる場所だと思い、登録しました。


しかし、勤務できる日程を登録したところ、最初にご案内いただいたのが府中portでした。そこで初めて、訪問看護以外にも様々な事業を行っていることを知りました。
「医療的ケア児や障害のある子を受け入れる、こういう場所もあるんだ。でも、私が想像していた訪問看護とは違うなぁ」と思ったのが最初の印象ですね。しかし、小児看護の経験が少なかった私にとっては、仲間がそばにいて、すぐ相談できる環境にある府中Portは大変心強い場所でした。


府中Portでの経験を積んでから訪問看護のお仕事もさせて頂いていますが、府中Portでの経験があるからこそ、基本的に一人で対応する必要のある訪問看護も、自信をもって臨むことができています。まだまだ学ぶことも多く、子どもたちやご家族や仲間に助けられる日々ですが、どの現場でも、誠心誠意対応するよう心がけています。
「目線を合わせること」から始まる看護
――現在、ソイナース府中Portではどんなことを大切にされていますか。


藁谷さん:
一番大切にしているのは、子どもと目線を合わせることです。初めて会う子どもは、きっと不安ですよね。だから私は、できるだけ子どもの近くまで行って、同じ目線になるようにしています。行儀が悪いかもしれませんが、床までしゃがんで話しかけることもあります。


「私は味方だよ。一緒に遊ぼうね。」そんな気持ちが伝わればいいなと思っているんです。


――お子さん一人ひとりと向き合うために、心がけていることはありますか。


藁谷さん:
子どもによって好きな遊びも、好きな歌も、興味のあることも本当に違います。だから事前に、ご家族が記録してくださっている内容をよく読んで、「この子は何が好きなんだろう」「どうしたら安心して過ごせるかな」と考えるようにしています。


まずは、その子を知ること。その子らしく過ごせる時間をつくることを大切にしています。


――その中で、藁谷さんが考える「小児看護で大切なこと」とは何でしょうか。


藁谷さん:
子どもは遊ぶことが仕事です。だから、安全であることはもちろんですが、「今日も楽しかった」と思って帰ってもらえることも、とても大切だと思っています。また、話すことが難しいお子さんも多いので、表情や仕草、ご飯の食べ方など、「いつもと違う」に気づけるよう、よく観察することも欠かせません。楽しく過ごしてもらうことと、安全に過ごしてもらうこと。その両方があって初めて、ご家族にも安心していただけると思っています。


「楽しく、安全に過ごして、お家へ帰ってもらう。」
それが、私が一番大切にしている看護です。
経験よりも大切だった、子どもと向き合う力
――最後に、新しい領域へ挑戦したい看護師さんへメッセージをお願いします。


藁谷さん:
例えば、小児の訪問看護に挑戦したいと思っていて、過去に成人しか経験していない場合でも、その経験は必ず生かせると思います。大人も子どもも、一人ひとり違います。育ってきた環境も、ご家族の思いも、価値観も違う。だから一番大切なのは、「個別性」を理解しようとすることなんです。その人、その子にとって何が一番いいのかを考えながら関わることは、大人でも子どもでも変わらないと思っています。


ソイナースでは、一人で悩むことはありません。府中Portにも訪問看護にも、一緒に相談できる仲間がいます。だから、難しく考えすぎず、まずは子どもと素直に向き合ってみてほしいですね。


私は「仕事だから頑張る」という感覚が、あまりないんです。看護師という仕事は、生活の一部。だからこそ、楽しく働きたい。子どもたちにも楽しく過ごしてもらいたいし、ご家族にも「今日も預けてよかった」と思っていただきたい。それが、今の私にとって一番のやりがいです。


成人看護で培ってきた経験も、子育てを通して感じたことも、子どもたちと関わる喜びも。そのすべてが、今の看護につながっています。


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ソイナースでは、小児領域での経験を持つ看護師が多く活躍しています。


一方で、藁谷さんのように、成人看護をはじめとしたさまざまな現場で経験を積み、「子どもと関わりたい」という思いと、看護師としての確かな軸を持つ方が、新しい領域で力を発揮するケースもあります。


藁谷さんが大切にしている「一人ひとりを理解しようとする姿勢」は、小児という新しい領域でも、子どもたちやご家族との信頼関係につながっています。


ソイナースは、これからも多様な経験を持つ看護師が、それぞれの強みを生かしながら、一人ひとりの子どもと家族に寄り添う看護を届けていきます。

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