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正職員じゃなくても、看護は続けられる。小児看護・教育・災害支援を行き来する看護師の“しなやかな働き方”
PR TIMES STORY
2026.08.25 12:50
「どうせ働くなら、自分がやりたいことをやりたい。やってみないと、わからないことも多いと思うんです。」
そう話すのは、医療的ケア児や障害のある子どもを対象にした看護ケアリングサービス「ソイナース」(運営:株式会社Medi Blanca)で働く看護師・小林さん。
小児看護を出発点に、重症心身障害児施設での勤務、特別支援学校教員、能登半島での災害支援まで。多様な現場を経験してきた小林さんは現在、正職員に縛られない働き方を選びながら、小児看護に関わり続けています。
看護師のキャリアは、ひとつの場所に留まり続けるだけではない。小林さんの歩みから、専門性を活かしながら自分らしく働くヒントを伺いました。
小児看護から教育現場へ。キャリアを“広げた”理由
ーー 看護師としてのキャリアの始まりを教えてください。
小林さん:看護大学を卒業して、新卒で神奈川県立こども医療センターに入りました。もともと小児をやりたい気持ちがあったので、どの科に配属されても子どもに関われる環境を選びました。
最初に配属されたのが、重症心身障害児施設だったんです。希望していたわけではなかったのですが、そこで出会った子どもたちが、自分にとってすごく大きな存在になりました。「この子たち、すごいな」と思ったんです。子どもたちの生命力に圧倒されたのと同時に、表現手段が限られた彼らとの試行錯誤のコミュニケーションにやりがいを感じて、日々、彼らがどんな気持ちで過ごしているのだろうかと考えていました。そこから重症児の子どもたちに惹かれて、7年間働きました。
ーー その後、教員免許を取得されたのはなぜだったのでしょうか。
小林さん:病院の中に特別支援学校が併設されていて、そこで働く先生方との出会いが大きかったです。寝たきりで人工呼吸器を使っていて、言葉で話すことが難しい子に対して、先生たちが「この子、面白いよね」と話していたんです。
看護師として見ていると、医療的な状態やケアに目が向きます。でも先生方は、その子の反応や表情、学び方を見ている。「障害の重さや医療ケアの有無に関わらず、その子自身のことをもっと知りたい」「ケアの提供者としてではなく、その子と一緒に体験して学ぶ人としてかかわってみたい」と思い、教員として働いてみたいと思うようになりました。
働きながら通信制大学に通い、小学校教諭と特別支援学校教諭の免許を取得しました。夜勤をしながら、年休を使って教育実習にも行っていましたね。今思うと、20代だったからできたのかなと思います(笑)。
ーー 看護師の経験は、教育現場でも活きましたか。
小林さん:活きた部分は多かったです。看護師は、一般的に患者さんの情報を取ってアセスメントし、目標を立てて、介入して評価するという考え方が身についています。教員も、子どもの発達段階を見立てて、どこでつまずいているのかを考え、授業を組み立てていくので、思考の流れは似ていると感じました。
ただ、教育の現場は必ずしも順序立てて進むことばかりではありません。根拠がはっきりしていなくても、まずやってみる。うまくいったら、なぜうまくいったのかを後から考える。そういう柔軟さも必要で、一筋縄ではいかない面白さがありました。
災害支援という選択。「忘れないでほしい」という思い
ーー 教員を辞めた後、能登半島での災害支援にも関わられたそうですね。
小林さん:2024年3月末で学校を辞めることは先に決めていたのですが、その後何をするかははっきり決めていませんでした。そんな中で、1月1日に能登半島地震が起きました。
もともと災害ボランティアには関心があって、東日本大震災の時から、熊本地震や豪雨災害など、行ける時に現地へ行っていました。能登にも最初は1ヶ月ほどボランティアで行ったのですが、その後「人手が足りないから臨時スタッフとして有償で働いてほしい」と声をかけていただき、結果的に1年近く能登で災害支援活動に携わりました。
ーー 現地では、看護師として活動されていたのですか。
小林さん:いいえ。最初は物資配布やサロン活動、在宅避難の方への声かけなど、一般の災害支援団体の現地スタッフとして関わっていました。「水は1人1本ですよ」と声をかけたり、「最近元気?」とお話ししたり。本当に生活に近い支援です。
その後、同年9月に発生した奥能登豪雨が起きた時には、輪島の避難所運営にも入りました。地震の避難者があと数名残っていて、もうすぐ避難所を閉めるというタイミングで、豪雨によって一気に60人ほど避難してこられたんです。行政職員もすぐには来られない状況で、段ボールベッドや食料、毛布の手配などをしながら受け入れをしました。
ーー 教員経験が活きた場面もあったそうですね。
小林さん:避難所には、高齢の方も若い方も、健康状態も経済状況も本当にさまざまな方がいます。その中で、みんなにわかりやすく情報を伝える必要がありました。
特別支援学校で働いていた時、発達の特性に応じた、わかりやすい伝え方を常に意識していたんです。その経験が、避難所で全体に指示を出す時にすごく活きました。
例えば、「今から大事な話を2つします」と事前に呼びかけたり、視覚的にわかりやすい「おたより」を作成して回覧板にしたりしていました。能登の人たちは、短期間に二度も大きな災害にあい、避難生活やその先の住宅再建などへの不安を常に感じていました。そのため、日常のちょっとした工夫で、「この避難所の中は安心」と思っていただけるように意識していました。看護師経験だけではできなかった関わり方だったと思います。
ーー 今も能登に通い続けている理由は何ですか。
小林さん:今は支援活動ではなく、顔を見に行く感覚です。避難所で一緒に緊急期を乗り越えた方たちは、もう親戚のような存在になっていて。仮設住宅を訪ねて「元気?」と声をかけたり、一緒にご飯を食べたりしています。
能登の方たちが今一番感じているのは、「忘れないでほしい」ということだと思います。だからこそ、実際に足を運んで、一緒にお茶を飲んで話すことが大事なのかなと。私にとっては、第二のふるさとのような場所になっています。
「正職員は難しい」から始まった、もう一つの働き方
ーー ソイナースとの出会いを教えてください。
小林さん:当時、すべての避難所が閉所したのを見届けて、能登から戻った後もみなさんの様子や復興の歩みは常に気になっていたので、2か月に1回は能登に行こうと考えていました。1週間くらい滞在するとなると、正社員だとお休みをとれないので、単発の仕事を組み合わせてスケジュールを組んでいました。これからどう働こうかと考えていた時に、SNS広告でソイナースを見つけたのが最初だったと思います。
派遣会社や単発の仕事も探していたのですが、小児の求人が本当に少なくて。老人ホームや高齢者向けの仕事は多いのですが、自分がやりたい小児の仕事はなかなか見つからない。そんな時に、ソイナースなら小児に関われると思って話を聞きました。
ーー いろいろな働き方を試された期間でもあったのですね。
小林さん:そうですね。老人ホームの夜勤、訪問入浴、コールセンター、ツアーナースなど、その時期だからできる仕事をいろいろやってみました。
やってみることで、自分の好きなものが改めて明らかになった感覚があります。やっぱり残ったのは小児であり、重症児との関わりでした。どうせ人生の大半の時間を働くなら、自分がやりたいことをやりたいと思っています。
ーー 今ではさまざまな案件でご活躍いただいていますね。
小林さん:はい。ソイナースでは、訪問看護だけでなく、学校看護やバス同乗など、いろいろな案件に入っています。一般的な訪問看護事業所だと、ご自宅への訪問が中心だと思いますが、学校の付き添いや送迎の同乗など、保護者の方から「こういう支援があったらいいな」と聞いていたことを実際に形にしているのは、先駆的な取り組みだと感じています。
小児一本。スキマ時間でも、専門性は落ちない
ーー 重症心身障害児施設での7年間の経験は、今どのように活きていますか。
小林さん:ケア全般はそこで叩き込まれました。吸引、注入、人工呼吸器などの手技について、不安なく行えるようになったのは施設での経験が大きいです。
それから、重症児施設には長期入所の方も多くいました。自宅で暮らしたくても、さまざまな事情で難しいケースもあります。だからこそ、訪問看護でご自宅に伺った時に、「この子は親御さんと一緒に暮らせているんだ」と感じて、胸がいっぱいになることがあります。
自宅で暮らせることは、決して当たり前ではない。そのことを教えてくれたのは、施設での経験でした。
ーー 訪問看護ならではの難しさはありますか。
小林さん:手技的な不安はあまりありません。ただ、ご家庭に入るという意味では緊張があります。親御さんが病気や障害をどのように受け止めているのか、どこまで踏み込んで話してよいのか。そのご家庭のルールや衛生観念もそれぞれ違います。
病院とは違って、こちらがアウェイの立場でお邪魔するので、その家に合わせた関わり方はとても意識しています。回数を重ねないとわからないことも多いですね。
看護師のキャリアは、一本道じゃなくていい
ーー 今後はどのような働き方を考えていますか。
小林さん:今はソイナースが大半で、時々放課後等デイサービスや災害支援の仕事があります。今後は、重心の方が特別支援学校を卒業した後に通える生活介護の事業所立ち上げにも関わりたいと思っています。
医療的ケア児の支援は少しずつ整ってきていますが、18歳以降の支援はまだ課題が大きいと感じています。卒業後の行き場や、暮らしの選択肢をどうつくるか。そこにも関わっていきたいです。
ーー 働き方に悩む看護師さんへ、伝えたいことはありますか。
小林さん:「やってみないとわからないよ」と伝えたいです。やってみたら意外と平気なこともあるし、違ったら変えればいい。
ソイナースのようなパート・非常勤の働き方は、まず試してみることができるのも良さだと思います。正職員でひとつの場所にずっといることだけが、看護師の働き方ではありません。
私自身、看護師免許があるからこそ、教育にも災害支援にも行けたし、戻りたい時に小児看護に戻ることができました。ありがたい資格だなと思います。
看護師のキャリアは、一本道じゃなくていい。自分がアンテナを立てた方へ進んでみることで、見えてくるものもあると思います。
おわりに
小児看護、特別支援教育、災害支援――。
小林さんのキャリアは、一つの職場に留まるのではなく、「今、自分が必要だと思う場所」に向かい続けてきた歩みでした。
その中でも変わらなかったのは、子どもたちと向き合いたいという思いです。
ソイナースでは、こうした多様な経験や専門性を持つ看護師が、それぞれのライフスタイルに合わせて関われる環境づくりを大切にしています。パート・非常勤からスタートし、学校付き添いや通学支援、訪問看護などさまざまな現場で経験を積みながら、自分らしい働き方を選ぶことができます。
また、現場での経験を重ね、子どもやご家族への支援により深く関わりたい方には、後輩看護師のサポートや現場づくりを担う「キャップナース(社員看護師)」として活躍する道もあります。
看護師のキャリアは、一本道ではありません。今の働き方に悩んでいる方も、一歩踏み出してみることで、新しい景色が見えるかもしれません。
ソイナースはこれからも、一人ひとりの看護師が自分らしく専門性を発揮しながら、子どもたちと家族を支え続けられる環境づくりに取り組んでいきます。
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