「秀吉とは"関係を断絶する"」そう決意した信長の次男《織田信雄》がとったあまりにも非情すぎた手段

2026.09.12 13:00
天正11年(1583)4月、羽柴秀吉は越前の柴田勝家を滅亡に追い込みますが、その後は、当主として擁立した織田信雄(信長次男)と対立を深めていきます。

亡き主君・信長の1周忌法要を独自に執り行い、信雄の意向を仰がずに自らの判断で天下の政務を執ろうとする秀吉。

実質的な天下人として秀吉が振る舞おうとしたことは、当然、信雄との関係に亀裂を生じさせます。

徳川家康の家臣・松平家忠が著した日記に『家忠…

あわせて読みたい

捨てるはずだったベンチに、もう一度役割を。万博記念公園「ベンチ再生プロジェクト」
PR TIMES Topics
考察『豊臣兄弟!』35話 家康(松下洸平)との大決戦の幕引きは? 小一郎(仲野太賀)、いざ「長秀」から「秀長」へ!
クロワッサンオンライン
スクイーズの保管にも、お出かけにも「Pake × SloMood - The Filler」
PR TIMES Topics
《豊臣兄弟!》秀吉の出陣を拒否!秀長が"わずか2カ月"で、四国の覇者「長宗我部元親」を降伏に追い込んだ背景
東洋経済オンライン
シティバッグ「CITTA」に新型&新色が登場
PR TIMES Topics
考察『豊臣兄弟!』27話「本能寺の変」の黒幕とは誰か? 本作が打ち出したものは…
クロワッサンオンライン
《清須会議》せっかく織田信長の後継者が決まったのに、会議が終わった後に起きた"本当のせめぎ合い"
東洋経済オンライン
《小牧・長久手の戦い》が勃発!"辛抱強くて我慢強い"イメージがある家康の「意外と大胆な素顔」
東洋経済オンライン
これで敵はいなくなった?勝家も信孝もいなくなり《天下人》の道を歩み始めた秀吉に立ちはだかった相手
東洋経済オンライン
名将《柴田勝家》秀吉との戦いで劣勢!それでも戦う意欲がある勝家に「撤退」を決意させた家臣からの"重い一言"
東洋経済オンライン