家康はなぜ秀吉に従ったか?徳川家が滅亡しかねない…窮地を救った「意外な切り札」と秀吉の"実母人質"の裏側

2026.10.17 14:00
天正12年(1584)、羽柴秀吉は織田信雄(信長次男)・徳川家康との小牧・長久手の戦いを、自身に有利な形で終結させました。

信雄と「父子の約束」を交わした秀吉は信雄よりも上位に立ち「天下人」として君臨することになります。新たな武家政権「羽柴政権」が誕生したのです。

とは言っても、秀吉(父)と信雄(子)の主従関係を明確にするには、信雄が大坂城にいる秀吉の元まで赴き、出仕する必要がありました。

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