ナチスによるホロコーストという悲劇を経験したイスラエルが、今ガザで虐殺を行っている現状は、あまりにも衝撃的です。この残酷な現実について、早稲田大学の岡真理教授が福岡市内の大学で講演しました。取材したRKB毎日放送の神戸金史解説委員長は6月10日放送のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で、「イスラエルを批判することは、反ユダヤ主義ではなく、人道に対する犯罪を止めさせることだ」とコメントしました。
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犯罪的な「どっちもどっち」報道
先週もお話しましたガザのこと、今日の朝刊にも、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが乗ってガザに向かっていた船が地中海でイスラエル軍にだ捕された、という記事が出ています。食料品や医薬品を積んでイタリアを出発していました。無事なようですけれども、いろいろな動きが起きています。
今日は本を持ってきました。『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』(2023年12月、大和書房)。著者は早稲田大学教授の岡真理さんです。岡さんは、現在起きていることは「ジェノサイド(大量殺戮)にほかならない」と書いています(22ページ)。今起きていることは、本当にひどい状態になっています。
「ジェノサイド」について説明する岡真理教授
岡真理(おか・まり): 早稲田大学文学学術院教授。専門は現代アラブ文学とパレスチナ問題。京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て2023年より現職。学生時代にパレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニーの小説を読んで、アラブ文学とパレスチナ問題に邂逅。以来、現代世界に生きる人間の普遍的な思想課題として「パレスチナ」について考えている。著書に『アラブ、祈りとしての文学』『ガザに地下鉄が走る日』(以上、みすず書房)ほか。
「入植者植民地主義」という言葉があるそうです。入植者が植民地の先住民にとって代わって、その土地を自分たちの国にする、という意味です。アメリカやカナダ、オーストラリアなども「入植者植民地主義」の国。そこには元々、人が住んでいたということです。
元々パレスチナだったところに、イスラエルという国ができて、どんどん広がっていって、残ったところが今「パレスチナ自治区」と言われています。70万人以上が国を追われて難民となりました。イスラエル建国が1948年5月14日。その翌日、5月15日は「ナクバ」、破局的大惨事という意味ですが、ここでパレスチナにとっては破局的な大惨事がこの日から起きました。残ろうとする者は殺されていく。出るしかないので、70万人もの人が難民となった。その難民と子孫がガザの7割を占める人たちです。
「元々はすべてパレスチナだった」
「入植者植民地主義」の結果起きていることを、歴史的な経緯を踏まえないで話してはいけない。今回の戦争のきっかけは、確かに2023年10月7日にハマスが主導した奇襲攻撃でした。岡さんは「これを見て『暴力の連鎖を止めろ』とか『どっちもどっち』だとか、そういう言い方をしてはいけない」、またそういう「報道自体が、私は犯罪的だと思います」「結局、出来事を『他人事』にし、声を上げない、無関心でいる側にとどまることになります」(23ページ)と書いています。
パレスチナ問題に及び腰な日本
「ジェノサイド」(大量殺戮)について、少し考えてみます。第2次大戦中のナチス・ドイツによる組織的なユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)への反省から、1948年にジェノサイド条約が国連総会で全会一致により採択されました。
ジェノサイド条約: 特定の人種、民族等の集団への殺害行為等を国際法上の犯罪として禁じ、締約国に集団殺害の防止や処罰、犯罪人引渡し等を義務付けている。現在、同条約の締約国は153か国で、先進国の集まりである経済協力開発機構(OECD)加盟国では日本以外の37か国は全て条約に加わっている。(参議院常任委員会調査室・特別調査室『立法と調査』466号、2024年4月)
採択当時、日本は連合国の占領下だったということもありますが、なぜかその後も。この条約に加わっていません。アメリカとともに戦後を生きてきた日本は、イスラエルがアメリカの友好国家であることを意識してきたのかな、とも思うのです。イスラエル、パレスチナに対する日本の態度はちょっと及び腰だと言えるかもしれません。
今日の朝日新聞朝刊には、パレスチナ自治政府のムスタファ首相が朝日新聞と会見し、17日から国連で開かれる会議で「パレスチナの国家承認に向けた動きが不可逆の段階に入ると述べた」と報じています。
国家承認「不可逆の段階に」 パレスチナ・ムスタファ首相が意欲(朝日新聞6月10日)https://www.asahi.com/articles/DA3S16231911.html
パレスチナを国家として認めている国は150か国に上っています。つまり、今回のガザ侵攻は、イスラエルとパレスチナの「2国」間で起きている戦争、という捉え方になるわけですが、日本も含めたG7諸国は国家としては認めていません。フランスのマクロン大統領は、国家承認する可能性に言及しているそうです。ムスタファ首相は日本にも「G7の一員として国家承認の決断を示してほしい」と言っています。
「ジェノサイド」には様々な顔が
ジェノサイドには、人を殺すことだけを指すのではありません。例えば、子供を奪い去ること。民族浄化を目指しているので、民族の将来につながる子供を産んでいくことを阻止する、というのもジェノサイドにも含まれます。
ほかにも現に起きていることとして、住宅の大量破壊(ドミサイド)。そこに住めないようにすることですね。「医療システムの組織的破壊」(メディコサイド)もそう。攻撃による汚染、「環境破壊」(エコサイド)。これも「そこにはもう住めない」となります。それから「教育の破壊」(スコラスティサイド)。もう12の大学が破壊されています。それから「ジャーナリストの殺害」(ジュルナイサイド)。記者が伝えることを阻止する。
そしてその周辺には、「文化の虐殺もある」と岡さんは言います。世界最古の教会の一つ、今はモスクになっていますが、破壊されました。文化を破壊していくことでアイデンティティを破壊していくのです。この状況を見過ごしていいのでしょうか。イスラエルで2006~2009年に首相を務めたエフード・オルメルト氏でさえ、「我々がガザで行っているのは絶滅戦争だ」と批判しています。
ジェノサイドには様々な側面がある
イスラエル元首相がガザ攻撃を「戦争犯罪」と非難。「我々がやっているのは絶滅戦争だ」https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6833aca7e4b0a4eee805e1cf
これを止めるために日本はどうしたらいいのか、を考えていかないといけないのではないかと感じました。
radiko podcastで聴く(後編)
「生きながら死ね」ガザが置かれてきた状況
パレスチナ問題の専門家、早稲田大学の岡真理教授が5月23日、「入植者植民地主義の《ジェノサイド》」と題して、福岡市で講演しました。西南学院大学法学部の田村元彦准教授の呼びかけで、学生たちが150人近く集まりました。
岡真理さん:皆さん、こんにちは。今日は、西南学院大の学生の皆さんに、ガザのこと、パレスチナのことをお話しする貴重な機会を作ってくださいました田村先生に、まず心からお礼申し上げます。この間、ジェノサイドが止まりません。日本の主流メディアの報道は、ガザで起きていること、その質と量、その強度、濃度、密度に見合った報道では全然ないんですね。
岡真理さん:メディアがパレスチナに注目するのは、戦争の時だけです。ガザ地区は2007年に、国際法に反して、完全封鎖されているんです。一時的な軍事攻撃が終わっても、ずっと封鎖という構造的な暴力の状態に置かれている。7年続いていた2014年の時点で、51日間にわたる戦争があって、イスラエルが無条件停戦案を提案した時に、ハマスは蹴りました。「国際法違反の封鎖解除を伴わない停戦なんて、受け入れられない」と。そうしたら、日本をはじめ西側メディアは「イスラエルがせっかく停戦を提案してくれたのに、ハマスがわがままを言ってせっかくの停戦案を蹴った」。毎日ガザの人たちを殺しているのはイスラエルであるにも関わらず、ハマスを非難したんですね。
岡真理さん:その1週間後に、ガザのパレスチナ人市民代表たちが英語でメッセージを発表しました。「ガザに正義なき停戦はいらない」と。要するに、無条件で停戦するというのはその時点で7年続いていた封鎖の状態に戻るというだけですね。攻撃はやむかもしれないから、あなたたちは依然としてこの封鎖の状態で生きなさいと。それに対して、「そんな停戦を受け入れるというのは、我々に対して『生きながら死ね』というのに等しい」と言って。
メディアに対する批判も強く出ていました。私たちは「この地域では戦いがあるもの」として、慣れてしまっているのかもしれません。「先月より死者が少なかったから、ニュースじゃない」とか、「ちょっと多かったけど毎回あることだから」とか、私たちは麻痺しているんじゃないかとも思いました。
「地獄に落ちても今のガザなら同じ」
そもそも、1948年にイスラエル建国時に起きた、パレスチナの人たちが「ナクバ(破局的大惨事)」と呼んでいる出来事が起きてからずっと、残ろうとする人たちは殺されてきた歴史があります。つまり、建国以来ずっと、イスラエルはパレスチナの人々を虐殺してきた「入植者植民地主義」の国なのだ、ということを岡さんは強調していました。
そして2007年、ガザの完全封鎖。「生きながら死ね」と、イスラエルの許可なくして食料や医薬品などの搬入も認められません。ガザを出ることもできません。「天井のない監獄」とも言われてきました。岡さんによると、若者の自殺が増えているそうです。イスラム教で自殺は、人を殺す他殺と同じレベルの罪で、地獄に落ちると禁止されているそうですが、その教義を持っている人たちが展望のなさに絶望して、「地獄に落ちることと、ガザで生きることは変わらない」と、自殺しているという状況が続いてきたということです。岡さんは、そこを理解してほしいと訴えかけました。
質問する学生
学生からこんな質問が飛びました。
学生:難民について現在私は学んでいて、ウクライナからの難民について、政治的に日本は補完的な保護を与えているにも関わらず、ガザの人には全く何も与えていないし、難民認定でもたった8人しか認定されていないということが、いかに政治的な思惑が入っていたのかということを本当に思いました。政治に左右されない、正しい情報に行き着くために、私たちはどのようなことをしたらいいのか。アドバイスをいただきたいです。
岡真理さん:ガザの住民の7割が難民とその子孫ですね。だから難民です。JICA(国際協力機構)は、ずっとガザで活動しているんです。私達の税金が使われているわけですね。だけどね、病院を作ったり、学校を作ったり、それって、もちろんガザの人たちのためになっています。なっているけど、封鎖・占領という大元を問わないで、何とかその状況の中でガザの人たちが、病気になったら病院にかかれて、教育も受けられて、でも教育を受けたって、大学卒業したって、ガザの中でずっと閉じ込められていて、あるいはもう経済基盤を破壊されてしまっているから学費も続かなくて退学しなきゃいけないとか、だから若い人たちどんどん自殺をする。その大元のところに何も関わらずに、大局的に見たら、これは占領の維持に加担することになっています。イスラエル大使を本国に送還して、イスラエルとの全てのパートナーシップを打ち切る、というようなことをしなければいけないのに、今日本が行っているのはその逆ですよね。
岡真理さん:まずはしっかり学ぶことだと思います。ショートカットで手に入れることはできないと思います。何が正しくて、何がそうじゃないのかは、自分がしっかり学ぶことでしか分からないと思うので、学んで、かつ議論をしてください。
「ヒューマニティの完全崩壊」が起きている
そのガザに対する激しい攻撃が、20か月ずっと続いています。ガザ地区の住民は約230万人。直接攻撃で亡くなっている方だけでなく、負傷した方が後に亡くなり「関連死」とされるものもあります。それから今、餓死が始まっています。
岡さんによると、最近の紛争では、間接的な死者は直接死者の3~15倍に上るという統計があるそうです。ここで仮に、「直接死1人につき、間接死4人」と控えめな推定をした場合、ガザの死者は30万人に近い数字になってきます。控えめに見て、230万人のうち30万人近くがもう死亡しているのです。その中には多くの子供たちもいます。この状況をどう考えるか、ということです。
岡真理さん:ガザのジャーナリストは、「とにかくこれを世界に伝えなければ」と思って、毎日伝えている。何のために伝えていると思いますか? 本当に命をかけて。しかも、狙い撃ちとは、スナイパーがその人だけ狙って殺すんじゃないんです。スマホだとか、パソコンネットにつないだら居場所が特定できますよね。AIでその人がいる場所を特定して、そこにミサイルを撃ち込むんです。テントや、その人がいるアパートの部屋にミサイルを撃ち込んで、周りにいる家族もろとも殺すんですね。
岡真理さん:いろいろなパレスチナの情報サイトがあります。そこに、この状況の中でも何とか発信できる人が英語で書いたものを投稿しています。でもそれを読むと、「自分がこれを書いて投稿するのは、それによって世界が何かしてくれると期待しているからじゃない。もうそんなのは期待してない。でも、何があったのか、何が起きたのか、その記録を残すためだ」という人たちもいます。そこまで絶望させているんですよね、私たちは。
岡真理さん:これが「ヒューマニティの完全崩壊」であり、「私たちが今、道徳的岐路に立たされている」というのはそういうことなんです。この攻撃はいつかは終わるでしょう。でも、それはいつなのか。どのように終わるのか。そしてもう既に30万以上が、世界が知っている中で……。ナチスのホロコーストと何が違うのか。ナチスは自分たちがやっていることが犯罪だと思っていた。だから隠した。「これが世界の知るところとなれば、自分たちはこの世界の中でその存在する場所を持たない」ということをわかっていたから。でもそうじゃないわけだよね、イスラエルは。
岡真理さん:そしてまさに、「世界に存在する場所」があるわけですよ。今、大阪で何やっていますか? 万博のスローガン、キャッチコピーは何? 「いのち輝く未来社会のデザイン」です。そこにイスラエルも参加していて、しかも「ナクバ」記念日、この全ての悲劇の始まりの日、5月15日にイスラエルのナショナルデーをやるということを、大阪も日本も許しているわけです。「あなたたちは、1年半で30万人を殺してもいいんですよ」「『いのち輝く未来』というテーマで、好きなことをやってください」と。
胸が痛くなります。イスラエルを批判することは、反ユダヤ主義でもなんでありません。人道に対する犯罪を止めさせることだと私は思います。「人類は、道徳的岐路に立っている」という岡真理さんの言葉を重く受け止めたいと思います。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ) 1967年生まれ。学生時代は日本史学を専攻(社会思想史、ファシズム史など)。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。東京社会部勤務を経てRKBに転職。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー映画『リリアンの揺りかご』(2024年)は各種サブスクで視聴可能。5月末放送のラジオドキュメンタリー『家族になろう ~「子どもの村福岡」の暮らし~』は、ポッドキャストで公開中。
田畑竜介 Grooooow Up放送局:RKBラジオ放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分出演者:田畑竜介、橋本由紀、神戸金史
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田畑 竜介橋本 由紀神戸 金史
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