みにくいアヒルが「ZOZOチャンピオンシップ」の公式マスコットになるまで

2024.12.16 12:08
2018年に発足したゴルフ同好会「Golfickers(ゴルフィッカーズ)」は、サブカルやグラフィックデザインを愛するゴルファーの間で熱烈なファンを生んできた。みにくいアヒルの子がモチーフのキャラクターグッズはリリースのたびに界隈をざわつかせ、日本開催のPGAツアー(米国男子ツアー)「ZOZOチャンピオンシップ」で公式マスコットを務めるなど、活躍の場を広げてきた。今回BRUDERのインタビューに登場するのは、そのアヒルに扮(ふん)し、ブランドを率いるクリエイター「番鳥」(バンチョウ/本名非公表)。ルーツとアイデアの源泉に迫った。「Golfickers」“番鳥”インタビュー前編
幼い頃から、絵を描くのが日課だった。新聞に挟まれたチラシ広告を見つけては、裏の空白に思うがままペンを走らせた。「番鳥」の出身は山口県。10代の初めまで、周りにはいつもデザインと、そしてゴルフがあった。両親や親戚はみな生粋のエンジョイゴルファー。「盆と正月に親類が周りの人を集めてコンペを開くくらい。叔父はゴルフ場のレストランで料理を作っていた」。小学生のときにはクラブを握る縁に恵まれた。
「でも僕、ホントに運動がダメで」。少年の興味は次第に大好きな絵の方に傾き、ゴルフは休眠することに。大学卒業後、イラストレーターを目指して上京。CDのジャケットやミュージックビデオ等、音楽系を中心とした制作物に携わるデザイン事務所「タイクーングラフィックス」に就職し、クリエイター集団の「グラフィッカーズ」の仕事に接した。言うまでもなく、Golfickersの原点である。
10年力を注いだタイクーングラフィックスから独立した後も、毎日は慌ただしく過ぎた。転機は今から10年前。アーティストの撮影現場に出向くたびに、空き時間にゴルフスイングをする仕事仲間を見る機会が増えた。
「一緒にやろうよ」。気兼ねない誘いの言葉に乗って再びクラブを握る。「気づけば自分も大人になっていた。同世代と和気あいあいとやるゴルフは、親戚のおじさんたちと一緒に回るのとは違う楽しみがあった」。仲間内で始まったコンペやイベントは、モノづくりのプロの手によってデザインされるようになり、コアなファンの胸をときめかせるべくGolfickersは誕生した。コンプレックスから生まれた“アヒル”
アヒルの加入はそれから1年が経った頃。出会いをきっかけにしたアイデアが始まりだった。当時、米国では西海岸を中心に新興ゴルフアパレルが業界を先行。次世代ムーブメントの牽引役だったのがロサンゼルス発のマルボンゴルフで、Golfickersはメディアの依頼により、ブランド創設者のスティーブン・マルボン氏にインタビューするため渡米した。
しかし、「ただ会いに行く」で済ませないのが、人々を惹きつけてきたクリエイターたる所以(ゆえん)。「僕たちとスティーブンが並んだだけでは面白くない」とインパクトのある、まったく新しい着ぐるみに身を包んで対面することを思いついた。着想は童話『みにくいアヒルの子』。
「スタイルにしても、ゴルフにしても、西洋人に対する日本人の一般的なコンプレックス、引け目や疎外感を逆手に取ったビジュアル、キャラクターを考えていたんです。ぶっちゃけ、『みにくいアヒルの子』の話って、どうなんだろうと思うところもあって」
件の物語は姿かたちの違いが、存在自体の優劣に直結するような解釈に及ぶことがあり、ときに物議を醸す。「自分自身がアヒルに扮することで、そういったアンチテーゼを含むメッセージ、ストーリーを持ってロサンゼルスに行きました」。ウェアは世界で最も有名なゴルフ場で、キャディが着用する白いジャンプスーツをオマージュ。リアルで、少しグロテスクな見た目のお面は、特殊メイクアーティストの日本の第一人者に制作をお願いした。ZOZOチャンピオンシップとの出会い
新たなマスコットをブランドに迎え、SNSでの発信がいっそう盛んになった数週間後、Golfickersは思いもよらない世界に引き込まれる。2019年10月、日本で初開催のPGAツアー・ZOZOチャンピオンシップで盛り上げ役を務めてほしいというオファーが、過去にデザイン業界で親交があったZOZO社の役員(当時)から届いた。
20年にわたってゴルフから離れていた期間も、番鳥は男子メジャー・マスターズだけは毎年テレビ観戦を欠かさなかったという。そもそもアヒルに初めて扮したときも「ゴルフ界の頂点はタイガー・ウッズ。タイガーと一緒でも“負けない”ビジュアルを目指した」。期間中のコースを練り歩き、超一流選手たちと写真撮影で交流を図ってSNSでも大会をPR。日本に初めて世界最高峰のツアーを迎えるにあたり、ギャラリーに観戦マナーを促す動画も制作した。
その年、優勝したのはウッズである。クラブハウスで運よくできたハイタッチのシーンが甘い記憶として残る。「あの手の感触は忘れられない。硬くて、シワもあって…」
ZOZOチャンピオンシップで残したインパクトは日本のプロゴルフ界に残り、数年後には国内男子ツアーのセガサミーカップや、ダンロップフェニックストーナメントからも声がかかるようになった。大会とのコラボレーショングッズが人気で、古くからのゴルフファンも巻き込む新しいチャレンジを続けている。カウンターカルチャー
「Golfickersを始めた頃は、昔に比べてゴルフ人口も減っていて、イメージはそれほど良くなかったんです。20年ぶりにゴルフを再開したら『あれ、こんな感じ…?』って」。抱いた違和感は、どうにもデザインが画一化されたように見える当時のゴルファーのスタイルにもあった。
「でも、それに不満ばかり言っているのはデザイナーとしてどうなんだろうと。『こういうのはどう?』と提案しないといけないんじゃないかと。ただ、ゴルフのカルチャーは、プレーするにしても、ギアを使うにしてもトップダウン的に思えたんです」
業界を取り巻く常識やスタイルの多くを、プロや上級者、ゴルフツアーに倣う世界観は番鳥が知る限り、少し異質に感じられた。
「そういうベクトルも大事だけれど、カルチャーとして成熟するためには“上と下”が混ざり合うことが大事だと思うんです。音楽の世界ではそういうことが盛ん。例えばフェスでもメインのアーティストと、そうでないインディーズのグループが同じステージに立つ。互いがセパレートされるのではなく、良いものが混ざり合うと面白いケミストリーがあるんじゃないかって」。トッププレーヤーが集うプロツアーとの化学反応は刺激的で、これまでになかった可能性を確かに示した。
「ゴルフにヒエラルキーがあったとしたら、僕たちは“超アマチュア”で、ハンディキャップで競えば最下層」と番鳥は笑う。そのボトムアップ、カウンターカルチャーのマインドに共感する仲間はきょうも一人、また一人と増えている。
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Photo
Takahito Ochiai
Interview & Text
Yoichi Katsuragawa, Junko Itoi, Marina Nakada

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