コクヨ株式会社(本社:大阪市/社長:黒田 英邦、以下、コクヨ)は、お客様の用途に合わせ、切り心地の良さを追求した多様なハサミを発売してきました。<サクサ>シリーズはコクヨのハサミを代表する人気のシリーズです。本ストーリーでは、<サクサ>のリニューアルを機に、これまでの両利きハサミの”常識”を覆し、「利き手を問わない」構造(*1)を刃の傾きで実現した左利き開発者の「ハサミ<サクサ>」の開発ストーリーをご紹介します。
(*1)・・・基本構造は右利き用ハサミと同様です。
(左)コクヨ株式会社 グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 開発第3部 企画開発第2グループ 中津 康宏、(右)企画開発第1グループ 竹口 裕美
現在の「ハサミ<サクサ>」は、2013年7月発売の「エアロフィットサクサ」を前身とし、2017年7月に「ハサミ<サクサ>」としてリニューアル。今回で2回目のリニューアルとなります。当初より、刃先にかけて刃の交差角度が広がる「ハイブリッドアーチ刃」で刃先まで軽く切れる切れ味が人気のハサミシリーズです。
■7年ぶりのリニューアル。切れ味の良さを超える次の一手とは
前回のリニューアルから7年が経ち、まずは、環境配慮の観点でこれまでプラスチックを使ったブリスターパッケージを紙化するという企画が立ち上がりました。それと並行して、商品自体も現代の消費者の好みに合わせたカラーへのリニューアルをしようという話に進んでいきました。商品企画担当の竹口裕美は、単なるデザインの更新にとどまらず、<サクサ>をさらにお客様が快適に使えるハサミにすることを考えていました。しかし、購入者へのヒアリングによると、切れ味の良さへの満足度は高く、サクサの購入者に関しては、4割近くが複数本持っていることがわかり、そのように満足度が高い中でも、「さらにお客様に喜ばれる仕様とはなにか?」と頭を悩ませていました。
■3年前から解決策を模索していた「左利き」開発者・中津とともにリニューアルへ
さらに高める機能として、ミーティングではいくつか案が挙がりましたが、竹口の頭に浮かんだのは「左利きユーザー」に対するラインアップ不足でした。「コクヨもかつて左利き用ハサミを発売していたのですが、売上の状況などから、主力の商品として注力するには及ばず、現時点ではラインアップしていないのが現状です。」「一方で、お客様から左利き用ハサミへの声は度々寄せられていました。ダイバーシティの観点からも、左利きの方をはじめ「誰にとっても使いやすいハサミ」に対してなにかアプローチする術はないか?と考えました。そんなとき、ふと横を見ると、ハサミ開発担当者の中津は左利きだったのです。」と竹口は振り返ります。
中津 康宏は2015年よりハサミの開発を担当しています。製造工場で『良品判定』された右利き用ハサミの品質検査を行った際に、左利きの中津が左手で切ると何度切っても切れ味性能が『良品』とは程遠く、合格判定に至りませんでした。「これが、右利き製品における左利きのビハインドを強く意識するようになったきっかけです。」中津はこの経験から、実はおおよそ3年前くらいより「左利き用ハサミ」についての解決方法を自分の中で模索していました。
世の中や会社のタイミングと企画の竹口、左利きの中津のタイミングがピッタリと合った瞬間でした。
■左利きに生まれて「切りにくいは当たり前」
コクヨの推計では、日本国内の左利き人口は約10%程度で、そのうち、右利き用のハサミを使っている人が94.4%という状況で、左利きのほとんどの人が右利き用ハサミを使用しています。
サクサの開発担当の中津は10%の中の一人。右利き中心社会の日本では、幼少のころから右利き用の道具を左手で工夫をして使ってきましたが、「成長過程で当たり前だった」と言います。また、「ハサミの使い方は右利き用で馴染んでしまっていて、それなりに切れにくいのも当たり前になっていました。」
■左右どちらかではない、逆転の発想でひらめく利き手を問わない『傾斜インサート』の誕生秘話
そんな中津がまず取り組んだのは、現状把握でした。「まずはじめに、左利きである自分が使いやすい形になるようにハサミのハンドルを削ってみました。持ちやすい形を追求していくと、ハンドルがねじれた状態ではあるものの、形に規則性があることに気付きました。」と中津。「このハンドル形状を再現すれば左利きに適した製品になりそうなイメージは掴めましたが、左利きを優先してしまうと今度は右手では使いづらくなります。」「ハンドルが左右どちらかに優位になることなく実現するには刃側を工夫すればいいではないか!」中津はひらめきます。これまで世の中にある両利きハサミはハンドルのデザインに着目されているものが大多数でした。一般的には「左右対称=利き手を気にせず使える」というイメージもあります。今回、中津は刃の角度に着目し、逆転の発想をすることで、これまでなかった「両利きハサミ」の在り方を見つけたのです。『傾斜インサート』の誕生です。
傾斜インサートの仕組み
そもそもハサミを使う際、左右の刃と刃が近接し隙間がない方がよく切れます。そのため、ユーザーは自分で刃の隙間が狭くなるように工夫をして、刃がすり合わさるように切っています。
左利きの人は、右利き用ハサミでこの動作をする際に、ハサミを握る方向に対して逆の力をかけなければならず、これが、切りにくさにつながっています。
中津は、「刃同士のすり合わせ作業を自身で調整するのではなく、刃を斜めにすることで自動的に誘発される仕組みを作れば、利き手に限らず使用感に差が出ないはずだ」と思い至りました。
■一番苦労した「切れ味の証明」に挑む
今回の構造を実現するのに一番難しかったのは、「切りやすさ」「切りづらさ」を証明することでした。中津は、現行品のサクサと試作一本一本とを愚直に比較することで、切れ味の証明にチャレンジしました。
中津は、「『切れ味が良くなる!』ということが体感できたとしても、それを数値化し定量的に証明するのは非常に難しいことです。人間の感覚は優れていて、わずかな違和感も精度高く感じ取ることができます。刃が斜めになることで得られる刃同士のすれの違いも敏感に感じ取ることができますが、差異を数値で表せるほどではないのです」と説明します。
ハサミの生産は、まず刃の製造から入ります。ハサミには刃の硬度を上げるため「焼入れ」という工程があります。刃を炉に入れ、焼入れを施しますが、その際に発生する刃の反り具合は炉の中の配置によって、個体差が出ます。その個体差は製品になる場合、後工程で丁寧に調整が行われて製品化されます。しかし、まだ正解を模索している試作の段階では、後工程での調整という補正を考えずに評価することが難しいのです。ハサミ一つを比較するにしても、傾斜インサートの効果によって性能の向上が見られたのか?それともたまたま製造工程内に偶発的に良品が生まれたのか?判断が難しいと中津は悩みました。
■約600本の試作から3本の選定に約半年!感覚と測定で証明された傾斜インサートの効果
そこで、同一工程内で生産された良品サンプルを集め、現行品のサクサのハンドルと傾斜インサートのハンドルの試作での比較を繰り返しました。その数おおよそ600本。ほぼ同じ動作を繰り返して比較し、サンプル600本を最終的には3本まで、竹口をはじめとする関係者複数名の目と感覚で絞り込みました。評価するにしても人の手であれば癖や慣れがその結果のブレに影響すると考えて、最終的には、機械計測で安定的に効果が生み出されていることも実証しました。こうして、「傾斜インサート」の効果実証には、約半年もの期間がかかりました。
■左利きだけじゃない。多様なユーザーにとって最適な傾斜角度を追求
最後の工程として、「傾斜インサート」の効果を実証した後は、最適な傾斜角度を決めます。今回のサクサでは、刃との接合部分に傾斜させたハンドルを使用することで角度を生み出しています。選んだ3本のブレード(*2)に対して、傾斜角度の複数パターンを作成して、どのハンドルが一番使いやすく、かつ見た目の違和感が少ないかを検討していきました。
(*2)ブレード・・・ハサミの刃の部分
傾斜を検討するフェーズの試作
さらに「誰にとっても使いやすいハサミ」を実現するため、左利きだけでなく、障がいがあり手が開きづらい方、力が入りにくい方とのワークショップも行い、様々な特性のある方の声を取り入れて評価しています。
ワークショップでは、7段階の傾斜をつけた試作を試してもらいました。
「傾斜インサート」のひとつのサンプル角度に対して、湿布、フィルム、絨毯、段ボールの4種類を切ってもらい、対話を重ね、切りやすい傾斜角度を最終的に採用しました。
こうして、たくさんの人の感覚や声を大事にしながら、今回の「ハサミ<サクサ>」のリニューアルは様々なフェーズを経て完成にたどり着いたのです。
(左)ワークショップ参加者の使用シーン、(右)ワークショップで使用した傾斜違いのサンプル一部
■キャッチコピーは『利き手を問わずにすごく切れる』。切れ味に対する『こんなもの』を一掃したい
「自分は、左利きでありながら右利き用のハサミを幼少のころから使う中で、ハサミの切れ味に対して『こんなもの』との思いが、いつしか当たり前となっていました。今回のサクサでは、ハサミの切れ味を『こんなもの』と感じている左利きユーザーをはじめ多くの方に、快適な切り心地を体験していただきたいです。」と中津は語ります。また、左利きユーザーの話を中心にしてきましたが、実は今回リニューアルのサクサは右利きユーザーもさらに使いやすくなっています。特にフィルムなどの薄いものの切れ味が傾斜インサートの効果で、ブラッシュアップされました。「そのような機能性の向上を一言で表したくて、関わったみんなの想いを『利き手を問わずにすごく切れる』というフレーズに込めました」と中津と竹口は、このフレーズも多くの関係者と議論や検証の末にたどり着いた結果で、生み出すのが大変だったと笑顔で振り返りました。
『ハサミ<サクサ>』
プレスリリース:
https://www.kokuyo.co.jp/newsroom/news/category/20241203st2.html商品HP:
https://kokuyo.jp/pr/saxa