長年、お客様にご愛用いただいている花王のヘアカラーブランド「ブローネ」。「ブローネ」というブランド名は、英語の「blow(花が咲く)」、フランス語の「Orner(飾る、美しくする)」を合わせた造語で、春が来るたび花が美しく咲くように、歳を重ねるたび美しく咲く姿を応援したいという想いが込められています。
ブローネでは、花王の研究開発力を活かし、長年さまざまな商品を展開してきました。このうち、部分的に白髪を隠したいというニーズに応えるのが白髪用ヘアマスカラです。従来のブローネヘアマスカラは塗った当日のみ白髪を隠すものでしたが、分け目の白髪に使うと約5日間※色持ちする新しい白髪用ヘアマスカラ「ブローネ リタッチマジック」が2024年10月12日に発売されました。
検討開始から発売までに7年という期間を要しました。本ストーリーでは、リタッチマジックの誕生秘話について、技術開発を主に担当した前川さん、商品開発を主に担当した中岡さんの話をご紹介します。
* ヘアケア製品において、耐洗髪性・耐摩擦性・耐皮脂性を備えたポリマー被膜形成を実現する4種のキー成分{トリメチルシロキシケイ酸、(アクリレーツ/メタクリル酸ポリトリメチルシロキシ)コポリマー、ジメチコン、(ビスイソブチルPEG-15/アモジメチコン)コポリマー}の組み合わせが世界初である。花王技術調査及びMintel社データベース(GNPD)を用いた花王調べ(2024年4月)。
※ただし、着色した部分にオイル成分がついたり、強くこすったりすると、色が落ちやすくなる場合があります。
左から、技術開発を担当した前川さんと商品開発を担った中岡さん(花王研究員)
昔からあるお客様のニーズに正面から向き合い、大胆な目標設定。従来1日の着色から、5日間の色持ちへ。
ツンとしたニオイを払拭した「香りと艶カラー」、おうちでムラなく染められる「泡カラー」など、ホームカラーリングの新たな価値を生み出してきたブローネ。市場調査や他社動向を見ながら、常に新たなニーズをチェックしています。
リタッチマジックの開発は、「すぐに伸びてくる分け目の白髪が気になる」「ただ、頻繁に染めるのもダメージが気になる」という昔からある生活者のニーズの高まりを受けてスタートしました。今回の技術開発は、「開始当初から商品化というアウトプットを意識して行われた」と前川さんは振り返ります。
当時の様子を振り返る、前川さん
技術開発だけではなく、その後の商品化も見据えた取り組みの場合、さまざまなシチュエーションで使え、多くの人に喜んでいただけるものにする必要があります。前川さんたち技術開発チームは、基礎技術の研究段階から、商品開発段階のことを意識しながら取り組みました。
これまでのブローネヘアマスカラは色持ち1日タイプでしたが、目指すのは5日間の色持ち。大きな目標を定めた際、前川さんは「正直、非常に難しいだろうと思った」といいます。
部署の垣根を超え、解決策を模索。従来の発想にとらわれない。カラーラッピング技術の誕生。
従来のヘアマスカラは、顔料をポリマーで固着させることで毛髪に色を付けます。シャンプーで落ちるものしかないため、従来の技術を見ているだけでは5日間も色持ちする技術は生み出せません。そのため、はじめは何もないところから発想する必要がありました。前川さんには、ヘアケア研究所に所属する前にポリマーの基盤研究を行っていた背景があります。そうした別カテゴリーの研究の知見や経験も、新しい発想を生み出すきっかけの1つになりました。
まったく新しい技術を開発するため、カテゴリーにこだわらず、社内外から広く情報収集も行いました。また、社内の解析科学研究所、加工・プロセス開発研究所、マテリアルサイエンス研究所などとの協業や意見交換なども行いながら技術開発を進めていました。
「私自身の経験から、中核となる物質の予想はできたのですが、それだけで技術が完成するわけではありません。スクリーニング、実験を重ね、深く考察し本質から考えながら進めていきました」(前川さん)
特に難航したのは、トレードオフへの取り組みでした。数多くのトレードオフがあったなか、わかりやすい例として前川さんは「水と油」の両立をあげます。
「色を5日間保つには、洗髪で使われる水、皮脂などの油の両方に耐えられる技術にしなければなりません。しかし水と油は交じり合わず、水に強いものは油に弱く、油に強いものは水に弱いのです。このように、片方を満たせばもう片方が満たされないというトレードオフの関係となるものが多くあり、一つひとつ対処していく必要がありました」(前川さん)
初期段階で中核となる物質を見出せたものの、5日間の洗髪に耐えられるポリマーを見出すだけでも半年以上の時間を要したという前川さん。確認したポリマーの組み合わせは300以上にのぼります。洗髪工程(シャンプーとコンディショナーを使用し、タオルドライしてドライヤーで乾かす)に耐えるという最初の壁を突破したあとは、スタイリング剤などヘアケア製品の成分への耐性、就寝時に起きる摩擦への耐性、皮脂や汗といったものへの耐性も満たす必要がありました。さらに、ただ色持ちが良いだけではなく、髪の手触りにも配慮する必要があったと振り返ります。
「ラボで性能を確認したあとに人で試してみるのですが、生活行動や毛髪状態の違いもあり、上手くいかないということもありました」(前川さん)
技術開発の終盤に加わったのが、このあとの商品開発を主に担当した中岡さんです。関わる前から、前川さんから話を聞くことがあり、「難しそうだな」と感じていたという中岡さん。「せめて色を持たせる期間が3日間と短くなったらいいのにと思ったこともあります(笑)」といいます。
分け目の白髪に塗ってドライヤーで乾かすことで、約5日間※色を持たせるカラーラッピング技術を完成にこぎ着けた裏側には、中岡さんの気付きがありました。
「『あとこれだけが解決できたら』という最後のピースを見つけられず、困っていたんです。その最後のピースを中岡さんが見つけてくれました。長年取り組んでいると、どうしても考えが凝り固まってしまう部分があります。広い視野で見てくれたからこその気づきだったのかなと思います」(前川さん)
「終盤に加わったことから、まずは前川さんをはじめ、多くの人に話を聞きにいきました。そのなかで、『じゃあ、これは?』と思える気づきがありました。『何も知らないから身に付けなきゃ』と始めたことが功を奏した形です」(中岡さん)
今までにない商品だからこその苦労も。担当者の葛藤と検証を乗り越えて至った「リタッチマジック」の商品化。
世界初*のカラーラッピング技術を実現した後、いよいよ商品開発へとバトンが移されました。従来のヘアマスカラの商品開発にも携わってきた中岡さんは、「従来品の良さを知っているからこそ、最初は5日間も色が持つものを作ることに戸惑いがありました。従来品の良さを否定することになるのかなと思って」と語ります。
「従来品よりもレベルアップした新商品を作るというイメージがあったんです。ただ、着手してみると、同じヘアマスカラ類ではあるものの、両者は別物だと認識できるようになり、戸惑いはなくなりました」(中岡さん)
従来品と新商品とでは、生活者の行動にも変化が起きるといいます。従来品は白髪を隠したい当日の朝に、「絶対に隠したい」箇所をすぐに隠すために使われるもので、塗ったあとにすぐ外出できることが利点です。一方、約5日間※色持ちする「リタッチマジック」は、長く色が持つからこそ、必ずしも朝に塗らなければならない必要はありません。前日に仕込んでおくことも可能です。
延べ70名程のお客様に使っていただき、使用感のインタビューを行った際には、「毎日少しずつ塗り足していく」という使い方をされている方もいたといいます。
「1日目は表面で目立つところに塗り、2日目からは分け目を変えたことで見える白髪に塗り足す。色持ちするからこそできる使い方で、徐々に塗り足していくことで白髪がなくなった感覚を味わえるというご感想をいただきました。また、ドライヤーで乾かすことでカラーベールが髪と一体化するため、髪の動きに強く、髪流れに合うのもリタッチマジックの利点だとあらためて感じました」(中岡さん)
ヘアカラー後10日程度で白髪の目立ちが気になる方もいらっしゃいます。毎日ブローネヘアマスカラ(毛髪一時着色料)をしていたというお客様からは、「重ねて使うことで白髪が気にならなくなった」というご感想もいただいています。
実際にお客様へも試していただきながら進められた商品開発。「お客様には使って頂く当日とその5日後にも来ていただき、その両方の髪の様子や、どこに塗ったのかをご本人様と私たち研究員がチェックしました。当日と5日後では、ヘアスタイルが異なる場合もあり評価が難しく、気が遠くなるような工程でしたね。」(中岡さん)
これからも多様な使用シーンを考えた技術開発、商品作りへ。発売を迎えての振り返りと今後の展望。
こうして7年の月日をかけて完成した「リタッチマジック」。後半の2年間に関わった中岡さんは「壁をひとつずつ乗り越えていった結果、気付いたら2年経っていたという感覚で、あっという間でした。振り返ってみて長さを感じています」と語ります。
当初から取り組んできた前川さんは「長かったです(笑)」と一言。続けて、「7年かけ、ようやく商品になってお客様のもとに届けられることが、率直にうれしいです。技術開発後、商品開発中の大変さも見ていたので、壁を乗り越えて商品にしてくれた中岡さんたちに感謝しています。私自身も白髪悩みのある当事者なので、愛用したいですね」と感想を述べてくれました。
中岡さんは、「多くの人に手に取ってもらえるよう、知っていただける努力をしたい」と今後の展望を語ります。また、今回の技術開発、商品開発で見えてきた気付きを今後にも活かしていきたいといいます。
前川さんも、「今回の経験を踏まえ、今後も新しい技術を開発したい」と語ります。
「これまでも考えてはいましたが、あらためて使用シーンを考慮して開発する大切さを実感しました。人によって使い方には違いが出るため、難しさもありますが、だからこそ気づけたこともあるため、今後も実際に使われるときのことを考えて技術開発をしていきたいです」(前川さん)
部署の垣根を超え、多くの人の力を借りて完成した「リタッチマジック」。他部署の社員にも話を聞きやすいのは花王の特徴であり、今回の事例はその良さが発揮された良い事例の1つだといえるでしょう。これからもお客様のニーズをくみ取りながら、より良い技術、商品開発に取り組んでまいります。