【ひとりでは行かせない。】強制送還される父を追って、自らアウシュヴィッツ行きを志願する息子──「このミス」1位作家による驚きと感動のノンフィクション『アウシュヴィッツの父と息子に』、9月27日発売。

2024.09.27 09:00
河出書房新社
長く表舞台から消えていた奇才のミステリ作家がノンフィクション作家として復活。世界的ベストセラーとなった本書を、著者のミステリ作品も手がけた翻訳者・越前敏弥が鮮烈な日本語に。奇跡の実話! 
株式会社河出書房新社(本社:東京都新宿区 代表取締役:小野寺優)は、ジェレミー・ドロンフィールド著、越前敏弥訳『アウシュヴィッツの父と息子に』(原題:The Boy Who Followed His Father into Auschwitz)を2024年9月27日に発売します。

移送される父を追い、自らアウシュヴィッツ行きを志願した息子。引き裂かれる6人の家族、それぞれの運命、そして、すべてを乗り越える親子の絆。

デビュー作『飛蝗の農場』で「このミス」1位に輝くという華々しいデビューを果たした奇才のミステリ作家ジェレミー・ドロンフィールド。その後10年以上の沈黙を経て、ノンフィクション作家として甦ったドロンフィールドの初の単著が、本書『アウシュヴィッツの父と息子に』です。

本書のテーマはタイトルの通り、ホロコースト。ウィーンのユダヤ人一家クラインマン家の引き裂かれる運命を、強制収容所に送られた父グスタフと息子フリッツを軸に描いていきます。収容所で互いに助け合い、なんとか生きのびようとする親子でしたが、父だけがアウシュヴィッツに移送されることに。それを知った息子は、自らアウシュヴィッツ行きを志願します……。
ナチスによる反ユダヤ政策に翻弄され、過酷な運命をたどることになる一家。一方で、ナチスの非人道的な残虐さと対照をなす愛情に満ちた家族の姿。極限状況に置かれても人間性を失うことなく闘いつづけた人々の生き方を、可能な限り事実に則しながら力強く小説風に描くノンフィクション大作です。
1938年4月。左からヘルタ、グスタフ、クルト、フリッツ、ティニ、エーディト。(本書P.5より)


本書の原書となる英語版は、2019年にイギリス、2020年にアメリカで刊行。Amazon US、UKともにレビューは5000(★4.7)を超える世界的ベストセラーとなりました。

■越前敏弥さんによる渾身の翻訳
訳者の越前敏弥氏はミステリを中心にクイーン『Yの悲劇』、ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』などの名作を数多く手がけている日本を代表する翻訳者のひとりです。本書の翻訳は越前氏のたっての希望で、これはぜひ日本の読者に紹介したいという思いからでした。
この『アウシュヴィッツの父と息子に』をわたしがなんとしても日本で新たに紹介したいと考えたのには、ふたつの大きな理由がある。ひとつは、この作品に登場するユダヤ人一家、とりわけ父と長男の歩んできた人生が、とうてい事実とは信じがたいほど波瀾に富んでいたにもかかわらず、まぎれもなく現実のものであり、しかもここでは当時の光景や人々の心情がこの上なく鮮やかに描かれていること。もうひとつは、それを書き記したのが意外にもあのジェレミー・ドロンフィールドだったということ(「訳者あとがき」より)


2003年の「このミステリーがすごい!」海外編第1位、「IN ★POCKET 文庫翻訳ミステリー・ベスト10」総合1位となった『飛蝗の農場』など、これまで越前氏はドロンフィールド作品を2作品翻訳してきました。
本書は、ミステリー作品を基盤として活躍する著者と訳者が、ノンフィクション作品で邂逅する稀有な一冊です。

■本文より(P.182~185より一部略)
 その夜、フリッツは落ち着いていられなかった。死刑宣告を受けた人々に交じった父の姿が頭から離れない。永遠の別れになると思うと耐えられなかった。ひと晩じゅう苦しんだ。
(中略)
 朝になると、点呼の前にロベルト・ジーヴェルトをさがし出して懇願した。「人脈をお持ちですよね」フリッツは言った。「管理室で仕事をしているお仲間もいるはずです」ジーヴェルトはうなずく。そのとおりだ、と。「どんな手を使ってでも、ぼくをあのアウシュヴィッツへの移送に加えてください」
 ジーヴェルトは驚愕した。「きみが求めているのは自殺行為だ。言っただろう、お父さんのことは忘れるしかない、と」そしてつづけた。「あの人たち全員がガスで殺される」
 だが、フリッツは断固として言った。「何が起ころうと、父といっしょにいたいんです。父なしでは生きられません」
 ジーヴェルトは思いとどまらせようとしたが、フリッツは譲らなかった。点呼が終わると、ジーヴェルトは副司令官のマックス・ショーベルトSS少佐のもとへ行って話した。収監者たちが朝の作業場へ行進するために集まりはじめたとき、呼び出しがあった。「収監者番号7290は門へ!」
 ショーベルトのもとへ出頭したフリッツは、何事かと尋ねられた。もうあともどりはできない。決意を固めたフリッツは父と別れるのは耐えがたいと説明し、いっしょにアウシュヴィッツへ移送してほしいと正式に申し入れた。
 ショーベルトは肩をすくめた。ユダヤ人が何人処刑の場へ送られようと、知ったことではない。願いは聞き入れられた。
 たったのひとことで、フリッツは救われた者の立場をみずから離れ、死を宣告された者に加わるという常軌を逸したことをやってのけた。それから、監視兵とともに広場を抜けて道をもどり、第11ブロックへ向かった。ドアが開き、中へ押しこまれた。
 200人程度しか収容できないその宿舎には、はち切れそうなほどの人がいた。縞模様の収監者服を着たおおぜいの人々がいて、立ったり、わずかな数の椅子に腰かけたり、床にうずくまったり、窓から首を伸ばして外の様子を見ようとしたりしている。
(中略)
 ……そして見つけた。人混みのなかに、痩せて皺だらけの、穏やかでやさしい目をした懐かしい顔がある。ふたりは互いに駆け寄って抱き合い、喜びのあまりむせび泣いた。
(中略)
 列車が走りだすと、フリッツとグスタフの貨車──シュテファン・ヘイマン、グストル・ヘルツォークら、多くの仲間もいっしょだ──には陰鬱な空気が流れた。壁の割れ目から日の光が差しこむと、グスタフはまわりから見えないように日記を取り出した。移送のことを前もって聞いていたので、隔離ブロックへ移る前にしっかり服の下に隠してあった。この使い古した小さな手帳は自分が理性を保つ術で、いまの生活をありのままに記録するものであり、手放すわけにはいかない。けれども、フリッツといっしょなら、なんにでも立ち向かえる気がしていた。
“だれもがこれは死への旅だと言っている”グスタフは記した。“だが、フリッツルとわたしはうつむいたりしない。死は一度しか訪れないと、わたしは自分に言い聞かせている”

■目次
序文 ジェレミー・ドロンフィールド
クルト・クラインマンによるまえがき
プロローグ
第一部 ウィーン 七年前……
1「ユダヤの血がナイフから落ちるとき……」
2 民衆に対する裏切り者
第二部 ブーヘンヴァルト
3 血と石──ブーヘンヴァルト強制収容所
4 砕石機
5 人生への道
6 好ましい決定
7 新世界
8 生きるに値しない
9 千のキス
10 死への旅
第三部 アウシュヴィッツ
11 オシフィエンチムという町
12 アウシュヴィッツモノヴィッツ
13 ユダヤ人グスタフ・クラインマンの最期
14 レジスタンスと内通者──フリッツ・クラインマンの死
15 見知らぬ者の親切
16 家を遠く離れて
17 抵抗と裏切り
第四部 生存
18 死の列車
19 マウトハウゼン
20 最後の日々
21 故郷への長旅
エピローグ ユダヤ人の血
謝辞/訳者あとがき/注釈/参考文献、出典

■著者紹介
ジェレミー・ドロンフィールド(Jeremy Dronfield)
1965年生まれ。イギリスのフィクション・ノンフィクション作家。1997年、デビュー作The Locust Farm(『飛蝗の農場』創元推理文庫、2002年/新装版、2024年)がベストセラーに。以降Resurrecting Salvador(『サルバドールの復活』上下巻、創元推理文庫、2005年)などのフィクション作品を4作発表した後、10年以上の沈黙を経て、共著でのノンフィクションを多数発表。本書は、ノンフィクションでは初の単著となる。

■訳者紹介
越前敏弥(えちぜん・としや)
翻訳家。1961年生まれ。訳書に『ダ・ヴィン チ・コード』『Yの悲劇』『クリスマス・キャロル』(以上、KADOKAWA)、『ロンドン・アイの謎』(東京創元社)、『世界文学大図鑑』(三省堂)など、著書に『文芸翻訳教室』(研究社)、『翻訳百景』(角川新書)など多数。ドロンフィールドの2作品の翻訳も手がけている。

■書誌情報
書名:アウシュヴィッツの父と息子に
著者:ジェレミー・ドロンフィールド
訳者:越前敏弥
仕様:46変型判/並製/448ページ
初版発売日:2024年9月27日
定価:3190円(本体2900円)
ISBN:978-4-309-22933-1
出版社:河出書房新社

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