この記事をまとめると
■エンジンのチューニングはコストと労力次第でいくらでも上を目指すことが可能だ
■チューニングは10年前では想定していなかったレベルに到達しているがこれからもさらに進化していく
■チューニングの度合いを3段階にわけてエンジン別のチューニングの到達点を確認
チューニングに限界はない
エンジンのチューニングを行うというのはある意味、夢の追求ということができます。コストと労力をかければいくらでも上を目指すことはできるので、ツルシの状態から何倍ものパワーが発揮できたり、元の状態からは想像できない迫力をまとうことも可能です。
それは自己満足の世界ではありますが、追求した結果、記録を出したり注目を集めたりすると、これ以上ないくらいの達成感が得られたりします。そして、その栄光や記録を目の当たりにした人のなかからそれを目指すフォロワーが誕生し、到達点が新たなベースとなり、さらにレベルが上がっていくというサイクルが起こります。
記録自体も長い目で見ると10年前では想定していなかったレベルに到達していることは珍しくありません。当時の技術では限界でしたが、ほかの分野からの技術が入って来たりしてブレイクスルーが起こり、一気にレベルが底上げされたりという例は枚挙にいとまがありません。
そんなチューニングの世界、先に「コストと労力をかければいくらでも上を目指すことはできる」と書きましたが、それでも現状での限界はあります。そして実際にチューニングを行う際には無限の資金などあり得ないので、コストと結果の兼ね合いも気になるでしょう。
ここでは、「ライト」、「ガチ」、「アルティメイト」と3段階にわけて、いくつかのジャンルのエンジンを見て行きたいと思います。合わせてザックリとした費用(エンジンのみ)も併記するので、もしチューニングを目指すという場合は参考にしてください。
■まずはチューニングの概略から
チューニングというのは本来「調律」や「同調」という意味の言葉です。なので、社外のECUでプログラムを変更して燃調や点火時期をベストな状態に合わせていく「セッティング」と呼ばれる作業がその本来の意味に近いと思いますが、実際はパーツや構造、材質を変更してエンジンの出力や特性を変えていくことをチューニングと呼んでいます。
チューニングのメニューはそれこそ千差万別で、入門編といえるエアクリーナーの交換レベルから、もはや原型を探すのが困難なほどモディファイされ、もとの数倍の馬力を発揮するものまで、フトコロ事情や情熱、あるいは使命の大きさに応じてレベルはさまざまです。
ベースは市販車のエンジンであることがほとんどですが、ひとくちに市販車のエンジンといっても燃費重視のタイプや出力重視のタイプなど、その目的に応じて排気量や性能のレベルは異なります。
基本的にチューニングというのは、耐久性や実用性を削って出力向上に効く構造や素材に換えていくのが常套手段ですが、たとえば各メーカーの出力性能重視タイプのエンジンの性能はかなり高いところにあり、スペック上は20年前のレーシングエンジンに迫るほどのレベルと完成度になっているので、チューニングによって出力が向上できる余地はけっして多くありません。
逆に出力向上の余地が大きいのは自然吸気の実用エンジンです。単純にターボ化することで大幅なパワーアップが見込めますし、もとが出力重視ではないため、上記の耐久性と実用性を犠牲にする常套手段が使える余地が大きいといえます。
これらのチューニングの概要を踏まえて、それぞれのエンジンタイプごとのチューニングの可能性を見ていきましょう。
1)日産GT-R搭載の「VR38DETT」エンジン
チューニングというと多くの人が思い浮かべるであろう、日産GT-Rに搭載されている「VR38DETT」のケースを見ていきましょう。
「VR38DETT」は3.8リッターのV型6気筒をツインターボで過給する方式のエンジンです。素で570馬力、NISMOは600馬力を発揮し、現在の日産のラインアップで最高出力のユニットとなっています。
出力の絞り出し具合のバロメーターである「リッター換算馬力(1リッターあたりの出力)」は素のほうで150馬力/リッターです。この数字自体は世界的に見てトップレベルではあるものの、ランキング上位とはいえません。
しかし、このVR38DETTのすごいところは、このレベルのパワーを絞り出しながら、サーキットを全開走行したあとでも普通にクーラーを利かせて自走で帰れるという安定性にあります。つまり、チューニングの余地はそれなりにあるといっていいでしょう。
具体的には……
<ライト>
VR38DETTのライト(チューン)レベルで見込めるパワーは600馬力オーバーくらいです。これ以上も可能ですが、発熱やパーツの強度などに影響が大きく耐久性を激しく損ないます。
チューニングの内容は吸排気系の交換とECUの書き換えによるブーストアップで、費用は50万〜100万円くらいでしょうか。
<ガチ>
ガチでチューニングする場合の出力は1000馬力以上になります。このレベルになるとチューニングの内容は多岐にわたりますが、主要なところを挙げていくと、ビッグタービン、高強度のピストン&コンロッド&クランク、ハイカムへの交換、シリンダーヘッドの加工、動弁系パーツのモディファイ、吸排気系のサイズアップ、大容量インタークーラー&ラジエター、社外コンピュータと専用のプログラムなどなど。
費用は一気にハネ上がり、レベルに応じて300万〜1000万円以上となります。
<アルティメイト>
ずばり、VR38DETTのチューニングで現在の最高レベルは2000馬力オーバーです。これは純正のシリンダーブロックを使ってストロークアップで排気量を上げたケースのMAXです。1本だけの記録狙いでNOSを注入して「ブロー上等!」という覚悟なら2300馬力は出せるかもしれません。その場合のリッター換算馬力は600馬力/リッター以上に至ります。異次元の域ですね。
チューニングのメニューは<ガチ>と大きく違いはありませんが、異なるのは耐久性の犠牲度合いの大きさです。このレベルになると、いくら高価な素材や加工を施して冷却に尽力しても、連続で全開できる時間は数分が限界でしょう。限界というのは、クールダウンすればあと何回かはアタックできるということです。 いわゆる次回のオーバーホールまでの時間でいうと数時間分(絞り出し具合によります)という感じでしょうか。
まさに命を削って出力を得ているというレベルです。費用はというと、800万〜1500万円以上といった感じでしょう。
ただ、これはエンジンだけの価格で、このレベルになると駆動系とタイヤはすべて専用のゴツいものへの交換が必須で、ボディはその駆動力を受け止めるように強化し、安全確保のためのロールケージも必須です。タイム狙い目的なら軽量化もするでしょうから、トータルは数千万円になると思われます。
ちなみに「VR38DETTベースで4000馬力出せるよ」と謳っているチューニングキットもありますが、排気量が5リッターになっているようなので、もはや別物のエンジンといっていい内容までモディファイされていると見ていいでしょう。
古いエンジンでもいまだ進化しているのがチューニング
2)スズキ・アルトワークス(4&5代目)搭載の「K6A」エンジン
スズキの最新高性能ターボエンジンというと「R06A」ですが、ここではチューニング実績の多さで、ひと世代前の「K6A」を取り上げます。
K6Aは1994年から2018年までの長きにわたり、スズキの軽自動車向け中核として多くの車種に搭載されてきた名ユニットです。型式は同じですが、自然吸気の37馬力タイプからインタークーラーターボの64馬力モデルまで多くの種類があります。排気量658ccの3気筒DOHCという構成が基本で、最高性能のユニットは64馬力/6500rpm、11.0kg·m/3500rpmというスペック。これは現在でも一線級の性能です。
ちなみにリッター換算馬力は97.2馬力/リッターとなり、まあそれなりといったレベルですが、これはチューニングベースとして見たときには伸びしろが多くあるといえるでしょう。
<ライト>
K6Aのライトチューンで見込めるパワーは80〜90馬力という感じでしょうか。内容は先述のVR38DETTのものとほぼ同じで吸排気系の交換とECUの書き換えによるブーストアップ。費用は30万〜70万円くらいでしょうか。軽自動車なのでパーツ代が抑えられます。
<ガチ>
ガチのフルチューンでは、150〜180馬力くらいは、ある程度の耐久性を残したままで出せるでしょう。数値自体が少ないのであまり上がっていないように感じるかもしれませんが、リッター換算馬力は270馬力/リッターを越えますので、かなり絞り出していると思います。
こちらも内容はVR38DETTの例とほぼ同じです。排気量と気筒数は少ないですが、やることは変わりません。費用は200万〜350万円といったところでしょうか。
<アルティメイト>
究極のチューニングで得られるパワーは……わかりません。実際の例が見つかりませんでした。プエルトリコ辺りの草ドラッグなら、日本ドメスティックの軽規格にこだわってクレイジーなチューニングを行っている可能性がありますが、日本ではそこまでの情熱を傾けている例は見付けられません。
見付けられた範囲での最高出力は300馬力というものでしたが、これは830ccに排気量アップされたユニットでNosを噴射したものによる結果でした。あくまで計算上ではありますが、658ccに換算してみると237馬力となります。
ちなみにこの830cc仕様のK6Aを搭載している車両はサーキットアタックを念頭に置いたものだそうなので、ドラッグレース向けに仕様変更すれば、658ccのままで300馬力の大台に届くかもしれません。
3)日産L型エンジン
ラストは自然吸気で、しかも50年以上前の設計という、日産L型エンジンの例を見ていきましょう。
L型エンジンは当初2リッターのみでしたが、北米など海外向けとして排気量を徐々に拡大され、最終的には2.8リッターに至りました。吸気側の燃料供給装置や排気系の構造、点火装置の進化など、主に厳しい排気ガス規制に対応する目的で補機類は大きく変更されましたが、シリンダーブロックやシリンダーヘッド、ピストン、コンロッド、クランク、動弁系など主な部分はほぼ変えられずに使われ続けました。
このことがいいほうに効いて、レースやチューニングのベースエンジンとしてもてはやされ、全体の一角を占めるほどに多くの実例を遺してきました。
とくにストリートから本格コースでの「ゼロヨン」ことドラッグレースのチューニングベースエンジンとしてさまざまなチューニングが行われたことでどんどんレベルが上がり、最終的にはその辺のDOHCエンジンを凌ぐレベルにまで到達しました。
L型エンジンの基本構成は直列6気筒SOHC12バルブという、いかにも旧式然としたもので、外観もなんとなく鈍くさい印象のため、とても高出力が出せるとは思えませんが、チューナー同士の切磋琢磨の結果、誰もが目を見張る成果を生み出しました。
素の状態の性能は、2.0リッターの「L20」で最高130馬力、最大排気量の「L28」で155馬力となっています。リッター換算馬力は「L20」のほうが高く、65馬力/リッターという数値です。50年前のエンジンとすれば妥当かと思います。
<ライト>
ベースとなる直列6気筒エンジンには、ベースグレードで小さなキャブレターがひとつしか付いていませんでした。スポーツグレードでも少し口径が大きいキャブレターがふたつに増えた程度で、当時は目一杯だったかもしれませんが、現代の目で見ると出力を絞り出すにはとても足りているとはいえない構成です。
それに対する方策として用いられたのが、当時レースの場で広まりつつあったスポーツキャブレターです。ノーマルキャブレター換算で3〜6倍にも吸気面積が拡大できるため、競技の場面では主力の武器となっていました。それをストリートにもち込んだのが、当時カスタムシーンで大流行した「ソレ・タコ・デュアル」です。
大径のスポーツキャブレターの代表製品「ソレックス」と、排気の効率をアップさせるという触れ込みの「タコ足(集合管)」、そして排気サウンドがアップグレードできる「デュアルマフラー」という、いってみればカスタムの「三種の神器」というアイテムでした。
実際のデータが残っていないので数値は不明ですが、パワーアップよりも吸排気サウンドの変化による効能が大きく、「雰囲気はレーシングマシン」という気分に浸れることが支持されていたようです。
カムなどエンジンの中身が低回転でモッサリまわる設計なので、エンジンに手を入れずに吸排気だけ抜けをよくしてもパワーに繋げられないでしょう。推測になりますが、150馬力も出ていれば上等、といった感じではないでしょうか。
<ガチ>
さて、L型エンジンのチューニングはここからが真骨頂です。なにせもとのユニットの性能が65馬力/リッターというレベルなので伸びしろしかありません。TVの番組で、女性芸人を美形モデルのように生まれ変わらせる企画がありましたが、あれくらいの驚きを伴う劇的な変化が起こせます。
実例をもとにした具体的な数値を示すと、330〜380馬力が狙えます。先の二例がターボエンジンだったので、この数字が少し肩透かしと感じた人がいるかもしれませんが、これは50年以上前の設計の自然吸気エンジンでの結果です。
いい忘れていましたが、L型エンジンのチューニングメニューとして3.2リッターへの排気量アップが定番となっており、専門メーカーやショップからチューニングキットとしていまも販売されています。
排気量を3.2リッターで計算しても、380馬力でのリッター換算馬力は118馬力/リッターとなります。この数値は、現在の(市販車用)自然吸気エンジンに置き換えても上位に食い込めるでしょう。ひと昔前までは100馬力/リッターが高性能エンジンのボーダーラインとされていましたので、そのラインは余裕で超えています。
そのチューニングの内容をザッと記すと、まずボアピッチギリギリに収まるサイズの軽量な鍛造ピストンを用いて、シリンダーブロックを拡大ボーリング。フルカウンタークランクと、軽量高剛性なコンロッドを組み合わせ、シリンダーヘッドは燃焼室形状を変更、300度以上の作用角のカムにビッグバルブなどなどを組み合わせます。
忘れてはいけないのが吸排気系です。1気筒あたり50φという大口径のスポーツキャブレターと、48φのタコ足、60φのストレート形状のマフラーを組み合わせ、エンジンの求める吸排気容量を確保します。これに強化された点火系を組み合わせることで、現代の高性能なDOHCエンジンに迫る出力を得ています。
<アルティメイト>
私が知る限り、最高の出力を発揮した記録は3.3リッターのフルチューンで400馬力オーバーというものです。リッター換算馬力は121馬力/リッターまで到達。市販車の自然吸気エンジンで最高クラスが127馬力ほどなので、何度もいいますが、50年以上前の設計の2バルブのエンジンが肉薄しているということは驚異でしょう。
ちなみに上記のエンジンは一発勝負の「壊れてもいい」的な仕様ではありません。ドラッグレースを予選から何本も走って、トラブルがなければそれを何シーズンか続けられる耐久性をもった仕様なので、まだマージンは残っています。……とはいっても自然吸気なので、ターボエンジンのように大幅な上乗せは期待できないでしょう。
今回は三種をピックアップして紹介しましたが、チューニングで豹変するエンジンはまだまだあります。機会があれば第二弾をお送りするかもしれません。