12気筒には人を酔わせる魔力が宿る! 百戦錬磨のモータージャーナリストを唸らせたクルマとエンジンとは?

2024.07.09 17:30
この記事をまとめると
■フェラーリにとってV12エンジンは特別な存在だ
■多くのエンジン技術者は完全バランスエンジンといわれるV12を目指す
■清水和夫さんがフェラーリ・プロサングエに試乗して12気筒エンジンについて語る
エンジン技術者はみなV12を目指す
  フェラーリから究極のエンジンとして期待できるV12気筒が発表された。このエンジンはフロントミッドに搭載される2シーターベルリネッタというパッケージだ。つまり、「812スーパーファスト」の後継モデルにあたるが、モデル名が「12 Cilindri(ドーディチ・チリンドリ)」とはとてもいかしているではないか。これはイタリア語で12気筒を意味するが、このようにエンジン形式が車名になるケースは初めてである。それほどフェラーリにとってエンジンは重要でしかもV12エンジンは特別な存在のエンジンなのだ。
  この発表の前に最近日本に導入されたプロサングエを試乗してきたばかりだが、このモデルはGTCルッソ譲りのV12エンジンをもつ。今回発表された「12 Cilindri」はプロサングエのV12を細部にわたってアップデートした新エンジンだが、プロサングエに搭載されるV12は排気量6.5リッターで65度のバンク角を持ち、最高出力725馬力、最大トルク716Nmを発揮する。
  これだけでも十分だと筆者は思うが、フェラーリのエンジニアは満足していない。他方、新型V12「12 Cilindri」の最高出力830馬力、最大トルクは678Nmを発揮するものの、最大トルクの80%を2500rpmで絞り出す。試乗はまだだが、9500回転までまわる新型V12は人類史上最後で最高のエンジンではないだろうか。
  ところで、なぜ多くのエンジンの技術者はV12を目指すのか。その理由はエンジンの振動が少なく、完全バランスといわれているからだ。
  世の中でトップエンドのスーパーカーと呼ばれるスポーツカーには12気筒エンジンが常識であった。スポーツカーとしてはV12の象徴的な存在がフェラーリであり、ランボルギーニであり、アストンマーチン。1990年代まではジャガーもWシックスと親しまれたV12はエンスーの憧れであった。
  量産メーカーであるメルセデスやBMWも最近はV12を搭載するが、VWとアウディは全長が短いW型12気筒を実用化している。国産ではトヨタのセンチュリー(先代モデル)がV12をもっているが、このエンジンは振動を少なくするためのV12であるからスポーツカーとは意味は異なる。
  バブル期には日産もV型12気筒を極秘に開発していた。日産は試作エンジンを開発してテストベンチで研究していたが、じつはこのエンジンでルマン24時間レースに参戦する計画もあったくらいだ。マツダは「アマティ(Amati=当時のレクサスのような高級ブランド)」という高級車を開発し、独自のV12を搭載する計画であった。排気量は4リッターでV12。その試作車に乗れる直前になってプロジェクトは頓挫した。じつはこのエンジンは2リッターV6エンジンを合体させたもので、そのV6はその後、ランティスに搭載された。
GTCルッソに乗ってクルマにはひと目惚れがあると痛感した
  しかし、F1の世界では1964年にホンダはV12を開発し、その翌年にF1で初優勝。1980年代のF1黄金期にも3リッターV12は活躍していた。お遊びでホンダのV12が搭載されたF1プロトタイプに乗ったことがあるが、1万8000回転くらいまでまわるホンダのV12は異次元の世界だった。
  さらにあのスバルも水平対向のH12(V型ではなく水平対向なのでH12と書く)で1990年にF1に参戦したことがあった。スパフランコルシャン24時間レースでNSXチームで一緒に組んだことがあるベルトラン・ガショー選手は、当時のスバルF1のドライバーだった。
  当時の話を聞いたことがあった。ベルトランいわく「パワーはあったが、シャシーが負けていた」と述べていた。スバルのF1参戦は結局、1回も予選を通過できないという悲惨な状況であった。スバルのH12はまるで卓球台のように大きく重く、シャシーの剛性がなかったことが問題だった。ダウンフォースもなく、ストレートでもスピンしたと告白していた。だが、そのサウンドは素晴らしく振動は皆無。
  フェラーリのV12に話を戻すが、クルマにはひと目惚れがあると痛感したことがある。それは初めてフェラーリのGTCルッソに乗ったときのこと。V12が奏でる音はまるでオーケストラ。私の心拍数はマックスに達していた。完全バランスのV12はエンジン本体から振動が出にくいので、自分の骨から伝わる骨伝導の成分はあまり大きくない。直接、鼓膜を振るわせるのは空気の振動なのだ。骨よりも空気のほうが音のエネルギーを減衰しやすいので、フロントエンジンのV12はほかのフェラーリとは違って聞こえていた。
  私はあえてギヤをMモードにして低い回転を使って走った。身体に伝わる振動ではなく、ヘッドフォンで聴く音楽のように、音源が遠くに感じる心地よさを発見したのだ。V12を静かにさせておくと、空気を切り裂く音や駆動系全体から鳴る低いチューバのような音も聞き逃さない。
  新型プロサングエのテストドライブでは、あえてエンジンの回転を抑えて走ると、その存在感を忘れさせてくれた。ワインディングを走っても、その洗練された動きはマシンとの一体感を感じる。モーターによるアクティブサスペンションは見事にうねった路面をトレースし、人とマシンが完全に同化した。この瞬間に心理的なオーガズム状態に達する。
  人からなんと見られようが、人の目を気にしないで乗れる陶酔できるフェラーリ。AWDなので、白銀の世界に誘うこともできそうだ。もはや、これは私の知るフェラーリではなく、私が知らなかったフェラーリなのだった。

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