振り返ると「名車しかない」のにナゼ? かつて同じ会社だった「いすゞ」と「日野」が乗用車から撤退したワケ

WEB CARTOP
2022.05.15 17:30
この記事をまとめると
■いすゞと日野自動車はもともとは同じ会社であった
■日野ルノーやコンテッサなどの乗用車を販売した日野自動車だがトヨタとの提携で乗用車から撤退
■いすゞは他社からのOEMで乗用車を販売しながら徐々に商用車専業にシフトした
ノックダウン生産から始まった日野の乗用車
  現在はトラック・バスといった「はたらくクルマ」の専業メーカーとして知られる日野自動車といすゞ自動車。この両社が、かつて乗用車を生産していたことを知っているだろうか。
  振り返れば、いずれも1953年に初めての乗用車を生み出している。いすゞは英国のルーツ社と提携して「ヒルマンミンクス」のノックダウン生産を行い、日野はフランスのルノーと提携して同様に4CV(日野ルノー)をノックダウン生産したことで乗用車に参入した。
  ちなみに、いすゞの創業は1937年で当時の社名は「東京自動車工業」といい、戦前は主にディーゼルエンジンとトラックを作っていた。1942年には同社の日野製造所を「日野重工業」として分離したが、それが後に日野自動車となる。じつは親子とも兄弟ともいえる関係なのだ。
  さて、ルノー4CVは、水冷4気筒エンジンをリヤに搭載するRRレイアウトのファミリーカーだった。その影響もあってか、その後に日野が作ったオリジナルモデル「コンテッサ」はRRレイアウトを踏襲することになる。
  ノックダウン生産を並行して開発されたコンテッサのデビューは1961年、当初は893ccだったエンジンは、1964年に誕生した最終進化形では1251ccまでスープアップ、コンテッサ1300と呼ばれるようになる。イタリア・ミケロッティの手によるデザインは評価も高く、セダンとクーペのバリエーションを用意した。しかし、日野オリジナルの乗用車はコンテッサ1300を最後に途絶えることになる。なぜ乗用車生産から撤退したのかといえば、経営状況が芳しくなかったからに他ならない。
  メインバンク主導によりトヨタと提携する動きが起り、1965年から提携交渉がはじまった。その中で日野自動車は「コンテッサの生産をやめるかわりにトヨタからの生産委託などの強力援助を求める」ことを提案した。
  そうして1966年に、トヨタ傘下となった日野自動車はオリジナルモデルの生産をやめ、トヨタ・パブリカの生産委託を受けるようになる。その後、トラックにリソースを集中したことで商用車でのシェアを拡大、あっという間にトップメーカーの地位へと上り詰めた。
  コンテッサという名車が消えてしまったことは残念としかいえないが、トヨタグループ入りをするという日野自動車の経営判断は当時においては正解だったといえるだろう。
振り返ると名車が多かったいすゞの乗用車
  こうして1960年代に日野自動車が乗用車販売から撤退したあとも、いすゞ自動車はオリジナルの乗用車を作り続けた。当時のシンボルともいえるのが1968年に誕生した「117クーペ」だろう。かのジウジアーロ氏がデザインしたボディは、国産車とは思えないほど流麗。当時、いすゞのプレス技術では量産不可能なほどのボディで、初期型は手作業で作られたことから「ハンドメイド」と呼ばれることもある。
  その後、GM(ゼネラルモーターズ)との提携により、FRプラットフォームのグローバルモデルに自社エンジンを載せた「ジェミニ」を誕生させるなど、日本でも一定の存在感を示す乗用車メーカーとなっていった。ジェミニをFFへと刷新した際には「街の遊撃手」というキャッチコピーと市街地でアクロバティックな走りを見せるCMで話題ともなった。
  ほかにもアスカ、ピアッツァなど印象的な乗用車を生み出していったが、販売的にはけっして好調とはいえず、いすゞの経営において乗用車部門は足を引っ張る存在となっていった。そこで1990年代に段階的に乗用車生産から撤退するという経営判断が行われた。
  とはいえ、いすゞの乗用車はトラックの大口顧客へのビジネスにおいて欠かせない存在でもあり、いきなり乗用車を止めるのではなく、他社からOEMを受けるカタチをとった。
  具体的には、1990年にアスカはスバル・レガシィのOEMモデルとなった。その代わりに、いすゞのSUVモデルである「ビッグホーン」をスバルへOEM供給するというWin-Winの関係を築いていた。
  その後、1993年にはジェミニがホンダ・ドマーニのOEMとなり、1994年にはアスカがホンダ・アコードのOEMとなっていくなど、ある意味で迷走的な状況になり、いすゞのセダンは消えていくことになる。
  ただし、完全に乗用車を諦めたわけではなく、1990年代には「ビッグホーン」、「ミュー」といったSUV(当時はクロカン四駆やRVと呼ばれた)に注力して生き残りを探ったこともあった。RVブームに乗ってビッグホーンがスマッシュヒットを放つが、それでもビジネス的には厳しく2002年にSUVの生産からも完全撤退、いすゞの乗用車は完全に消滅してしまう。
  いすゞSUVの最後を飾るように、1997年に生まれたのが「ビークロス」だ。まるでショーモデルがそのまま公道に飛び出してきたようなスタイルはインパクト抜群。
  とはいえ、バブル経済が崩壊した日本市場において、実用性よりもスタイルを重視したSUVはあまりにも贅沢な存在であり、ビジネスとして成功させるのは難しかった。

あわせて読みたい

クロカンからRVを経て空前の「SUVブーム」へ 1980〜1999年ネオクラシックSUV立志伝
ベストカーWeb
やっぱり安心するんだよなぁ〜! 50歳を迎えた「シビック超え」もある「ご長寿同一車名車」8選
WEB CARTOP
【フジロック2022】最新フェススタイル・スナップ特集!
Jeep®
注目度爆上がり!? 武骨さがたまらない! コンパクトクルーザーEVの期待値
ベストカーWeb
ステランティスが欧州の人気商用バン「フィアット・デュカト」の国内販売ネットワークを発表
webCG
【オーナーインタビュー】AssHが目指すのは”ギターヒーロー”
Jeep®
トヨタが水素エンジントラックに本気を出した訳
東洋経済オンライン
16代目クラウン、67年の歴史経て編み出した価値
東洋経済オンライン
【敏感肌の方、1万人に当たる】ユースキン シソラおためしセットでスキンケアを
antenna*
20年前に撤退した「いすゞの乗用車」はいまだ大人気! ディーラーもないけど中古で買ったら修理やメンテはどうなる?
WEB CARTOP
少年のころに憧れた初代・2代目クラウンも革新的!! 新型モデルへ繋ぐ大きな一歩とは
ベストカーWeb
夏野菜を「冷蔵庫にそのまま入れる」のは注意。適切な保存方法をプロが解説
J-WAVE
いすゞの乗用車って「オシャレ」揃い! 撤退した今もなおデザインの評価が高い理由とは
WEB CARTOP
20年に渡る不正発覚の「日野」を除名! トヨタ・いすゞ・スズキ・ダイハツが参画する「CJPT」ってそもそも何?
WEB CARTOP
QUALITY OF LIFEを高めてくれる、すべての女性に寄り添ったダンスキンのウエア。
antenna*
日野自動車による悪質なエンジン認証不正問題、果たしてこのまま企業解体に陥ってしまうのか!?
ベストカーWeb
日産キャラバンのOEM車、いすゞ「コモ」の大本を辿ると、F1エンジン搭載のショーモデル存在が!
ドライバーWeb
QUALITY OF LIFEを高めてくれる、すべての女性に寄り添ったダンスキンのウエア。
antenna*
今までになかった技術やコンセプトが日本から!! 自動車史に名を残す革新的なクルマたち
ベストカーWeb
いすゞもがんばってます! アメリカの日常を支える多彩な小・中型の特装車たち
ベストカーWeb
金沢発!Baluko Laundry Placeのオリジナルブランド〈どうなつ日和〉のドーナツを代々木上原店にて販売開始
PR TIMES Topics