AIエージェントが“組織”の一員として動く時代へ。部門を横断し、企業全体としての意思決定を支える「AIオーケストレーション技術」とは

2026.11.04 13:00
製造業では、納期の短縮など受注内容に一つの変更が生じると、その影響が営業、設計、調達、生産、物流、保守などの複数部門に連鎖し、部門をまたいだ調整が必要になります。
ERPやDWH、BIで状況を可視化するといった取組を行っている企業もありますが、状況を可視化することと、具体的な判断を下せることは必ずしも同じではないため、「この納期に対応できるか」「どの部門がどこまで譲れるか」という判断は今もなお人の経験と個別調整に委ねられています。


部門ごとにAIエージェントが導入される時代、企業全体の意思決定を支えるには、各部門の間をつなぐ必要があります。日立は、各部門のAIを連携させるAIオーケストレーション技術に、これまで培ってきた計画最適化のノウハウを組み込むことで、複数部門の制約やKPIを踏まえた部門横断の意思決定を支援することをめざしています。
2026年9月3日・4日に開催されたHitachi Social Innovation Forum 2026 JAPANではAIオーケストレーション技術についてその仕組みと、人が主導権を持ちながら全体最適をめざすための考え方について、セミナーを開催し多くの製造業に携わる方が来場しました。
今注目されている、AIオーケストレーション技術についてインダストリアルソリューションビジネスユニット インダストリアルOTソリューション事業統括本部 ソリューション&サービス事業部の正木祐樹さんに聞きました。


▽セミナー当日の様子はこちらから×
企業で活躍するAIは、チャットAIからAIエージェントへ
――AIエージェントは、従来のチャットAIと何が異なるのでしょうか。
インダストリアルソリューションビジネスユニット インダストリアルOTソリューション事業統括本部 ソリューション&サービス事業部 正木祐樹さん


大きな違いは人の関与の在り方です。チャットAIは一問一答が中心で、その問いを投げかけるのは人であり、チャットAIの回答を受けて動くのも人といったように、あくまでも人主導、AIは作業の支援者といった立ち位置でした。

これに対しAIエージェントは、人が目標を与えると、その遂行に必要な情報を収集し、計画を立て、ツールを利用しながら、一定の範囲で業務を自律的に進めます。人の関与の在り方は「委任」で、人が判断を下すのは要所に限られます。

――なぜ今、AIエージェントへの注目が高まっているのでしょうか。

背景に、AIモデルの能力向上、社内データとの接続、業務に合わせたエージェント設計の知見がそろい始めたことがあるでしょう。

私たちは、AIが活用される領域が、デジタル空間からフィジカル領域、さらには現実世界のオペレーションへと広がっていくと考えています。AIエージェントに業務を委任することで、人は手作業の調整役から離れ、方針と例外の判断に集中する「監督者」の役割に再配置されていくでしょう。意思決定のスピードも高まると考えられます。

――先日行われたセミナーでは、製造業の現場において全体の業務変革を進める難しさについて触れられていましたね。部門間の調整について構造的な課題があるというお話でした。

はい。製造現場では、例えば納期の前倒しが1件起きただけで、営業から設計、調達、生産、物流、保守とあらゆる部門へ影響が広がります。各部門で調整が発生し、部門間でのすり合わせも必要となり、さらには社外のサプライヤーや外注業者、物流業者とのやり取りも発生します。

このすり合わせや調整を、今はすべて人が担っているのです。セミナーでお話した納期前倒し事例では、8部門が巻き込まれ、24件のすり合わせが発生し、7つのシステムを人手で横断することになりました。各工程には、作業順序、工程間の依存関係、納期などの複数の制約があります。これらを整合させながら各部門の業務をつなぐことで、初めて一連のプロセスが成立します。
この調整を担当者視点から見ると、大きく3つの困難があります。
1つ目は他部門の制約や確認事項が見えない、わからないという問題。2つ目は正式な業務フローだけでは処理できない事象ほど相談先が明確になっておらず、属人的なネットワークや経験・勘に頼る運用になっているという問題。3つ目は自部門の変更が後工程の部門へどういった影響を及ぼすのか、変更の影響が読みにくいといった問題です。


こうした課題に対し、ERPやDWH、BIツールなどを活用し、データの可視化に取り組んできた企業は多いでしょう。こうした可視化は非常に重要ではありますが、見えることと判断できることは必ずしも同じではありません。

例えば、在庫や稼働率、納期遵守率が可視化されていても、依頼された特急注文の受注可否の判断を下すことはできないでしょう。受注できるのかどうかという意思決定や部門間の合意形成に関する部分には、依然として人による調整が必要となっているのです。
各部門のAIをつなぎ、全体最適を担う「AIオーケストレーション技術」
 ――全体を俯瞰し、意思決定を下す役割をデジタルの力で支援できれば、効率化が叶い、かつ属人性を薄めることができるということですね。どのような解決方法があるのでしょうか。

まず考えられるのは、非常に賢いAIをひとつ置き、すべてを任せるという方法です。営業・設計・調達・製造・物流・保守を集約するということですね。

しかし、残念ながらこの方法には限界があります。知識・権限・変更も当然1つのAIに集中させることになりますが、全部門の業務知識や例外を1つのAIに詰め込み続けることは困難です。また、部門ごとに参照できる情報、更新可能なデータ、判断可能な範囲は本来異なりますので、権限面にも課題が生じます。変更に関しても、部門ごとに頻度が異なるのに、1つのAIにしてしまうと全社一括でしなければならなくなるといったように、やはり無理があるのです。

――すべての業務を1つのAIに委ねるのは難しいということですね。では、他にどのような解決方法があるのでしょうか。

既存組織の「分業と連携」の仕組みを、AI設計にも適用するのです。営業や生産管理など各部門のAIがそれぞれの知識・システム・役割を保ったまま情報を収集し、それぞれにやり取りさせることで、部門の境界を保ちながら必要な情報だけを連携できます。業務やルールが変わった部分のAIだけを差し替えるのは比較的容易でしょう。役割を分けた組織設計は、「小さく始めて対象部門を増やす」といった段階的な導入にも向いていると思います。
この各部門のAIをつなぐ技術が日立の構想する「AIオーケストレーション技術」です。私たちは、複数のAIエージェント、計画最適化を担う業務システム、そして人による判断を、一連の業務プロセスとしてつなぐ仕組みを「AIオーケストレーション技術」と定義しています。

AIオーケストレーション技術により各部門の情報を収集し、目的、制約、KPIを整理して協調を促します。部門ごとに順番に最適化するのではなく、納期、在庫、コスト、品質、設備、人員など、複数部門のKPIと制約を同時に満たす案を探すのです。また、唯一の正解をAIが決めるところまで行うのではなく、計画最適化AIがトレードオフの異なる複数案を示し、その根拠と共に人に提示します。最終的にどの価値を優先するのか決めるのは人です。
日立の技術の中核は「曖昧な要求理解」と「厳密な計算」との両立
――日立製作所のAIオーケストレーション技術の強みは何でしょうか。

全部門のKPIと制約を一度に解く全体最適を実現するには、性質の異なる2種類の知的作業が同時に必要となります。このうち、文脈の理解や意図の汲み取り、前例のない事象への柔軟な解釈、曖昧な条件の取り扱いや部門ごとの事情を踏まえた対話と説明といった知的作業は、生成AI(LLM)が得意とするところです。

しかし、全体最適には複数の厳密な制約を同時に満たす解の保証や、再現性のある計算といった知的作業も必要となります。これらはLLMだけでは解けません。現場からの依頼や方針の理解はLLMが、制約条件を満たす計画案の探索は計画最適化が担うといったように両者の役割を分けて連携させることで、部門横断でより適切な計画案の立案を支援することが、日立のAIオーケストレーション技術の中核です。LLMに計算を任せきることなく、計画最適化に曖昧な意図を解釈させないところがポイントになります。

また、計画最適化は与えられた目的と制約条件に基づいて計算するため、現場にとって重要な条件を盛り込んでおくことが重要です。もしそうした条件が抜けていれば、計算上では成立していたとしても、実務で使いにくい計画になってしまう可能性があります。

――現場にしかわからない暗黙知を、日立製作所ではどのように拾い上げているのでしょうか。

過去の計画データに加え、社会インフラの現場で長年培ってきたドメインナレッジを生かした現場へのヒアリングや業務調査から、「ここまでは譲れる」「この条件なら上長へ相談する」といった方針を言語化して組み込んでいます。

AIが取り出した内容をそのまま正解にせず、担当者が確認し、必要に応じて修正した上で計画条件として扱うことが重要です。

こうした業務上の判断傾向を捉えて計画最適化に反映する考え方を支える技術的な蓄積として、私たちはMLCP (Machine Learning Constraint Programming)というものを持っています。これは数理最適化技術に機械学習を組み合わせた生産計画最適化技術です。MLCP(Machine Learning Constraint Programming)は第71回大河内記念生産賞を受賞した実績もあります。熟練者の技術ノウハウの継承、社会課題への貢献、そして実用化と展開の取り組みについてご評価いただきました。ここで培った計画最適化技術と業務知識を計画条件として扱うノウハウをAIオーケストレーション技術に活用しています。
第71回大河内記念生産賞 贈賞式に出席した関係者


――セミナーでは実際のデモも紹介されました。あらためて、AIと人との意思決定の分担について教えてください。
同僚に話しかけるように「A社に製品Pを、3日以内に300個、特急で納品したい」と依頼内容と許容範囲を示すと、各部門AIが在庫、設備、過去の判断などを集め、複数の代替案を探索します。
AI同士が納期、残業、他顧客への影響などをすり合わせ、選択肢とトレードオフを人へ提示し、この過程もすべてログに残ります。人が受け入れられない条件を差し戻すと数分後に再計画が完了。承認後に初めて計画を更新するといった流れです。

このように、各部門のAIが収集・整理した情報を基に、他部門への波及影響や見落とされやすい制約条件を顕在化し、人が確認・判断するHuman in the Loopのプロセスを実現します。意思決定ログの資産化、調整精度の継続的向上を行うことで、蓄積した意思決定ログを分析し、業務方針や計画条件に反映することで、次回以降の提案精度の向上につなげます。

――AIオーケストレーション技術がもたらす価値についてご紹介ください。

デモで実証された価値は「部門横断による潜在的影響の即時可視化・整理」「人間主導の制御」「意思決定ログの資産化、判断精度の継続的向上」の3つです。AIが判断材料を自律整理することで、人は意思決定に専念できるようになります。

一度スモールスタートしたあとは、共通部分を活用しながら、対象業務に応じて、AIの役割、業務方針、接続するデータ、制約条件、アクセス権などを追加・設定することで対象業務が変わっても対応ができるようになります。
 既存システムを生かして小さく始め、判断プロセスを企業の資産へ 
 ――AIオーケストレーション技術の導入を検討する企業は、どのような業務から、どういう手順で進めると良いでしょうか。

まずは部門間の調整が複雑かつ、変更のたびにやり直しが発生している調整コストの高い業務を選んでください。次に、これまでどのように検討し、何を基準に判断してきたのかを整理して、現場のベテランが持つ暗黙知を棚卸しし、業務方針として言語化します。最後に、人の承認を前提とした運用から開始すること。この3ステップがAIオーケストレーション技術を導入するポイントとなります。共通の仕組みを使いながら、対象となる部門AIと方針を段階的に追加することで、既存システムを生かしたまま展開範囲を広げられるでしょう。

――既存のシステムを生かしたまま業務改善が可能になるのですね。

はい。AIオーケストレーション技術の役割を考えるにあたり、必ずしも新しい組織や業務フローを一から設計する必要はなく、現在の業務プロセスや役割分担を起点として検討できます。さらに、検討や判断の記録を残すことで、現場で培われてきた知をデジタル資産として継承できます。
「部門ごとのAIをオーケストレーターAIが束ねる」「曖昧な要求の理解はAI、確かな計算は数理最適化が担う」「ひとつの業務から始め、効果と適用条件を確認しながら段階的に広げる」という、3つのポイントを押さえていただけると幸いです。また最も重要なのは、AIが決めるわけではないということです。AIが部門を越えて情報と選択肢を整えたところから、最後は人が方針を示して決める。これが私たちの伝えたい「AIエージェントが組織として動くこと」が意味するところなのです。
製造業の皆さまの部門間調整の課題をどう解決していくのか、その具体化について私たち日立にお手伝いさせていただければと思います。

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