秀吉に「たいした出自の人物ではない」と言い放った島津氏が、"秀吉の大軍"に追い詰められてしまった背景

2026.10.31 14:00
天正13年(1585)10月、関白となっていた豊臣秀吉は、薩摩国の島津義久に対し、豊後国の大友氏との戦争をやめるよう書状を出します。

その書状の中には、敵・味方とも双方が争いを止めることは「叡慮」(天皇のお考え)との文言が含まれていました。秀吉は「叡慮」を持ち出して、大名同士の抗争を停止させようとしたのです。そしてその命令に従わないのであれば「成敗」するとしたのです。

戦国時代の九州は「大友・…

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