推しの会社でアルバイト ~好きなことと働くこと~

2026.10.23 13:00
星野リゾートマニアの大学3年生・関谷奈緒子さん。中学生のころから星野リゾートのコーポレートサイトを隅から隅まで読みつくすほどの星野リゾート好き。そんな関谷さんが、OMO5東京大塚でアルバイトをして体験した実態。「推し」で働くということ。そして、OMO5東京大塚でのアルバイトを経て、就職活動真っ只中の今働くうえで重視していることを等身大の言葉で語る。
インタビューに答える関谷さん
星野リゾートが「推し」になったきっかけ
「中高生の頃は星野リゾートのコーポレートサイトを見るのが心の支えでした」


そう笑いながら語るのは、OMO5東京大塚で働く大学3年生の関谷奈緒子さん。
当時の関谷さんの楽しみは、星野リゾートのコーポレートサイトを隅から隅まで読みつくすこと。


全国のどこにホテルがあるかを覚え、提供されているサービスを把握するだけでなく、「このパンフレットはどのデザイナーが手がけたのか」まで徹底的に調べる筋金入りの「星野リゾートマニア」。そんな関谷さんが、星野リゾートに惹かれるきっかけになったのは、中学生の頃、地元・茨城県土浦市に「BEB5土浦」が開業したことだった。当時の土浦は、観光地というよりも、自分にとっては日常の街だと関谷さんは感じていた。しかし、ホテルの開業をきっかけに、サイクリングを目的に街を訪れる人が増え、新しいカフェがオープンするなど、街の景色が少しずつ変わっていく。


「ホテルが一つできるだけで、街ってこんなに変わるんだ」


その変化を目の当たりにしたことが、星野リゾートという会社に興味を持つ原点になった。
「推し」のコーポレートサイトを読み込む中高生時代
やがて高校生になると、関谷さんは精神的に苦しい時期を迎える。一人暮らしをしながら進学校に通い、毎月のようにあるテストに追われる日々。頑張っても終わりが見えず、「社会に出たら、この毎日がずっと続くのだろうか」と漠然とした不安を抱えていたという。


そんなとき、何度も開いていたのが星野リゾートのコーポレートサイトだった。街を元気にすること。観光の価値を変えていくこと。ホテルの運営だけでなく、その先にある地域や社会まで見据えた考え方に触れ、「星野リゾートって、こんな会社なんだ」と衝撃を受けた。


「この会社は、これからどんな未来をつくっていくんだろう」
そう思うたびに、自然と前向きな気持ちになれた。
「もしここで働けたら幸せだろうな」


そんな憧れは、大学生になってアルバイトができる年齢になるまでの目標にもなった。
「大学生になってアルバイトができる年齢になるまでは、その日を目標にもう少し頑張ってみよう、と思えていた気がします」
そう思えたことが、当時の自分を支えてくれていたと関谷さんは振り返る。
星野リゾートで働いてみて
大学へ進学しても、星野リゾートへの憧れは変わらなかった。
アルバイト先に選んだのは、実家から片道1時間半以上かかる「OMO5東京大塚」だった。東京にはOMOブランドのホテルが浅草と赤坂、五反田、大塚にある。その中でも関谷さんが選んだのは、OMO5東京大塚。「浅草のように旅行の目的がはっきりしている街とは違い、大塚は自分がどう魅力を伝えるかによって、新しいニーズが生み出せる」そう感じていた。


「ここなら、自分も街づくりに関われるかもしれない」


そんな期待を胸に、関谷さんは憧れの職場で働き始める。しかし、最初に気づいたのは、自分のコミュニケーション能力の未熟さだった。


「私は人と話すことが得意だと思っていたんです。でも、それは自分が興味を持った人と話すことが好きだっただけでした」


ホテルでは、初めて出会うお客様に短い時間で安心していただき、心地よく過ごしていただくことが求められる。これまで経験してきたコミュニケーションとはまったく違い、戸惑うことも少なくなかったという。そんな関谷さんを支えたのは、一緒に働くスタッフの存在だった。入社して間もない頃、お客様をお見送りする際に何気なく添えた「お気をつけていってらっしゃいませ」という一言。その後、先輩スタッフが声をかけてくれた。


「『気をつけて』という言葉が入っていて、とても良かったよ」
できなかったことだけでなく、できたこともきちんと言葉にして伝えてくれる。その積み重ねが、少しずつ接客への自信につながっていった。
他のスタッフとコミュニケーションをとる関谷さん(左)
パートナースタッフからOMOレンジャーになるまで
OMOブランドが大切にしているのは、ホテルの中だけでなく、その街そのものを楽しんでもらうこと。そこで、街を知り尽くしたスタッフが「OMOレンジャー」となり、お客様にガイドブックには載っていないような街の魅力や、その土地ならではの楽しみ方を提案している。そんなOMOレンジャーを象徴するアクティビティのひとつが、スタッフと一緒に街を歩く「ご近所ガイドツアー」だ。


もともと街歩きやガイドに興味を持っていた関谷さんも、「やってみたい」と手を挙げた。当時、OMO5東京大塚では、アルバイトのパートナースタッフがガイドを担当した前例はなかった。それでも、その思いは真剣に受け止められ、トレーニングを重ねた末、パートナースタッフとして初めてガイドデビューを果たした。しかし、デビューしたからといって、すぐに自分らしい案内ができたわけではない。


「最初は、誰かのコピーにもなれていなくて。覚えたセリフを言うだけになっていたと思います」


トレーニングを担当するスタッフのツアーに参加すると、案内の仕方は一人ひとり違っていた。歴史や地形を掘り下げて街を紹介する人。子どもとのコミュニケーションを大切にする人。お酒の話を交えながら、お店や街の楽しみ方を伝える人。同じ大塚を案内していても、それぞれにその人らしさがあった。そこで関谷さんが意識するようになったのが、「他のスタッフのコピーにならないこと」だった。


「もちろん、皆さんのいいところは取り入れます。でも、私がつくりたかったのは、私の色を出したご近所ツアーでした」


自分らしいツアーをつくるために、街のことをもっと知ろうとするようになった。他のスタッフとの何気ない会話からおすすめの店を知れば、実際に足を運ぶ。出勤前や退勤後に神社へ立ち寄れば、そこでご近所さんと会話が生まれ、新しい街の情報を知ることもある。


「自分で一次情報を取りに行くことは、大事にしています」


台本に書かれた情報を伝えるだけではない。自分で街を歩き、人と話し、実際に見聞きしたことを、自分の言葉でお客様に伝える。少しずつ関谷さん自身の経験が加わり、関谷さんならではのご近所ガイドツアーへと変わっていった。
新たにラテ作りに挑戦する関谷さん
自分の接客で、お客様の旅を豊かにした
関谷さんには、今でも忘れられないお客様がいる。
アメリカに住み、毎年2回ほどOMO5東京大塚を訪れてくださるH様ご夫妻だ。初めてお会いしたのは、関谷さんがご近所ガイドツアーのトレーニングを受けていた頃。街のおすすめを紹介していると、ご夫妻は驚いたようにこう話したという。
「そんな楽しみ方があるなんて知らなかった」
大塚という街の魅力を、自分の言葉で伝えられた――。手応えを初めて感じた瞬間だった。


さらに、ご夫妻は関谷さんの名前を覚え、「次に来たときも案内してほしい」と声をかけてくださった。そして1年後、本当に関谷さんを訪ねてきてくれた。初めて会った頃は、まだOMOレンジャーのトレーニング中。自分の好きな星野リゾートについて話すことで精いっぱいだったが、相手が大塚の何を知りたいのかを考え、OMOレンジャーとして街の魅力を伝えられるようになった。


3年目になると、関谷さんが感じた変化はさらに別のものだった。


「スタッフとしてお客様と話すというより、関谷奈緒子として話せるようになったと思います」


それはOMOレンジャーが目指す接客である「まるでよそから遊びに来た友人に自慢の地元を案内するかのようなフレンドリーなおもてなし」とも重なっていた。


「私のことを覚えていてくださったことが、本当にうれしかったです。お客様に名前を覚えていただいたのは、そのときが初めてでした。」


中学生の頃、「ホテルが街を変える」ことに心を動かされた。今度は、自分自身が街の魅力を伝える側になり、お客様の旅を少しだけ豊かにすることができた。働く前に抱いていた「自分たちの工夫次第で街の魅力を発信できる」という思いは、この出来事によって確かな実感へと変わった。
海外のお客様から受け取った関谷さんへのメッセージ
就職活動中の心境 ― 好きなことと働くこと
現在、関谷さんは就職活動の真っ最中だ。
OMO5東京大塚で働いてきた時間を振り返る中で、関谷さんがたどり着いたのは「人の暮らしをよりよく、豊かなものにしたい」という強い想いだった。大塚で異なる人々が行き交う温かい景色を見つめ、故郷・土浦での経験を通じて人と人とのつながりの大切さを知った。観光の現場で見てきた多くの笑顔を、今度は日常の基盤から支えていきたい。


「人のつながりを感じられる温かな街を残し、人々の心安らぐ豊かな日常を未来へつないでいく」その軸を胸に、彼女は幅広い選択肢へと視野を広げている。


中学生の頃は、ただ「好きだから働いてみたい」と憧れていた星野リゾート。憧れから始まったアルバイトは今、関谷さんがこれからつくりたい未来へとつながっている。

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