AI ネイティブになったのは、アプリではなく開発者の方だった。シリーズ累計100万DLの個人開発者が挑んだ「1人+AI」の3か月

2026.10.21 14:26
「ThinkSpaceをAIネイティブに超絶進化させる」
2026年7月2日、私はXにこう書きました。10年以上、1人で続けてきたアプリ開発。その限界を、AIと一緒に広げてみたい。そんな思いで始めた3か月の挑戦は、アプリの価値と、自分自身の仕事のしかたを見つめ直す時間になりました。
結果、プロダクトは「AI に任せすぎない」方向へ舵を切り、AI ネイティブになったのは開発者である私自身でした。その経緯を書きます。
なぜ 3 ヶ月チャレンジを始めたか
私はエンジニアとして大企業への生成 AI 導入を担当する傍ら、 10 年以上、個人でアプリを作ってきました。書いたコードは 24 万行、アプリは前身の MapNote を含むシリーズ累計で 100 万ダウンロード (2026 年 7 月時点) に達し、日本ユーザー比率は半分以下の世界中で使われるアプリとなり、海外企業から買収の提案を受けたこともあります。


一方で、個人であることの限界も感じていました。グローバルに使われるプロダクトを目指すと、相手はどうしてもシリコンバレーや海外のスタートアップになります。開発はひとりでも回せますが、マーケティングやグロースの面では、ひとりでは届かない領域がありました。


そこに生成 AI が登場しました。試しに AI を使って新しいプロダクトを企画からリリースまで何個か作ったところ、Claude Code が出る前のチャット AI でさえ、実働 5 日程度で出せました。企業に生成AIを導入する本業の方では、28 段階にわたるAIエージェント・ワークフローを1人で構築できました。「ひとりでできることが大きく変わりつつある」という実感が、ここで確信に変わりました。


この可能性に挑戦したい。その第一弾として始めたのが、「ThinkSpace AIネイティブ化3か月チャレンジ」でした。
ThinkSpace の目指す方向の転換
やってみて分かったのは、ThinkSpace を「AI ネイティブにする」とは AI 機能を足すことではなく、AI に任せる部分と人間に残す部分を切り分け直すことだった、ということです。その切り分けの結果が、看板の掛け替えでした。


この 3 ヶ月で、ThinkSpace の看板を「すごいアイデア帳 / 次世代マインドマップ」から「AI 時代の、理解と意味付けの場」に変えました。ここで言う「理解」とは、きれいな成果物が残ることではなく、自分の中に理解が残ることです。
看板と実態のずれ
ThinkSpace は App Store で「次世代マインドマップ」「すごいアイデア帳」として名乗ってきました。2023 年 9 月には、生成 AI でアイデアを出す機能を発表しています。しかし今や、一般的なアイデアは AI が大量に出してくれます。AI がマインドマップを描くアプリも増えました。ストアのデータでも、2025 年度の年間 DL 数は 2024 年度より増えたものの、その多くは組織向けの一括配布で、ストアのインプレッション自体は減っていました。Google トレンドでは、日本の「マインドマップ」の検索は 2024 年のピークから約半分になる一方、「ジャーナリング」「内省」「brain dump」といった、自分の頭の中を扱う語彙が伸びていました。


そこで、このアプリが前提にしている設計をすべて疑うことにしました。そもそもマインドマップ・発想支援ツールであるべきなのか。生成 AI がこれだけ普及した今、発想支援ツールは必要ないのではないか。そこからスタートしました。


答えを探しに、App Store のレビューを読み直しました。面白いことに、マインドマップアプリと名乗っていたのに、高評価のレビューで褒められていたのは「マインドマップではない使い方ができること」でした。「放射状の構造しかないマップソフトではない」「情報の断片をとにかく付箋に書き出し、後で関係を見出してつなぐ方法が自分には合っていた」。後者は、30 年以上思考整理ツールを渡り歩いてきた方のレビューです。人物相関図、旅程、議事録、漫画のコマ割り、脱出ゲームの設計図。用途はばらばらでも、カードをガッと貼り出し、手書きで書き殴り、線で結ぶ、という使い方は共通していました。綺麗なマインドマップを作ったという話は、ほとんど出てきませんでした。


昔ユーザーインタビューをした IBM のプロジェクトマネージャーの言葉も思い出しました。「頭の中を全部カードにダンプする。それを並べて、昼休みに俯瞰して眺める」。嬉しそうにそう語ってくれていました。


この使い方は、ThinkSpace のユーザーだけのものでもありません。日本で半世紀以上前に生まれた KJ 法も、頭の中をカードに書き出して並べるところから始まります。サム・アルトマンも、ノートに考えを書き出し、ページを破って机に並べ、同時に眺め、終わったら捨てる、と語っています。ノートは保存するためではなく、その場で考えるための道具なのだと思います。


自分自身の使い方も振り返りました。やることや考えることで頭がいっぱいになった時。あるいは AI チャットと夜通し対話して、新しい情報が一気に入ってきて頭がパンクした時。そういう時にカードへ全部吐き出し、並べたり囲ったりして構造にする。その過程で頭がすっきりし、次にやることが見えてくる。対外的に推していた「ブレインストーミング」や「綺麗なマインドマップ」の作成には、自分でもほとんど使っていませんでした。
開発者の実際の使い方。ThinkSpace のユースケースを考えていたキャンバス。手書きで吐き出してから、囲って並べ直している
新しい情報が一気に入ってきて頭がパンクした時。そういう時にカードへ全部吐き出す。情報はメモとして保存する


レビュー、インタビュー、自分の体験。角度の違う材料が、同じことを指していました。人物相関図でも記事の構想でもゲームの企画でも内省でも、用途を問わず評価されていたのは、書き出して、並べながら考えられることでした。私が看板にしていた「発想支援」では、その広い使われ方を伝えられていなかったのです。
預けていいもの、手放してはいけないもの
頭がいっぱいになった時に書き出すとすっきりする、というのは自分だけなのか。調べると、認知心理学の側に答えがありました。人間の作業記憶は有限で、情報を外に置くと認知的な負担が下がる。未完了の課題は頭に残り続けるが、具体的な計画を立てるだけで侵入思考が減る。書き出すとは、覚えておく負担を減らし、考えることに頭を使えるようにすることでした。そして覚えておくべき在庫が増えるスピードは、AI 時代に急速に上がっています。


私自身、AI チャットは大量に使っています。ChatGPT と Claude の両方に課金し、話が盛り上がりすぎて徹夜で対話していたこともあります笑


そうして頭がいっぱいになった時にカードへ全部吐き出し、並べたり囲ったりして構造にすると、頭がすっきりし、次にやることが見えてくる。これは先に書いたとおりです。


では、その整理も AI に任せればいいのではないか。試しに、長くなったチャットログを AI に整理させ、1 枚のまとめにしてみました。綺麗なまとめはできましたが、それが自分の頭を素通りしていく感覚を持ちました。それは何か大事な工程を飛ばした、自分の頭の中は何も変わっていない、という感覚でした。


なぜだろうと思い調べてみると、学習理論の側に答えがありました。「生成効果」と呼ばれるもので、読んだだけの情報より、自分で生み出した情報の方が記憶に残る、という 1978 年からある知見です。さらに、学習とは「新しい情報と、自分がすでに知っていることの間に、自分で関係を作ること」だと定義する理論もあります。AI にまとめさせた時の私は、きれいな構造を受け取ったことで、選び、組み立てる工程まで済んだ気になっていました。実際にはその工程は AI の側で起きていて、私の中では起きていなかった。カードに書き出して並べていた時は、選ぶのも組むのも自分でやっていた。違いはそこでした。


ちょうど同じ頃、エンジニアの間では「AI が書いたコードを理解しないまま進めてしまう」ことが問題視され、「認知負債」という言葉も広がり始めていました。これは自分だけの感覚ではなかったのだと納得しました。


誤解のないように書くと、手を動かさなければ理解が起きない、という話ではありません。AI が作った図を見て「自分の経験と同じだ」「ここは違う」と考えれば、本人の中で関係づけは起きます。残したいのは手作業ではなく、本人が意味をつくる過程です。


ユーザーの使い方は、この 2 つで説明できます。ダンプは在庫を外に預けること、並べて眺めるのは意味を自分でつくること。ユーザーは理論を知らないまま、最初からその両方を実践していたのです。


この章の結論はこうです。覚えておく仕事は、AI に預けていい。理解すること、つまり選んで、並べて、意味をつけることは、手放してはいけない。
ピボット
こうして方向が決まりました。「発想支援・マインドマップツール」の看板は下ろし、AI 時代に自分で考え、まとめ、理解が残る場にする。「アイデア帳」から「AI 時代の、理解と意味付けの場」へ。


これはピボットのように見えて、実は原点でもありました。「頭の中を全部カードにダンプして、並べて、眺める」。ユーザーが語ってくれていた、最初からあった使い方です。マインドマップやアイデア出しの機能はなくなるわけではなく、補助に回ります。


この方向は、初回起動の案内にもそのまま書きました。「頭の中を、全部出す」「動かすと、見えてくる」、そして最後に「頭の中がいっぱいになったら、書き出して、並べて、眺める」。この一行が、新しい看板です。

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ver 8.0.0 の初回起動の案内
作った 2 つの機能
この 3 ヶ月で作った機能は複数ありますが、ピボットの方向を代表するものは 2 つです。書き出しの入口を広げる「AI から送信」と、今は AI がなんでも説明してくれるなら逆にこちらが説明するのはどうだろう、という観点から生まれた「説明する」です。


AI から ThinkSpace へ送る (MCP 連携)
AI チャットの内容をカードにして並べると頭が整理される。ただ、毎回コピーして貼るのは面倒です。そこで、AI から直接送れるようにしました。Claude Code や ChatGPT、claude.ai であるテーマを深掘りした後、「これ、ThinkSpace に送って」と言うだけで、ThinkSpace の受信箱に届き、カードになります。AI との接続規格である MCP に対応し、9 月末にはクラウド経由にして Mac を立ち上げておく必要もなくしました。


送った後の、並べる、囲う、意味付けする、俯瞰する、後日見返す、という作業は人間の仕事です。カードを自分で並べて構造にすると、自分の理解のギャップが見えます。問いはそこから生まれる、というのが私の実感です。

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ChatGPT で「これ、ThinkSpace に送って」→ 受信箱に届く → 「Canvas へ追加」でカードになる
ChatGPT とのやり取りをカードにして、並べて俯瞰しているところ


説明する
もう一つは、キャンバスを見ながら声に出して説明すると、その場で文字になる機能です。学習理論を深掘りする中で、「教えることは最も強い学習の一つ」と知りました。今は AI が何でも説明してくれるなら、逆にこちらが説明するのはどうだろう、という発想です。説明するには考えを一本の線にしなければならず、その変換が理解を深めます。理解が曖昧な箇所も、話してみると分かります。


もう一つの価値もあります。説明した言葉がテキストになるので、そのまま AI に渡す入力やコンテキストになり、他のアプリにも持っていけます。ThinkSpace のヘビーユーザーは手書きが多く、手書きの内容を後続の AI との対話へテキストとして引き継ぎにくい、という課題が長くありました。説明する機能は、その解決にもなっています。文字起こしは Apple 標準の仕組みで、対応端末ではオンデバイス認識を優先しています。音声を端末の外に出さず、長い説明も途切れずに取れるようにするためです。×
ThinkSpace のユースケースを手書きで整理したキャンバスを見ながら、声で説明しているところ (音声あり)。話した言葉がその場でテキストになり、最後に AI が整形する
変わったのは開発者
「AI ネイティブ化チャレンジ」と言いながら、プロダクトは AI に任せすぎない方向へ、逆に舵を切りました。一方で、「AI ネイティブ」になったのは開発者自身でした。


まず、一行もコードを書かなくなりました。コーディングは Claude Code に任せています。24 万行を書いた日々は何だったのかと思う時もありますが、その時に設計をきちんとしていたおかげで、AI への依頼が既存の構造を壊さずに積み上がっていきます。「こうしたい」が即座に機能になって試せるのは、素直に嬉しいことです。プログラマーとしての自分には正直物足りないけれど、プロダクトを作る人間としての自分は満足している。そんな感じです。


コーディング以外の仕事も、ガラッと変わりました。


- App Store の説明文の翻訳を自動化し、25 言語分の手作業が消えました
- ダウンロードの推移や国別の傾向を AI と一緒に分析し、直近の減少の正体が「検索での表示の減少」で、インストールへの転換率は 20 か月変わっていない、と突き止めました
- レビューを分析したところ、英語圏で利用規約への指摘が多く、日本語をそのまま英訳したせいで現地の人に違和感のある条文になっていると分かり、書き直しました
- 匿名化された利用情報 (内容は含まない、操作の種類と回数、何日後に戻ってきたか) を集計し、28 日後に戻ってくるユーザーが 30%、キャンバスの 7 割はその日のうちに使い切られる、という実態が見えました
- ストアのスクリーンショットは、プロダクトの価値が伝わる案から AI に考えさせ、大きく改善しました
- このチャレンジの計画自体も、AI との対話で決めた内容をファイルに書き出し、終わったらチェックを付けて管理しています


データ分析は、これまで大企業やベンチャーで専任の担当者がやっていた仕事です。スクリーンショットは、本来ならプロのデザイナーの仕事です。ひとりの個人が、プロダクトマネージャー、エンジニア、デザイナー、マーケターの役割を、それぞれプロに近い水準で AI と一緒にこなせるようになってきました。


ただ、振り返ると、一番大きく変わったのは「できる職能が増えた」ことではありません。市場の数字を見る、ユーザーのレビューを読み直す、自分の体験を理論で捉え直す、製品の存在理由を疑う、そして何を作るかを決める。これらはどれも、以前は機能を作るだけで手一杯で、手が回らなかった仕事です。それが、AI と一緒に、1 人で、しかも 3 ヶ月の中で回せた。職能が 1 つずつ増えたというより、それらをつなげて、製品の方向を自分で決めて動かせる範囲が広がった。これが、3 ヶ月でいちばん大きな変化
でした。
今の仕事の風景。コードを書く時間が、考える時間に変わった
これから
ThinkSpace は、ピボットした方向に沿って機能を作っていきます。他のサービスや AI との連携は広げますが、AI の役割は変えません。人間の理解を中心に置き、AI はそれを支援する。その線は守ったまま、支援を厚くしていきます。


3 ヶ月チャレンジは、ThinkSpace に閉じたものではありません。変わったのはプロダクトより開発者の側で、その変化はどの領域にも持ち込めます。次は別の方面でも、1 人 + AI でどこまでいけるかを試すつもりです。
プロフィール
榎田直哉 (えのきだ なおや)
NextBuild合同会社代表 / ThinkSpace 開発者 (個人開発から法人へ移管手続き中)
2015 年に無限サイズノートアプリ MapNote、2018 年に ThinkSpace を個人でリリース。シリーズ累計 100 万ダウンロード (2026 年 7 月時点)。大企業への生成 AI 導入にもエンジニアとして携わる。
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