「AIを導入することが目的になってはいけない。AIもDXも、会社やお客様を良くするための道具にすぎないんです」
そう語るのは、補整下着ブランド「HEAVEN Japan」を展開する株式会社HEAVEN Japan代表取締役CEO、松田崇。
約10年間のトラック運転手生活を経て、2003年、大阪府河内長野市で下着販売事業を創業した。
業界経験も、潤沢な資金もない。
そんなところから始まった会社は、EC、商品開発、試着体感サロン、海外展開、POP-UP、DX、AIへと事業を広げてきた。
そして現在、松田が取り組んでいるのは、下着事業とはまったく異なる第二の事業だ。
その名は「つなデジ」。
HEAVEN Japan自身が20年以上の事業運営の中で培ってきた、Shopify、CRM、業務管理システム、AIなどを活用したDX・AXの仕組みを、他社へ提供する事業である。
しかし、松田は自らを「AI企業の経営者」とは考えていない。
むしろ、その逆だ。
HEAVEN Japanが社内にDX本部を設置したのは2020年。
2021年には、DX・D2Cオムニチャネル構築などを含め約2.5億円規模の投資を表明した。
さらに大阪公立大学(旧:大阪府立大学)佐賀 亮介 教授と共同で、顧客の体型や悩みなどから適した商品・サイズを提案する「AIするブラ診断」を開発。
生成AIが社会的ブームになる以前から、顧客データとAIを事業に取り入れていた。
だが、その目的は一貫している。
「AIを使いたかったわけではありません。お客様にもっと自分に合う下着を見つけてもらうにはどうすればいいのか。社員の仕事をもっと良くするにはどうすればいいのか。その答えを探していたら、必要な道具の一つがAIだっただけです」
この「目的と手段を逆転させない」という考え方は、現在のHEAVEN Japanの経営にも貫かれている。
「下着を売る」から、「適正下着を届ける」へ
現在、HEAVEN Japanがブランドの中心に据えているのが「適正下着®」という考え方だ。
年齢、体型、体質の変化、ライフスタイル。
一人ひとり異なる身体に対して、身体を下着に合わせるのではなく、「その人に下着を合わせる」。
その根底にあるミッションは、
「下着やカラダのことで悩んだり諦めたりする全ての女性をなくす」
こと。
だから、商品だけを作れば終わりではない。
EC、サロン、フィッター、CRM、オンライン診断、POP UP、データ、AI。
すべては、この目的を実現するための手段として位置づけられている。
転機になったのが、自社DXの外部発信だった。
HEAVEN JapanはShopifyを活用し、ECだけではなくCRM、マーケティングオートメーション、顧客データ活用、業務管理などへ用途を広げていった。
Shopify Japanが紹介した事例では、Shopify導入後、販管費45%削減、ランニングコスト55%削減、限界利益が2023年→2025年で184%という成果も生まれた。
こうした自社事例をセミナーなどで公開すると、参加企業から意外な反応が返ってきた。
「その仕組みを、うちにも入れてほしい」
Shopifyだけではなかった。
HEAVEN Japanが社内で使っている業務管理システムについて話せば、「それも使いたい」。
AIの活用方法を紹介すれば、「それも導入してほしい」。
こうして、自社の経営課題を解決するために作ってきた仕組みそのものが商品になった。
松田はこれを「実演販売」と表現する。
「コンサルタントとして理論を説明しているわけではないんです。自分たちが実際に使って、失敗して、改善して、今使っているものを見せている。だから“実演販売”なんです」
530万円だった事業が、翌年度7,000万円〜1億円へ
「つなデジ」の2025年度(2026年3月期)の単体売上高は約530万円。
しかし2026年度はすでに約5,000万円の契約を獲得しており、年間売上高は7,000万円〜1億円を見込む。
単純比較すれば、わずか1年で約13〜19倍の規模になる。
現在はShopify支援だけではない。
DXコンサルティング、CRM、業務管理システム、そして業務システム自体にAIを組み込むAX(AI Transformation)まで支援領域が広がっている。
JPH株式会社や株式会社好日山荘へのDX・AX支援をはじめ、ライフスタイルを提案する企業やアパレル業界など、多岐にわたる業種へ支援が広がっている。株式会社好日山荘では、新たなシステムを導入せず、人員が減るなかでも、現場の意識を変える取り組みによって売上が200〜300%に伸長するなど、具体的な成果にもつながっている。
BtoCの下着会社で培った仕組みが、小売業を越え、BtoB製造業へ広がり始めている。
「自分たちが困ったこと」は、他社も困っている
なぜ、下着会社からDX・AX事業が生まれたのか。
松田の答えはシンプルだ。
「会社を経営していれば、在庫、人材、顧客管理、業務効率、情報共有、教育など、いろんな問題が出てきます。自分たちが困っていることは、業界が違っても他の会社も結構困っているんです」
そこでHEAVEN Japanが先に試す。
課題を見つける。
仕組みを作る。
社員が使う。
改善する。
成果を確認する。
そして、うまくいったものを外部へ提供する。
つまりHEAVEN Japanそのものが、つなデジにとって巨大な実証実験の場になっている。
「下着会社」から、ノウハウを価値に変える会社へ
松田が目指しているのは、HEAVEN JapanをIT企業に変えることではない。
下着事業の中心には、これからも「適正下着」がある。
一方で、20年以上の経営で蓄積してきたノウハウ、データ、システム、人材、失敗と改善の経験もまた、会社の重要な資産だと考える。
商品を売る。
サービスを提供する。
そして、自分たちが培った「仕組み」そのものも価値に変える。
松田は今、HEAVEN Japanをその三つが循環する会社へ変えようとしている。
「AIもShopifyもDXも目的ではありません。会社が良くなる、お客様が喜ぶ、社員が本来やるべき仕事に時間を使える。そのために必要なら使う。それだけです」
元トラック運転手が始めた小さな下着店から23年。
HEAVEN Japanはいま、「下着会社」というカテゴリーだけでは説明しきれない会社へ変わり始めている。
そして、その変化の中心にあるのは最新テクノロジーではない。
20年以上変わらない、
「目の前の課題を解決し、もっと良くする」
という、極めて実業的な経営思想なのである。