「咽頭がんです」
トシヒロ氏がそう告げられたのは2021年、コロナ禍のさなかだった。20年以上かけて育てた葬儀会社が、M&Aによる上場という形で一区切りを迎え、退任の挨拶に行った翌週のことである。2ヶ月半の入院で抗がん剤と放射線の治療を受け、退院後は外出もままならない。部屋で見続けたのは、不動産投資のYouTube動画だった。多い日は1日10時間近くになったという。
55歳、知識はゼロ。そこから学び、人と会い、融資を引き続け、3年で総投資額は9億円に達した。その歩みを綴ったのが『癌から9億』(2026年10月8日刊行)である。
本が完成したいま、著者は「制作期間は1年でも足りなかった」と言う。コアな部分は伝えられた。伝えられたからこそ、欲が出てきた、と。刊行を前に、本に書ききれなかったことを2日にわたって聞いた。
聞き手は、本書を刊行した株式会社ブックダム代表・菊池奈起。
◆「ゼロスタートが羨ましいですよ」
――形になった本書で、読者に一番読み取ってほしいところはどこですか。
この本のメインテーマである、「どこからでも再起できる」というところです。
今こうやって俯瞰で見れば、どこからでも再起できると思えるんです。でも、その時の当事者は「もう俺はダメだ」と思っちゃうんですよ。病気じゃなくても、人生にはいろんな不遇があります。会社をクビになったとか。でも、死ぬことを考えなくてもいいわけじゃないですか。それだけでも恵まれているんだよ、と言いたいんです。
僕はがんになって、マイナススタートです。だから、ゼロスタートが羨ましいですよ。本に「第3の儲け」(ローン返済で積み上がる内部蓄積)と書きましたけど、不動産投資は長い時間をかけたほうが有利なんです。つまり、若い人の方が有利。それを55歳から始めた。それでも、ここまでできたんですよ。
自分は不幸だ、恵まれていないと思っている人には、感傷に浸らないでほしい。そこからでも、いくらだって再起できるんですから。
◆告知の日、「ですよね」と答えた
――本書の「はじめに」において、ご自身の話は「咽頭がんです」という一言から始まります。告知を受けた日の夜、何を考えていましたか。
最初って、ショックとか恐怖より先に、まず事実を飲み込めないんですよね。家に帰って、あとからじわじわ恐怖が来るものなんだと思います。
ただ僕の場合、その前に喉のしこりのことをネットで調べまくっていたんです。何を調べても咽頭がんしか出てこない。だから病院で「咽頭がんです」と言われて、先生に「大丈夫ですか」と声をかけられた時、僕が返した一言は「ですよね」でした。自分が調べたことは間違っていなかった。逆に言えば、がんじゃなかったら、そっちのほうが怖いぐらいでした。
不思議と、恐怖は襲ってこなかったんです。言葉では説明できないんですけど、「これで死ぬことはない」と瞬間的に思った。スピリチュアルな話じゃないですよ。葬儀の仕事って、1週間依頼が入らないこともある。営業努力ではどうにもならない世界なので、流れを読む勘のようなものが鍛えられていたのかもしれません。
怖かったのは、むしろ告知の前です。子どもの頃、お化け屋敷に入る前に怖い話をされると、頭の中でどんどん膨らむじゃないですか。でも入ってみたら「こんなもんか」となる。それに近いですね。考えて、考えて、それでも定まらない時が一番不安なんです。がんかもしれない、がんじゃないかもしれない、じゃあ何なんだ、と。
がんだと確定した時に、たぶん輪郭ができたんですよね。だから次は、ステージはいくつなんだ、どんな治療をするんだ、と具体的なところに突っ込んでいけた。ステージは1と2の境目でした。当時はまだ今のような生成AIもなかったので、検索しまくりました。同じ咽頭がんになった人のブログを探して読んで、頭の中でシミュレーションして。
本にも書きましたけど、これがそのまま不動産投資につながっていくんです。勉強すればするほど怖さがなくなって、リスクに変わっていく。リスクに変われば、解決策を考えることができる。
『癌から9億』序章より
――恐怖を感じるより先に、具体的に動こうとする思考回路なんですね。
サラリーマンから商売人になって、事業家になると、毎日が小さな決断の積み重ねなんです。決断するには材料がいる。だから、不安をリスクに変える作業が癖になっているんでしょうね。
2026年9月に、日銀が政策金利を1.0%から1.25%に上げましたよね。僕も借り入れは変動金利なので、直撃されるわけです。テレビやYouTubeでは大騒ぎしていましたけど、僕がすぐにやったのは、自分の借り入れでいくら上がるのかを計算することでした。月の手残りが約54万円あって、0.25%上がって、月に増える返済額は3万4000円。痛いのは痛い。でも、この世の終わりみたいに大騒ぎすることないじゃん、と。輪郭のない漠然とした不安を、具体的なリスクに変換したんです。そうすると、妙に落ち着く。
「頑張ります」じゃなく「いつまでにいくら」と、数字で話せ。会社でもずっとそう言ってきました。本にも書きましたけど、大衆バイアスに流されてほしくないんです。
◆1億7000万円。物件ではなく、人に賭けた
――最初の1棟、1億7000万円の新築アパートを購入した経緯が、本書に詳しく書かれています。その裏で、何に賭けていたのですか。
たぶん、がんの告知の時よりこっちのほうがビビりました。告知の時は頭が手順を先に考えていたけど、こっちはいきなりの話でしたから。
当時は勉強して分かった気になって、「なんで自分はやってないんだろう」という状態でした。でも、銀行に物件を持ち込んでも、担当者に止められてばかり。「これから2棟、3棟と増やしていくつもりですよね?」「それなら、今ここで変な物件を買うべきではありません」と。融資すれば自分の実績になるのに、そこまで言ってくれる担当者はなかなかいないと思います。
それでも、実績が欲しくて我慢できなかった。名古屋で新築の区分ワンルームマンションを買ってしまったんです。あとで分かる大失敗です。1棟目は、相変わらず買えないままでした。
そんな時、ある大家の会の懇親会で、たまたま隣の席になったのが、不動産会社の社長Y氏でした。まだコロナ禍で席の配置が変則的になっていて、僕らのところだけ離れ小島みたいなテーブルになっていた。話してみたら、メインバンクの支店も担当者も同じだったんです。
別れ際、社交辞令のつもりで「何か良い物件があったら紹介してくださいね」と言ったら、数日後、お礼のメールと一緒に物件資料が届いて。開いたら、新築アパート1億7000万円。それまで5000万、6000万円ぐらいの物件ばかり見てきたので、「いや、それはないでしょ」と思いました。
でも、自分の目を鍛えたくて、ダメ元でその共通の担当者にメールで送ったんです。10分も経たないうちに電話がかかってきました。「トシヒロさん、これ買うんですか」「このエリア、いま土地値が上がっているので融資しますよ」と。こっちは何も考えていなかった。でも、あれだけダメ出ししていた担当者の豹変ぶりを見て、「買うつもりです」と答えてしまった。「すぐに稟議を通します」と即答でした。
電話を切って、ハッとしました。やばい、やばい、どうしよう、と。もう一回電話して「いや、やっぱり」と言うのもかっこ悪い。そこから3日ぐらい悩みましたね。担当者が前のめりになったとはいえ、借りるのは俺やん、1億7000万、と。「とにかく1棟目で失敗したら、不動産投資はやめてしまうよ」と、先輩大家にも言われていましたから。
それでも最後に思ったのは、こういうことです。僕はそれまでビジネスをやってきて、葬儀屋を継いで上場まで伸ばした。ガールズバーもやったし、ITの会社もやった。ありがたいことに、ビジネスではほとんど失敗してこなかった。物件を見る目は、その時はなかったんです。でも、人を見る目はあった。
銀行の担当者とY氏を信じようと思った時、迷いは消えました。ダメだったらもういい、そのリスクは被ろうと。この人たちがいいと言ってダメだったら、今の自分にはこれ以上やりようがないですから。最初は、人に賭けました。結果として、金利が上がってもキャッシュフローが取れる融資を引けましたし、購入した物件はだいたい値上がりしています。本当にいいものを回してもらったと思います。
◆ギブしてもいいと思える人がいることが、ありがたい
――本書では、4つのステップの一つに「人と会う」を挙げています。人を見極める基準は、言葉にできるものですか。
全部を網羅できる定義はないんです。ただ、距離を置こうと決めている相手ははっきりしています。テイカーです。人の情報は聞きたがるのに、自分の情報は出したがらない。持っていくだけの人。
それから、仕事ができるかどうかでは判断しません。見るのは、ロイヤルティがあるかどうか。たとえば能力が120%の人を雇っても、ノウハウを覚えて半年で独立したら、僕に提供してくれるのは良くて60%です。最初は教える期間だから、実際は40%ぐらいでしょう。でも、能力が70%でも、10年いてくれたら700%になる。仲間内で「AとB、2人とも辞めると言ったら、どっちを引き止める」と聞かれたことがあるんです。Aはめちゃくちゃ仕事ができる。Bは仕事はそこそこだけど、長く一緒にやってくれる。僕は即答でBでした。
――本書の「GIVE×100、TAKEは1という考え方」の項では、「この人に、何かしてあげたい」と思われる人間になることが、人生においても最強の戦略だと書かれています。トシヒロさんにとって、与えるとはどういうことですか。
大前提として、見返りは求めません。無償でいいんです。とはいえ、僕もただのお人好しではありません。それだけだったら、会社も潰していたと思います。だから厳密に言えば、見返りは求める。ただし、目先の見返りじゃない。目先の100万円より、遠い1億円です。あちこちで与えていたら、いつか巡り巡って、もっと大きく返ってくるだろう、というぐらいの気持ちです。
そのうえで一番大事なのは、与えていて楽しいかどうかです。本に書いたM医師なんてまさにそうで、彼は義理堅いタイプじゃない。それでも付き合うのは、一緒にいて面白いから。ギブしてもいいと思える人間がいること自体が、ありがたいんです。
見返りを求めずに与え続けた人のところに、最後に利益が来る。僕は、それが上場だったと思っています。個人商店を継いで上場なんて、その時に思えるわけがない。それができたのは、思い当たる節があるとすれば、ギバーだったからかな、と。いろんな人の思いが集まって、そういう流れを作ってくれたんだと思います。
◆人間が変わったのは、ヘルニアの時だった
――そうした考え方は、もともとお持ちだったのですか。がんを経て得たものも大きかったのでは。
いや、ないですよ。最初からあったら、たぶん1000億ぐらいの企業になってます。
それに、実はがんで得たものではないんです。人間が一番変わったのは、ヘルニアになった時です。
20代、大手自動車メーカーにいた頃に椎間板ヘルニアを発症して、4年間耐えました。24時間、365日の地獄です。痛みを抱えていると、人に優しくできない。上司とも対立するし、当時の妻とも結局、離婚しました。自分から孤独になっていったんですよね。
最後は全部リセットしようと思って、いずれ継ぐつもりで、関西で親戚がやっていた葬儀屋に移りました。ところが半年ほどでヘルニアが破裂して、手術です。
手術が終わって、なんとか歩けるようになった頃です。隣のベッドに同年代の男性がいて仲良くなったんですけど、彼のところには毎日彼女が見舞いに来る。僕のところには誰も来ない。当時は関西に来たばかりで、知り合いもいませんから。仕事も変わったばかりで、個人商店だから保証もない。残ったのは、使えない体だけでした。ヘルニアの痛みが一番つらいと思っていたけど、それ以上に、孤独ってこんなにつらいんだと思い知らされました。
そんな時に一人だけ、東京の友人が見舞いに来てくれたんです。彼女と旅行に来たついでに寄ってくれた。正直、そんなに仲良しというほどじゃなかったんですよ。
でも、彼が帰ったあと、本当に涙が出て、うれしかった。人のありがたさが、骨身に染みたんです。そこから、ギブ・アンド・テイクじゃなくて、ギブ100にテイク1になった。一番変わったのは、そこですね。
――がんになった時には、会社を売却した際に得たお金もありました。守りに入らず、一歩前に出たのはなぜですか。
それも根っこは、ヘルニアの時なんです。あの時から、お金が一番じゃなくなった。がんになった時、お金はありました。でも、本に書いた通り、もっと楽しいことがしたかった。お金は大切ですが、お金が一番とは思っていなくて。一番は本当に好きな人と、楽しいことにフォーカスしたい、と。一周回って、たぶんそれが人間の真実だと思うんです。葬儀屋をやっていましたから。お金は、あの世まで持っていけないんですよ。
◆病に感謝はしている。でも、二度と嫌だ
――ヘルニアとがん、2つの大病を経た今でも、恐怖を感じることはありますか。
ありますよ。一回がんになったので、がんの恐怖はあります。
大病って、皆さん「こういうものだろう」というイメージがあると思うんです。病気の辛さって人間の想像をはるかに超えてきます。ヘルニアのおかげと、がんのおかげで、こういう人生になりました。病には感謝しています。でも、二度と嫌です。もう一回なったらもっと上に行けますよと言われても、絶対嫌。
がん治療のための入院を経て、免疫が下がっていた頃のトシヒロ氏。
コロナ禍で、感染の恐怖に耐えながら日々を過ごした
病を知ったからこそ、病が一番怖いんです。だからその境地に達してからは、本にも書いた通り、死ぬこと以外はかすり傷なんですよ。
もう一つあって。とあるお医者さんの本を読んで知ったのですが、亡くなる人の中には、最後に後悔を口にする人も多いそうです。あの時やっておけばよかった、こうしておけばよかった、と。
失敗した人は、二度と思い出したくないから、失敗したことは「もう言わんといて」となる。だから、失敗は残らない。後悔は死ぬまで残る。それを聞いて、後悔だけはしたくないと思いました。だったら、失敗しておこうと。失敗は思い出したくないから、全部忘れますから。
◆逃げてもいい。でも、逃げ癖をつけたらだめ
――現状維持でいいと考える若い人も多いと言われます。そうした人に伝えたいことはありますか。
若いうちは、自分の気持ちを押し殺してでも苦労したほうがいい。若い時から苦労を避けていると、だいたい40歳を過ぎてから残念な人生になっちゃうんです。苦労を避ける人生に慣れてしまうから。
逃げるのはいいんです。心が限界の時は、逃げていい。でも、逃げ癖をつけたらだめ。一番怖いのは、それが癖になることです。
――逃げ癖をつけないための心構えはありますか。
簡単です。AとB、2つの選択肢があって、Aは楽、Bは難しい。だったら難しいほうを選ぶ。40歳ぐらいまでは、難しいほうを選んだほうがいい。実は、そっちのほうが近道なんです。楽に見えるほうが、すごい遠回りになる。
――最後に伺います。後悔を残さないために、この記事を読んでくださっている方にアドバイスはありますか。
明確な答えがあります。ぜひ『癌から9億』を読んでください(笑)。
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(編集後記)
『癌から9億』は、不動産投資をテーマにしている本だ。融資の引き方も、物件の選び方も、「第3の儲け」と呼ぶ内部蓄積の仕組みも、著者自身の数字とともに具体的に書かれている。
同時に本書は、椎間板ヘルニア、葬祭業での絶望、そしてがんと、何度も追い込まれながら、そのたびに一歩を踏み出してきた一人の人間の記録でもある。今回語られた病室の話も、3日間の迷いも、その記録の裏側にあったものだ。
本書の終章には、こんなタイトルがついている。
「どん底だった私にもできた。絶対あなたにもできる」。
「もう遅い」と立ち止まっている人に。今いる場所から、もう一度歩き出したいと願うすべての人に。本書を届けたい。
『癌から9億』
著者:トシヒロ / 出版社:ブックダム
定価:1,760円(税込) / 発売日:2026年10月8日
単行本 / 四六判 / 198ページ
ISBN:978-4-911160-16-9
書籍の詳細情報:https://bookdam.co.jp/works/29/