「もう何年も切っていない」高齢者が、今もいる。年間約1万1千件の施術を手がける広島の出張理美容が向き合う、介護の"盲点"

2026.10.05 16:54
髪は、どれだけ歳を重ねても伸び続けます。しかし、車椅子や寝たきりになり、美容室に通えなくなった人の髪を、誰がどのように整えているのか。そのことを考えたことがある人は、多くないかもしれません。


実際の訪問現場では、「1年以上切っていない」「何年も伸ばしたまま、結んでいるだけ」という高齢者に今も出会います。訪問入浴や訪問歯科が普及する一方で、髪のケアは介護の現場で後回しにされがちな「盲点」となっています。


広島を拠点に、高齢者施設や病院、自宅へ理容師・美容師が出向く「出張理美容」を続けて26年。株式会社ベラミステーションの施術件数は、2025年には年間約1万1千件にのぼりました。


ベッドから動けない方、呼吸器をつけている方、そして看取りの時期を迎えた方。今回は、一人ひとり状態の違う現場ではさみを握り続ける出張理美容師・中野生子さんに、その仕事の裏側と、髪を整えることが人に取り戻す「生きる意欲」について聞きました。
髪は、介護の「盲点」かもしれない
介護が必要になると、入浴や食事、通院といった生活の支えが優先されます。近年は訪問入浴や訪問歯科など、自宅や施設で受けられるサービスも広がってきました。一方で、髪のケアは二番目、三番目になりがちです。


ベラミステーションには、ケアマネジャーやヘルパー、ご家族から「長い間切れていない」という相談が今も多く寄せられます。髪が長いままだと洗うのも乾かすのも大変になり、衛生面の負担も大きくなります。訪問の現場では、「来てもらえるなんて知らなかった」という声を今もよく耳にします。
車椅子で坂道を上る姿から始まった、26年の出張理美容
ベラミステーションの原点は、約45年前に創業者が始めた一軒の床屋です。准看護師として医療の知識を持っていた妻も、結婚を機に美容師の道へ進み、夫婦で店を営んできました。


転機は2000年。介護保険制度が始まり、出張での理美容に取り組みやすい環境が整いつつありました。そんなとき創業者は、車椅子を押しながら坂道を上っていく人の姿を目にします。髪は伸び続けるのに、店に通うだけでこれほどの負担がかかる。「それなら、こちらから出向けばいい」。その発想から、出張理美容の事業が始まりました。
寝たままでもカットからカラー、パーマまで。現場を支える「安全」と「スピード」
訪問先の利用者の状態はさまざまです。椅子に座れる方もいれば、体に麻痺があり、ベッドの上から一歩も動けない方もいます。


ベラミステーションでは、体に負担をかけないよう、ベッドの上でのカットはもちろん、寝たままでのカラーやパーマにも対応しています。特に呼吸器や気管切開をされている方への施術では、ベッドの角度ひとつで体調が変化するため、一番楽な姿勢のまま負担をかけずに素早く仕上げる技術と安全管理が求められます。


1人あたり10分〜15分という素早さと安全性を両立させた技術は、取引先の施設からも「業者を変えてから施術のスピードと質が大きく上がった」と高い評価を得ています。
なぜ今、現場の声を届けるのか
超高齢化社会が進むなかで、出張理美容を必要とする人はこれからさらに増えていきます。それでも、このサービスの存在は、まだ十分に知られているとはいえません。


ベッドの上でどのように髪を切るのか。呼吸器をつけた方にどう向き合うのか。髪を整えたあと、利用者や家族にどんな変化が起きるのか。


今回話を聞いたのは、出張理美容師として9年目を迎えた中野生子さんです。20年のブランクを経て現場に復帰した中野さんの歩みは、介護をするご家族や施設関係者だけでなく、資格を持ちながら現場を離れている美容師にとっても、一つの希望となるはずです。
出張理美容師・中野生子さんインタビュー
20年のブランクを経て、訪問美容の世界へ
――美容師になった経緯と、出張理美容を選んだ理由を教えてください。


最初に勤めたのは、服や雑貨の販売と一緒に美容室も併設しているお店でした。アシスタントとしてシャンプーやパーマのお手伝いをする中で「資格を取ったほうがいい」と勧められ、働きながら通信課程で美容師免許を取ったんです。
その後、結婚を機に仕事を辞め、子育てをしながら20年ほど美容の世界から離れていました。子どもが独立して自分の時間ができたとき、「せっかく取った美容師の資格を生かしたいな」と思って。ただ、20年のブランクがあると、今の若い人の流行りの髪型をサロンで提供できるか不安だったんです。
そんなとき、ネットでベラミステーションの求人を見つけました。そこで初めて訪問理美容という仕事を知り、「これなら資格を生かせるし、これからの社会でずっと必要とされるはず」と直感して飛び込みました。
「1人10〜15分」。サロンとはまったく違う現場のリアル
――サロンの仕事と一番違うのは、どんなところですか。


サロンでは会話を楽しみながら希望を聞いてスタイルを作りますが、訪問先では認知症や疾患により意思の疎通が難しい方も多くいらっしゃいます。そういうときは、普段のご様子やご家族の意向を知っている施設職員さんや看護師さんに「短めが喜ばれますか?」などとご意見を伺いながら進めます。


また、時間感覚も大きく異なります。サロンでは1〜2時間かけますが、訪問現場では利用者さまに負担をかけないよう、1人10分から15分が目安です。バリカンもサロン時代はあまり使いませんでしたが、先輩の施術を見て素早くきれいに仕上げる技術を身につけました。


「利用者さんに負担をかけず、早く、きれいに」。それが訪問美容で一番大切にしていることです。


――一番神経を使うのは、どんな現場ですか。


気管切開をされている方や、呼吸器をつけている方の施術です。ベッドの角度が少し変わるだけで、呼吸が苦しくなったり、咳き込まれたりすることがあります。今寝ている角度が、その方にとって一番楽な姿勢なんです。だから体勢を無理に変えず、そのままの状態で素早く切ります。


髪を切ってもらっているのに苦しくなったら、嫌じゃないですか。「安楽に過ごしていただくこと」を、いつも一番に考えています。


また、在宅訪問では現場に行って初めて施術スペースや体調がわかることも多いため、着いたらすぐにベッド上で行うか洗面台まで歩けるかを見極め、会話をしながらシートを敷いて準備を進める柔軟性と体力も求められます。
「人に会いたくなった」。髪が取り戻す毎日の意欲
――髪を切ったあと、利用者さんにはどんな変化がありますか。


「どこかに出かけたくなった」「人に会いたくなってきた」という言葉を本当によく聞きます。「早く娘に見てもらいたい」とおっしゃる方もいて、女性の方は特に、昔美容室に通っていた頃のこだわりを大切にされています。


施設や病院では、どうしても代わり映えのしない毎日になりがちです。髪を整えることで気分が上がり、「会いたい」「出かけたい」という前向きな意欲が生まれる。まさに生活の質(QOL)の向上につながっていると実感します。きれいになった自分を見てほしいという気持ちは、いくつになっても変わらないんですよね。


――これまでで、特に心に残っている出来事を教えてください。


入社して3年目くらいのとき、施設で看取りの時期を迎えた方の施術を頼まれました。目も開いていない状態でしたが、「髪を切りますね」と声をかけると、「うん」と小さく応えてくださったように感じました。負担のないよう最小限にベッドを起こし、きれいに整えて施術を終えました。


すると終わったあと、職員さんが「先生、微笑んでいらっしゃるようなお顔をされていますね」とおっしゃったんです。人は最期まで耳が聞こえていると言われます。「きれいになったね」という周囲の声や整った感覚が、届いていたのかもしれません。


お化粧は納棺の際などに整えられても、髪を切ることはご家族でもなかなかできません。それを私たちがケアしてあげられる。「整えて、見送ってあげられるんだ」と深く感動しました。


その後も「あのときが最後でした。ありがとうございました」と報告をいただくことがあり、誰にでもできるわけではない、本当に尊い仕事だと感じています。
サロンだけが、美容師の仕事じゃない
――この仕事のやりがいと、伝えたいことを教えてください。


出張理美容の現場には、同じ場面がひとつもありません。体調や気分によっては散髪を拒否されることもあります。それでも寄り添い、きれいになって「来てくれてありがとうね」と言っていただけたときの嬉しさは格別です。「ありがとう」をこれほどダイレクトにいただける仕事は、なかなかないと思います。


美容室に行くのは大変だけど、きれいにしておきたい。そう思っている方はたくさんいます。「髪を切りたい」と思ったときにすぐ手が届くよう、ご家族やケアマネジャー、施設の方にこのサービスの存在を知っていただきたいです。


そして、全国の美容師さんにも伝えたいですね。サロンで働くことだけが美容師ではありません。自ら出向いて、髪を通して人を笑顔にし、人生の節目に寄り添う働き方もあるということを知ってもらえたら嬉しいです。
会社概要
社名:株式会社ベラミステーション
代表者:代表取締役社長 小川 貴臣
所在地:広島市中区鶴見町7-5 黒瀬ビル1F
事業内容:高齢者施設・病院・在宅向け出張理美容サービス
URL:https://bel-ami.co.jp/

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