唐の体制を模しつつ中身は独自?天武天皇が手掛けた「日本」の国体と律令国家の礎

2026.08.23 09:30
天武天皇が伊勢神宮を東国経営の拠点とし『古事記』『日本書紀』を纏めた理由天武天皇は巨星天智天皇が病に倒れた時、自ら野に下り、挙兵して勝利した実力者であり、思う存分に辣腕(らつわん)を振るいました。その際、国威発揚のため、新しい国づくりに着手する一方、大唐国には恭順の姿勢を示す必要上、似たような体制にする必要がありました。もちろん、形は似せても中身は違う、独自の国造りを目指したのです。第一は公地公民…

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