安楽死を望む女性と親友の最期の数日間『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

2025.01.27 11:57
慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』/ 1月31日公開
スペインが世界に誇る巨匠ペドロ・アルモドバル監督の最新作は、安楽死をテーマにした初の全編英語作品です。舞台はアメリカ。2021年6月からスペインで安楽死が合法化されたことが、舞台設定に影響したのかは分かりませんが、強烈な色彩美とユーモアあふれる作風は健在です。アルモドバル作品で象徴的に描かれる“赤”は、本作では生と死の境界線として登場し、観る者の目に焼きつきます。また、同性愛を含むセックスや親子の葛藤など、アルモドバル印のエピソードも満載です。
猥雑(わいざつ)な喧騒の中に生命力がみなぎるような初期作品から、テーマと表現の幅を広げ、進化を続けてきた監督は、75歳を越えて“死”というシンプルでありながら深遠なテーマと真摯に向き合いました。結果として、ここまで格調高く、琴線に触れる傑作を完成させたことに驚かされます。
元戦場記者で末期ガン療養中のマーサ(ティルダ・スウィントン)の病室を、小説家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)が訪ねます。若い頃、同じ雑誌社で働き親友同士だった二人は、長い間会わなかった時間を埋めるように語らい、ゆっくりとした日々を過ごします。
そんなある日、違法でも安楽死を望むマーサは、“その日”が来る時、隣の部屋にいてほしいとイングリッドに頼みます。彼女は迷った末にその願いを受け入れ、マーサは深い森に佇む瀟洒(しょうしゃ)な家を借ります。そして“その日”が来るまでの、二人の数日間が始まります。
本作では、人生の終末にまつわるエピソードが多く語られます。イングリッドは、死への恐怖を基にした小説を刊行したばかりです。一方、マーサは戦地で多くの命の喪失と向き合い、自身が危険にさらされる状況も受け入れながら取材を続けてきました。また、戦地における死とセックスの関係についても考えています。さらに、若い頃の恋人がベトナム帰還兵として数奇な運命をたどったことも明かされます。
死に対して異なるイメージを持つ二人が、すぐそこに迫ったマーサの死について、静かに会話を重ねながら少しずつ心を通わせていきます。そして監督は、死を絶対的な終焉ではなく、その先に広がる可能性も忍ばせます。
物語はマーサとイングリッドの会話を主軸に展開していきます。シリアスなテーマだけではなく、雑誌社時代の二人の元彼が同じ人物だったという楽しい思い出や、未来に向けたイングリッドの次回作の話もします。時には死の恐怖に取り乱すマーサをなだめ、時には言葉を必要とせず黙ってマーサに寄り添うイングリッドの姿を、カメラは淡々と映し出します。ただ話を聞くだけ、ただ一緒にいるだけで、二人の目には満ち足りた想いが浮かびます。そんな繊細な空気感までも伝える1960年生まれの2大オスカー女優の競演が、本作の最大の魅力の一つと言えるでしょう。
マーサの娘ミシェルとの関係も物語の縦軸として描かれます。戦場記者で家を空けがちだったマーサは、良い母親になれず、娘との間に深いわだかまりを残していました。イングリッドはその関係を、なんとか改善しようとします。さらに、重要な役割を果たすのが、マーサが好きなジェイムズ・ジョイスの短編小説「死者たち」と、その映画化作品『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』(87)で、作中に二度登場します。マーサの死、娘との葛藤、ジョイスの作品の一節。この三つの要素が終盤に向かってゆっくり絡み合い、詩的で崇高な境地へと昇華し、観る者の胸を強く揺さぶる鮮やかなラストシーンを迎えます。
最後に、アルモドバル作品と言えばいつも多くのアートが引用されていて、その意味を読み解くのも楽しみの一つです。本作ではアメリカを代表する芸術家が多く取り上げられています。例えば、森の家にはエドワード・ホッパーの「太陽の下の人々」が飾られ、外のテラスには絵と同じように椅子が並べられています。また、アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」をそのまま再現したような場面もあります。さらに、治療に効果がなく絶望して病院から帰宅したマーサの部屋には、最近まで日本で大規模な個展が開かれていたルイーズ・ブルジョワ(出身はフランス)による「無題(地獄から帰ってきたところ)」が飾られています。
本作は2024年のベネチア国際映画祭で、最高賞の金獅子賞を受賞しています。

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』 https://room-next-door.jp/


圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター
映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。
Edit : Yu Sakamoto

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