秋の終わり、冬の始まりに寄りそうギター・ノイズ

2024.11.19 19:02
秋から冬へと移ろう季節、冷たくなった空気に寄りそう作品を、音楽ライターの小川智宏さんにセレクトしていただきました。
個人的に、秋はシューゲイザーの季節である。朝起きるのが少しだけ億劫になったり、アイスコーヒーよりもあたたかいカフェラテが飲みたくなったり、柄にもなく散歩でもしようかなんて気分になったり。そんな心境の変化に季節を感じ、クローゼットからいそいそとセーターやスウェットを取り出して、いつものTシャツの上に着るとき、頭の中に流れているのは真っ白なギター・ノイズだ。
「シューゲイザー」は1990年代に盛り上がったロック・ミュージックの1ジャンルのことだ。メロディーを覆い隠すほどの音量で鳴り響くギターに、スウィートなサウンドと控えめにささやくようなヴォーカルが特徴。「シューゲイザー」とは「靴を見つめる人」を意味し、足元のギターのエフェクター・ボードを見つめながら演奏する様子から生まれた言葉らしい。このジャンルに属するバンドの繊細で内省的な雰囲気も、この言葉によくマッチしていたのだろう。RIDE『NOWHERE』(1990)
90年代のイギリスからは数多くのシューゲイザー・バンドが登場した。特に僕が好きなのはRIDEだ。1988年にマーク・ガードナーとアンディ・ベルのふたりを中心にオックスフォードで結成され、すぐさま名門インディーズ・レーベルのクリエイション・レコーズと契約、1990年にデビューを果たした。轟音のギターが織りなすサウンドとヴォーカルによる美しいハーモニーという、相反する要素を融合させたその音は瞬く間に話題を集めていくこととなる。そして1990年10月、まさに秋真っ只中にリリースしたのが、ファーストアルバム『Nowhere』だった。ギター・サウンドの迫力もさることながら、メロディーも格段にブラッシュアップされたこのアルバムで、彼らの成功は約束されたといっていい。
シューゲイザーにとってノイジーなギターは必須だが、RIDEの場合はビートルズ譲りのポップさや繊細さも兼ね備えていて、ただ轟音でぶちのめされるという体験とは何かが違っていた。モノトーンのサウンドの下がカラフルな感情で埋め尽くされているような、そしてその感情をひとつひとつ掘り当てていくような感覚を覚えながら、僕はこのアルバムを聴いていた。その感覚は今アルバムを引っ張り出して聴いていても変わることはない。静かな海を映し出したアイコニックなアルバム・ジャケット、その絶妙な青のグラデーションは、この音楽が讃えているさまざまな色を示唆しているように思える。
サイケデリックな「Seagull」から始まり、ノスタルジックな「In a Different Place」に壮大な「Dreams Burn Down」、夜明けの光が世界に満ちていくような最後の「Today」まで、さまざまな楽曲が描き出す感情は、少しずつ寒さを増していく秋の心にスッと入り込んでくる。パワフルなロックや切ないバラードもいいが、季節の移ろいに揺れる今の心情は、このノイズまみれの音でしか表現できないのではないかと思う。
なお、4作のアルバムを残して1996年に解散したRIDEだが(その理由はメンバー内の人間関係の悪化だった)、2014年にまさかの再結成。来年2025年は『Nowhere』発表から35年の節目となる。30周年のときにはアルバム再現ライブなども行った彼らだが、新たなアクションはあるのか楽しみだ。
小川智宏(おがわ・ともひろ)/音楽ライター
1983年生まれ。音楽雑誌「rockin'on」「ROCKIN'ON JAPAN」編集部を経て、現在はキュレーションサービス「antenna」(https://antenna.jp)の編集長を務める傍ら、音楽ライターとして各種雑誌・WEBメディアでアーティストへのインタビュー、レビューなどを執筆中。
Edit : Yu Sakamoto

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