スマホの画面で時刻を確認するという行動もすっかり当たり前となった現代とはいえ、それでも「時間」という言葉とともに脳裏に浮かぶイメージは、やはりチクタクと時を刻む時計の針だったりする。私たちが決して止まることも戻ることもない時間の中を生きていることを、体感としていちばんまっすぐ伝えてくれるのが、アナログ時計なのかもしれない。なかでも細かなパーツを複雑に組み合わせることで動く機械式時計は、人類が古くから抱き続けてきた「時間を理解したい、体感したい」という思いが生んだ叡智の結晶だといえるだろう。
そんな機械式時計の不思議にして緻密な構造に対峙したクリエイターたちが、それぞれの方法でその仕組みや魅力を作品に昇華、「時間」という普遍的なテーマを表現した展覧会「からくりの森 2024」が、東京・原宿「Seiko Seed」にて開催されている。展示されている作品は、アーティストの小松宏誠、エンジニアリングデザイン集団のsiro、SPLINE DESIGN HUB + siroの3組にこの展覧会を主催するセイコーウオッチのデザイナーチームを加えた計4組による全6作品。機械式時計や時間というモチーフを共有しながらも、それぞれの感性と技が注ぎ込まれた、個性的な作品が揃った。
会場に入ってまず目を引くのが、天井から吊るされ、くるくると回転している白い風車のようなもの。これはアーティスト・小松宏誠が制作した2作品のうちのひとつ、「ばねの羽根 / Feather Coils」だ。機械式時計の動力源である「動力ぜんまい」とそのもともとの形である「ばね」からインスピレーションを受けて作られた風車のようなモビールが、足元から吹き上がるわずかな風を受けて動いている。インテリアのような美しさと不規則な動きに目が釘付けになる。
小松宏誠「ばねの羽根 / Feather Coils」
その小松によるもう1作品が、会場の奥で存在感を放つ「森のリズム / The Rhythm of the Forest」だ。上からぶら下がる無数のゴム紐。その最上部には小さなモーターがあり、最先端には、木の枝や樹皮の破片、何かの実など、小松が「森のかけら」と呼ぶ物体がくくりつけられている。モーターは1分に1秒だけ回転し、高速でゴム紐を捻る。そしてその動作が止むと、ゴム紐(とその先端の「森のかけら」)は自然にその捻りを解消する方向に回転し始める。その動きはかけらによってまちまちで、高速で回転するものもあれば、ゆっくりと動くもの、回転ではなく振動するように動くものもある。そしてそのかけらたちがぶつかり合ってカランカランと音を立てる。小松はこの作品を作るにあたって機械式時計の内部にあるさまざまなパーツがそれぞれの速さで動きながら1秒や1分という時間単位を表現していく様子にインスパイアされたという。ちなみにこの「森のかけら」は岩手・雫石町にあるセイコーウオッチの製造拠点周辺の森林で採取したものだそうだ。
小松宏誠「森のリズム / The Rhythm of the Forest」
体験の設計を得意とするエンジニアリングデザイン集団・Siroが出展したのが、「時の囁き / Whispers of Time」という作品。機械式時計の機構を拡大して壁に投影する、というシンプルな作品だが、興味深いのはその投影方法。デジタルな映像データを拡大・映写するのではなく、その場にある時計を光で照らし、その光をレンズ(カメラに使われるズームレンズ)で取り込んで投影しているのだ。古くから磨き上げられてきた技術の粋が注ぎ込まれた機械式時計を、こちらも古くから使われてきたレンズと投影機の技術を使って映し出す。100%アナログの映像はきめ細かく。どこかロマンティックな雰囲気を纏っている。
Siro「時の囁き / Whispers of Time」
そのSiroがSPLINE DESIGN HUBとコラボして制作したのが、会場でもひときわ目を惹く巨大な円形の「時の足音 / Footsteps of Time」だ。円形の土台の円周部を、シルバー色のロボットの脚がぴょんぴょんと跳ね回る。ときどき大きく飛び上がったり、歩幅が狭くなったり広くなったり、まるで生きているかのように不規則な変化を繰り返しながら、脚はぐるぐると土台の上を回り続けるのだ。円形の土台は常に流れる時間の普遍性を、そしてペースが絶えず変わり続けるロボット脚は私たちのような生き物を象徴している。誰にとっても一様に流れ続ける普遍的な時間と、感じ方によって長くも短くもなる体感としての時間。「時間」の異なる2つの側面を視覚的に表現したのがこの「時の足音」なのだ。
SPLINE DESIGN HUB + siro「時の足音 / Footsteps of Time」
最後に紹介するのが、おそらく誰よりも機械式時計を知るセイコーウオッチのデザイナーによる2作品。「回遊する時 / The Time of Wandering」は時計の機構を取り出し、そこに分針のかわりに1対の車輪を装着させたものを展示している。機構が動くにつれて車輪も少しずつ動く。きわめてゆっくりなその動きは、日頃規則正しく時を刻み続けている時計のあり方とはまったく違っていて、まるで生き物のようでなんだか愛らしくもある。そしてもうひとつは「時の鼓動 / Beat of Time」と題された作品。支柱に機械式時計がセットされ、それを透明や白の球体が覆っている。透明の球体は時計の「音」を聴くためのもの。歯車や針が放つカチカチという音が球体の内部で増幅され、開口部に近づけた耳に聞こえてくる。一方白い球体は機械式時計の影を映し出し、揺らぎながら時間の流れを伝えてくる。メーカーのデザイナーらしく時計そのものにフォーカスしながら、その魅力をユニークな形で引き出している作品たちだ。
セイコーウオッチ株式会社「回遊する時 / The Time of Wandering」
セイコーウオッチ株式会社「時の鼓動 / Beat of Time」
以上6作品、どれもがまったく違うアプローチだが、実際に作品を目の当たりにすると、確かにどの作品にも時間という抽象的なものが可視化されたような驚きがある。この「からくりの森 2024」を通して時間とは何かを考え、その上で機械式時計に触れてみると、ただ単に時を刻み続けているだけではない、その魅力をはっきりと感じることができるはずだ。
【開催概要】
会場:Seiko Seed(東京都渋谷区神宮前1-14-30 WITH HARAJUKU 1F)
会期:2024年10月11日(金)~12月8日(日)11:00~20:00
※水曜のみ14:00~20:00
※入場は19:45 まで 会期中無休