この記事をまとめると
■「グランカブリオ」はマセラティのプレミアムGT「グラントゥーリズモ」のオープン版
■モデルチェンジしたばかりのグランカブリオの試乗会がイタリアで開催された
■実際に触れて乗って感じたグランカブリオの試乗インプレッションをお届けする
閉じても開いても美しいソフトトップのオープンカー
数千万円クラスのスーパースポーツとスーパープレミアムGTの違いというのは、体感的にはアドレナリンかドーパミンの違いといったところ。前者のほうがたいてい刺激的なスペックで機能装備のリストも長く、あれこれ沢山トッピングもきく。そのぶん、コスパも世間へのアピール度も高いと捉えられがちで、インフルエンサー的な人に好まれる。だがレス・イズ・モアで、すっきりバランス重視のことが多い後者だって、アドレナリン側の荒業をこなせない訳でもない。むしろ深い満足度で、一見さんにはともかくツウとかコノサーと呼ばれる人々にはぐっさり刺さり続ける。
スーパーカーのイメージが強いマセラティだが、プレミアムGTを前面に押し出す今日のラインアップは、明らかに後者寄りだ。今回は北イタリアで最新モデル、「グランカブリオ」に試乗してきた。その世界観を触りだけとはいえ、お伝えしよう。
すでに本邦導入済みのクーペ、「グラントゥーリズモ・トロフェオ」の2998万円〜に対し、兄弟車グランカブリオはトロフェオのみの展開で、日本では3120万円〜と発表されている。この価格帯をどう感じるかは人それぞれだが、閉じても開いても美しいソフトトップのオープンカーとして、この価格差は破格だと思う。
グランカブリオのスタイルを優雅ならしめる要素は、端的にいって3つある。まずクーペと同じ「コファンゴ」と呼ばれるフロントフェンダ──体型の巨大ボンネット。ふたつ目は全高1365mmという、ソフトトップを閉じたときにクーペ以上に低く、無駄のないシルエット。3つ目は、グランカブリオ専用の設計が施されたリヤデッキまわりのデザインだ。
コファンゴは、フロントまわりの分割線を極力少なく見せ、スッキリとグラマラスな造形やフロントマスクをエレガントに際立てる。これは市販のスポーツカーやGTに用いられるアルミパネルとしては世界最大級だとかで、1970年代から著名なカロッツェリアで経験を積んだ、いまやインハウスのクレイモデラーの職人技と、精密プレスの技術が組み合わせられて、初めて実現できたという。
また、ソフトトップだけ下ろして前後4枚のウインドウを上げたままの佇まいもエレガントなのは、キャビンを取り囲むモールがクロームではなく、控え目な艶ありのブラックで、クルーザーにも似たグランカブリオの存在感を引き立てるからこそ。ちなみにクーペではルーフ上にあったアンテナは、カブリオではトランクリッドに一体化。電波を通すためにここだけグラスファイバーコンポジット製となる。いずれ、煩雑なディテールを排しながらも、温かみのあるクラシックモダンなデザインだ。
フロントまわりからドアパネルこそ共通だが、グランカブリオのリヤフェンダーとデッキまわり、トランクリッドや補強されたAピラーといった、ボディパネルの半分以上は専用設計。元より65%以上がアルミで、マグネシウムや超高張力スチールを適材適所に用いるが、グランカブリオは剛性補強のため、やはりフロアまわりにアルミの補強が加えられている。結果的にクーペより+100kg程度の1865kg(欧州発表値)に車重は抑えられた。
5m近い全長に1.9m超の車幅とはいえ、グランカブリオのパッケージングには驚くほど無駄がない。大人4名が快適に過ごせるキャビン、前車軸よりリヤ寄りに搭載された3リッターV6ツインターボの「ネットゥーノ」エンジン、そして172リットルとミニマム容量ながら、屋根を開けても下半分以上のスペースに影響がないトランクを実現している。抑揚あるボディラインの外観とは裏腹に、きわめて実用性のバランスが高く、いい意味で生活感がある。大人4人が社交を楽しみながら、無理なくテニスやゴルフのギアを積んで、遠くへ旅できる……そういう優雅な生活感ではある。
ハイエンドなイタリアンGTにふさわしく、レザーインテリアの質感の高さ、スポーツカーほどタイトでもなくセダンより親密な雰囲気の空間づくりは、さすがだ。ドライバー視界の正面、12.2インチのメータークラスター画面は横長の長方形ではなく、ステアリングホイールに合わせて角を落とした視認性の高い形状とグラフィックだ。
ダッシュボード中央には、12.3インチのセントラルディスプレイと8.8インチのコンフォートディスプレイが緩やかな「く」の字を描き、操作する手指に対してエルゴノミックな配置に。ソフトトップ開閉のスイッチは後者の画面内にまとめられ、作動には開け閉めとも約15秒、スワイプ&ホールドで作動させるか、ジェスチャーコントロール設定も可能だ。オープンエアを快適に楽しむため、首元を温かく保つネックウォーマーもフロントシートには備わり、温度設定などの操作はエアコンやソフトトップ開閉と同列にある点もわかりやすい。
ドライビングを楽しむための要素を総動員
グランカブリオは、リヤシートもすこぶる快適な作りだ。4座イタリアンスポーツといえばフェラーリ・ローマスパイダーや少し前のポルトフィーノMが思い出されるが、あちらスポーツカーではあくまでエマージェンシー使いとなるリヤの+2シートと、大人でも長距離・長時間を前提とするこちらGTのそれでは、大きな隔たりがある。
リヤシートでもセンターコンソールは外側のアームレストとちゃんと同じ高さに揃えられ、USB×2とドリンクホルダー、エアコンの吹き出し口も備わる。また、リヤの2座の中間には、ソナス・ファベールの16個のスピーカーシステムを構成するサブウーファーが組み込まれ、「フレッシュエア」テクノロジーというオープンエア専用のチューンが施されている。
2名乗車時にはリヤシートに、ウインドストッパーと呼ばれる走行風の巻き込み防止ネットがつけられ、普段は畳んでケースに入れてトランクに収納できる。
試乗日は快晴で、うってつけのオープン日和だった。まず市街地や県道で、ステアリングホイール内の右側のダイヤルをまわし、「GT」モードで走らせた。左右のウインドウを閉じたままなら風がそよそよと感じられる程度で、3リッターV6ツインターボのネットゥーノエンジンも片バンク休止機構がきいているのだろう、ゴロゴロと猫なで声のように大人しい。
とはいえイージーな乗り心地と、適度なハンドリング・レスポンスを兼ね備えたGTモードの守備範囲は広い。長い登りの続く峠道でトルクレスポンスが物足りないこともなければ、ある程度タイトなコーナーが連続しても、操舵量は大きめながら身のこなしは軽い。直線気味の高速道路では、足まわりがより柔らかくバウンスする「コンフォート」がようやくハマるほどに、適度にスポーティなのだ。
だがグランカブリオの本領は、純粋に「走る・止まる・曲がる」を楽しませる点にある。ワインディングを楽しむときは、やはり「スポーツ」あるいは「コルサ」モードの出番。いずれも追加コマンドでESCオフにできるモードで、足まわりも締め上げられるだけでなく、車高が落ちてロール軸ごと下がる。エキゾーストサウンドも勇ましくトランスミッションのラグも詰められ、オープンエアならそれこそネットゥーノの荒ぶるトーンと豪快な加速が、ダイレクトに身体に伝わってくる。乗り手を挑発するより、乗り手の操作にあくまで忠実にヴィークルダイナミクスが最大化され、アドレナリンよりドーパミン的満足感が得られるモードだ。
51 :49の優れた前後重量配分、ほぼFRに徹して滅多に前輪駆動が介入しない4WDシステム、ダイブしすぎずコントロール性に優れたフロント380mm/リヤ350mmの大径ブレーキ、そして姿勢変化の掴みやすいステアリングフィールやスポーツシートなど、ドライビングを楽しむための要素をグランカブリオは総動員してくれる。
今回は公道試乗だったので、アドレナリン領域たる「コルサ」をじっくり試すことはなかったが、最小限の制御介入でドライバーを煽り立ててくるような、最大限の切れ味とアジリティを引き出す方向性は確認できた。
以前のマセラティV8より大人しいなどと評されるネットゥーノだが、F1由来のテクノロジーで市販車として初めて採用されたプレチャンバー機構は、高回転でこそ威力を発揮するメカニズム。6000rpmからのエッジのきいた伸びにマセラティの古典的要素、危うい香りを認めない訳にいかない。
美しくて、人も乗せられて、旅行に必要な最低限の荷物も積めて、オープンエアも楽しめれば、幌を閉じた際の居住性も上々で、何より走らせることが楽しいエンジンとハンドリング。おそらくGTとしての本領は、4名フル乗車・フル積載で長距離行をした際に、移動の力強さや意外に伸びる燃費となっても表れてくるだろう。ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)を、8K並の解像度でワイドに見せてくれる突き抜けイタリアンGT、それがグランカブリオなのだ。