今、注目を集めている瀬戸内エリア。特に広島県東部の港町・尾道や、しまなみ海道沿いの島々は、日常を離れたプレミアムな旅の立ち寄り先としておすすめです。風光明媚な景色やアート、グルメが楽しめ、広島市内にアクセスすれば、二つの世界遺産で平和の学びと癒やしが得られます。今回は、1泊2日のバリュアブルな1to1プログラムツアーを実際に体験してご紹介します。
旅のはじまりは、尾道の浄土寺から。飛鳥時代に聖徳太子が開いたとされ、映画の舞台にもなった名刹。国宝の本堂や多宝塔をはじめ、美しいプロポーションの阿弥陀堂など文化財の宝庫です。副住職の案内により、まず客殿へ。庫裏(くり)や、皇室の方々が訪れた方丈を観覧します。方丈の空間は、四季を描いたみごとな襖絵で彩られ、とても雅やか。名勝の庭園には、秀吉ゆかりの茶室・露滴庵の佇まいも見られます。
つづいて阿弥陀堂の本尊、木造阿弥陀如来坐像を拝観。荘厳な空間で副住職のお話を聞き、心静かに手を合わせます。貴重な宝物を鑑賞したのち、眼下に尾道水道を眺める奥の院で、老舗・吉源酒造場の地酒を一献。古刹の多い尾道では七ケ寺巡りも楽しみのひとつ。今回は二院に参拝し、満願成就を祈りました。
浄土寺を後にして、市街地にある一日一組限定の料理店「備後茶量」で昼食を。こちらは尾道で300年続く伝統の炭火窯焼製法を受け継ぐ唯一の竈元(かまもと)。満月大潮の夜に、自ら汲んだ海水の自家製塩で朝どれの鯛を締め、薪窯で焼き上げる「鯛の浜焼き」が看板料理。ぜひ尾道で味わいたい逸品です。
亭主の髙田昌典さんが日々思う「自然」を表現すべく、材料は、毎朝市場で仕入れる尾道近海の新鮮な魚介や、山で収穫した野草や野菜、果物を吟味。自然素材の道具や自家製の調味料、炭や薪の火を使い、巧みに作る一品ごとに、素材の命をいただく感動があります。
野性味や土着力を生かした品々と、自然農法のお茶や柑橘ドリンクとのマリアージュも新鮮。また、惜しげもなく使う古伊万里や備前、藤田喬平のガラスなどの器も美術品レベル。店内に飾られた器を愛で、目も舌も心も豊かになれる午餐を楽しみました。
尾道市内から次の目的地・平山郁夫美術館まで「しまなみ海道」をドライブ。尾道ICから生口島北ICを経由して約30分で到着しました。現代日本美術を代表する日本画家・平山郁夫氏のコレクションを展示したこのミュージアム。館内に入ると、エントランスロビーに代表作「仏教伝来」の陶板画が掲げられています。
平山郁夫の弟さんである館長をはじめ、氏を熟知した学芸員のガイドにより、作品を鑑賞できるのもこのプランならでは。瀬戸田の自然を描いた幼少時代から、シルクロードをライフワークにした東京美術学校(現在の東京藝術大学)時代、文化財保護に貢献した晩年まで、氏の画業の道のりが追体験できます。岩絵具を使った「平山ブルー」を実際に目で見、故郷・瀬戸田への憧憬や、作品を通じて届けたかった祈りの思いを深く知ることができました。
造園家・中島健氏が施工した庭園を眺めるティーラウンジを貸切り、一般には非公開の大下図(絵画の下絵)の屏風を鑑賞します。瀬戸田のレモンを使った手しぼりのホットレモンやレモンケーキを味わいながら、制作の秘話を聞くことができる、優雅なひと時でした。
平山郁夫美術館から浄土真宗「潮聲山 耕三寺」の山門はすぐ。約5万㎡の広大な境内に、15もの登録有形文化財の建物が点在し、「西の日光」とも称されています。国内の名刹の建築をオマージュしたという建物は、どれも極彩色に彩られてきらびやか。日光東照宮の陽明門の実測図を基に再現した孝養門、平等院鳳凰堂を復元した本堂、慈照寺(銀閣寺)を模した銀龍閣など見どころは尽きません。
まずは学芸員さんおすすめの「潮聲閣」を見学。最大限母の好みを取り入れたという各部屋は、それぞれ異なる趣き。贅を尽くした調度品や庭園もしつらえられています。初代住職の、母への感謝の念に胸を打たれます。
広い境内の順路に沿ってゆるやかな坂を上ると、「未来心の丘」へ続きます。耕三寺の極彩色とはうってかわった、真っ白に輝く大理石の世界が広がります。制作したのは、世界を舞台に活躍する彫刻家・ 杭谷一東氏。アトリエがあるイタリア・カッラーラで大理石を採掘し、実に12年の歳月をかけて創作したのが、この壮大なオブジェ群なのです。
特別に案内してくださった杭谷さんは、「自然からのインスピレーションを、自然に戻したのがこの丘。故郷・広島県世羅郡の自然で遊んだ感性のまま、表現したのです」と語ってくれました。真っ青な空に映える白い大理石のラビリンス。ちょうど夕陽が海に沈む頃は、絶景!作品のひとつである大理石カフェ「カフェクオーレ」で、異国のような風景を眺めながらドリンクタイムを。
今回のステイ先は、昨年3月に開業した「Azumi Setoda」。かつて潮待ちの港として賑わった瀬戸田港のほど近く、旧家が軒を連ねる古い港町に佇みます。創業者は、世界的なリゾート「アマンプリ」の創業者、エイドリアン・ゼッカ。彼が憧れた「Ryokan」を体現する国内初の施設です。製塩や海上貿易を営んでいた豪商・堀内家の明治時代の居宅を、建築家・三浦史朗氏が改修。当時の梁や柱、障子を残し、自然素材をふんだんに使ってよみがえらせています。
客室は全22室。50㎡超のゆとりの空間はヒノキの香りとすがすがしい空気に包まれ、旅の疲れが癒されます。日本建築とモダニズムが溶け合い、無駄なものを極力排したミニマムな意匠は、国内の高級旅館とも趣きを異にしています。「庭」や「涼」の部屋には日本式の総ヒノキの湯船が備えられ、ゆったりと湯に体を沈めれば心身ともに解き放たれるよう。
楽しみな夕食は、瀬戸田近辺で調達する魚介類や柑橘類、野菜のおまかせコース。素材そのものの旨みを最大限生かし、発酵調味料やスパイスで程よく引き立てたやさしい味わいです。代々堀内家に受け継がれてきた貴重な器に余白を生かした美しい盛付けで運ばれます。
「Azumi Setoda 」の向かいには、同じコンセプトで作られた銭湯と宿が一体になった「yubune」の棟があります。大浴室にはタコや魚の壁画アートが描かれ、サウナもあります。「Azumi」の宿泊客だけでなく、ビジターも利用できる「町の銭湯」なのです。季節により、レモン風呂や塩の湯などのサービスもあり、町の人たちの交流の場にもなっています。
<平和記念公園 Peace Culture Village/WALL ART PROJECT"2045 NINE HOPES">
未来につながる平和教育&アートインスタレーション体験
朝8時には宿をチェックアウト。一路広島市内へ。広島、原爆ドーム周辺で、「平和」を次世代につなげる活動をしている平和教育団体「Peace Culture Village」。被爆地として平和のメッセージを発信し続けている平和記念公園で、1to1カスタマイズの教育プログラムが受けられるというので、楽しみにしていました。事前に、Web上でアンケートに回答し、それに基づいてプレカスタマイズした私たちだけのためのプログラムで、「あの日」にタイムスリップします。
今回は、アメリカ人ファシリテーター、メアリー・ポピオさんのガイドにより、原爆ドームや平和記念公園内に多数ある慰霊碑の説明をいただきます。史実をベースにした再現VTRにより当時にタイムスリップします。8月6日に広島で起こった真実を私たちは「自分ごと」として捉え、自分自身を深く知る機会にもなった学びの時間になりました。
続いて、原爆ドームのそばに建つ広島の新たなランドマーク「おりづるタワー」へ。ここでは戦後100年にあたる「2045年への願い」を、広島ゆかりのアーティスト9人が描くWALL ART PROJECT"2045 NINE HOPES"が進んでいます。まずは屋上の「ひろしまの丘」へ。原爆ドームを見たことのなかったアングルで見下ろし、広島の風と音を感じましょう。
スパイラルスロープ<散歩坂>をゆるゆると下り、巨大な壁に描かれているウォールアートの制作過程が見学できるのです。約2~3カ月という月日をかけて表現する、彼らにとっての「2045年」とは。その一筆一筆を間近で見ると圧巻! 約4m×24mという巨大なウォールキャンパスにほとばしる、祈り、情熱、未来への希望をアーティストたちと共有できるアート体験でした。
幻想と神秘のNight Temple でワインディナーを
次に訪れたのは、世界遺産に指定された日本三景・宮島。広島市街地から車で移動したのち宮島口からフェリーに乗船します。真言宗の名刹・大聖院の住職のお出迎えを受け、世界中から旅人が訪れる厳島神社を参拝します。海上に浮かぶように建つ、荘厳な朱塗りの社殿を歩くと、雅楽の調べが聴こえ、海中にそびえ立つ大鳥居を拝礼します(現在改修工事中)。対岸の緑の山々を眺めながら海風に吹かれ、心安らぎます。
夕方、宮島で最古の歴史を持つ大聖院へ。秀吉ゆかりの波切明王や十一面観世音菩薩などを祀る当院。夜の境内で催されるNight Temple & 雲海ライトアップツアーも楽しみです。まずは御本尊にお参りし、優美な社殿や仏像の数々を拝観します。
そのうち霧のような雲海があたりを包み、摩尼殿や五百体の羅漢が並ぶ五百羅漢庭園が灯りに浮かび上がって神聖な雰囲気に。境内に点在するお堂や塔が神々しい光に照らされる神秘的な光景に、思わずうっとり。
幻想から覚めやらぬうちに、客殿へといざなわれ、旅はクライマックスに。宮島を代表する旅館「宮島別荘」の黒田シェフ による「広島の日本酒マリアージュディナー」のおもてなしでした。広島名産の牡蠣や魚介を使った料理に、地酒が振舞われる至福のひととき。神聖な弥山の幽玄の美に触れ、深いメディテーションが得られたような境地でした。
非日常体験を楽しみ尽くし、本来の自分に戻れた贅沢な広島の旅。日常から解き放たれ、心身ともにリセットできるスペシャルな2日間となりました。
Writer : Ayuko Nakahara、Photographer : Kouhei Mizukami