俳優・田辺誠一さんが番組ナビゲーターを務め、ゲストの「美学」=信念、強さ、美しさの秘密を紐解き、そこから浮かびあがる「人生のヒント」を届ける、スポーツグラフィックマガジン「Number」と企画協力したドキュメンタリー&インタビュー番組『SHISEIDO presents才色健美 ~強く、そして美しく~ with Number』(BS朝日、毎週金曜22:00~22:24)。3月6日の放送は、元陸上競技選手の朝原宣治さんが登場。陸上競技の魅力、現在の目標などを語った。
今、朝原さんはアメリカの人気ドラマ『ウォーキング・デッド』にハマっているという。ゾンビと戦う人間たちを描いた大ヒット作で、最新作はシーズン10。朝原さんは「めちゃくちゃ長いですけど、ひたすら見ています」と笑う。
現役を退いてからは、解説者や指導者として活躍。多忙な毎日を送っているが、勝負の世界から離れて以来、何らかの“刺激”を求めている。朝原さんは「たぶん、人間の本質に触れるのが好きなんだと思います」と分析。その本質は“戦い”の中にあるのかもしれない。「普段はゾクッとすることや残酷だと思うことってそんなに無いじゃないですか。でも、陸上競技はみなさんが考えているよりもシビアで緊張感がある。勝つか負けるかわからない中で、プレッシャーもすごい。引退して、そういうのが無くなってしまったからだと思うんですよね」。ゾンビドラマ視聴は、ささやかな代替行為なのだろう。
小学校、中学校時代はハンドボール部に所属。高校で陸上競技の道へ進み、短距離走の選手として才能を開花させた。朝原さんは「すべてが自己責任じゃないですか。それがけっこう腑に落ちている部分ではあるんです。やれば自分に返ってくるし、やらなければ自分の責任になる。練習して速く走れるようになると、レースでは周りの選手とどんどん差が広がる。そんなふうに独走できたときが一番気持ちいいんです」と競技の魅力を語った。
21歳のときに100mの日本記録を更新。2008年の北京オリンピックでは、男子4×100mリレーに出場し、日本に男子トラック種目初のメダルをもたらした。速く走るコツは、自然体で“今”に集中すること。朝原さんは「レースではスイッチをOFFからONに切り替えると失敗するんですよ。ライバルにどう競り勝とうとか、余計なことを考えてしまう。そのときの自分にめちゃくちゃ集中できているときが、一番力を発揮できますね。どちらかというとアーチェリーなどの競技と似ていると思います」と解説する。
己と向き合いながら走り続け、36歳で引退。「よく、なぜ36歳まで現役を続けたのか聞かれるんですけど、それは向上心と好奇心があったからです。もっと違うことができるんじゃないか、もっと良い練習法があるんじゃないかという思いがあったので、やってこられたんだと思います。この思いはずっと尽きずに、今でも持ち続けていますね」。
引退後は「青少年の健全な成長と次世代を担うトップアスリートの育成」を目標に、地域に根ざした運動・陸上クラブを主宰。子どもたちへの指導に力を入れている。朝原さんは「僕が競技で得たものを、地域や社会に還元したいという思いがあるんです」と打ち明ける。
クラブでの指導は、“自分で体を動かす感覚”を身に着けさせるところからスタート。フォームを無理に矯正したりはしない。朝原さんは「腕を90度にしてとか、体をねじるなとか、あんまりそういうことは言いたくなくて。子どもたちは、まだ成長期だし、筋力も弱いので、どちらにせよキレイな走り方というのはできないんです」と説明する。それよりも、舗装されていない道で走ることが良い練習になるという。「でこぼこ道とか柔らかい砂浜とかですね。バランスが崩れて、それを立て直しながら走るので、体幹が強くなり、体を動かす感覚も鋭くなる。そこを鍛えておけばフォームの修正もすぐにできるんです」。
未来の陸上選手を育てつつ、自ら走ることも忘れてはいない。朝原さんは去年、世界マスターズ陸上競技選手権大会「45-49クラス」の4×100mリレーに出場し、47歳で世界記録を更新。現状での100m自己ベストは11秒14。朝原さんは「10秒台で走りたいんですけど、なかなか……ナメてましたね」と笑う。ただ、諦めたわけではない。「今の50代の世界記録が10秒88なんですよ。体力も落ちて、年もとってきましたけど、まだ、自分には残された力があって、それを信じて前に進みたい。50代で10秒を走れたらかっこいいですよね」とポツリ。その目には、新たな刺激を見つけた男の、静かな闘志が宿っていた。
次回3月13日の放送は、元女子マラソン選手の千葉真子さんが登場する。