自信がなくても“自分が一番”と信じ込まなければならない瞬間がある

2019.10.18 22:30
俳優・田辺誠一さんが番組ナビゲーターを務め、ゲストの「美学」=信念、強さ、美しさの秘密を紐解き、そこから浮かびあがる「人生のヒント」を届ける、スポーツグラフィックマガジン「Number」と企画協力したドキュメンタリー&インタビュー番組『SHISEIDO presents才色健美 ~強く、そして美しく~ with Number』(BS朝日、毎週金曜22:00~22:24)。10月18日の放送は、サッカー日本代表のゴールキーパーとして活躍した楢崎正剛さんが登場。現役を引退して9か月。ポジションへの思いや、今後の目標などを語った。
■“自分が一番”と信じ込むこと
楢崎さんは、サッカーワールドカップ4大会連続で日本代表に選出、Jリーグ最多出場記録を誇る、日本サッカー界の歴史に名を刻んだ名ゴールキーパーだ。キーパーは単純にゴールを守るということだけではなく、味方を鼓舞し、敵を気迫で圧倒しなくてはならない。しかし、楢崎さんは「今だから言えますけど」と前置きし、「はっきり言って自信なんてそんなにありませんでした」と告白する。
現役時代のインタビュー記事には自信をうかがわせるような力強い言葉が並ぶが、それらは自分自身に言い聞かせるためのものだった。「当時は経験を積み上げている段階だったので、周りやコーチからも“自信を持て!”と何度も言われるんです。自信がないとできないポジションでもあるし、実際に“自分が一番だと思っている”と言ったこともあります。そうやって信じ込まないとやっていけなかったんだと思います」と振り返る。
ピッチの上では常に胸を張っていた。一方で、練習では「自分はまだまだ」と思うことも必要だった。そう思わせてくれたのは、川口能活さんら、他のゴールキーパーたち。楢崎さんは、「ライバルという言い方が正しいかわからないですけど、僕からしたら、全てのゴールキーパーがライバルでしたし、常に負けられないという気持ちは持っていました」と語る。
楢崎さんは、他の選手に負けないために、一つのことに突出せず、全てに対応できるバランスの良いキーパーを目指した。「普通は長所を聞かれたときに、セービングが得意とか、ハイボールとか、足元とか、いろいろな答えが出ると思うんですけど、僕はそれら全てを高いレベルでこなせる選手が理想だったし、そうなっていかなきゃいけないと思っていました」。ストイックに研鑽を重ね、大きな弱点のない理想のキーパーに近づいていった。
■ゴールキーパーを目指す子どもたちを増やしたい
25年間、必死でゴールを守り続けた楢崎さんのサッカー人生。実は辛いことのほうが多かったという。そもそもキーパーというポジションには、あまりスポットが当たらない。「本当は物申したいところはあるんですよ。だけど言う場所もそんなにないですし、言ったからって変わるわけでもないですし、テレビ局にお願いすることもできない(笑)。試合で“もっと活躍しただろ!”と思うところも放送では使われない。ぐっと噛み締めて今までやってきました」と、冗談めかしながらも本音を吐露した。
また、所属チームが無くなったことも辛かった出来事の一つ。1998年、親会社が撤退し、他のチームと吸収合併の末、4年間在籍した横浜フリューゲルスが消滅。選手として試合に勝つことはもちろん、署名活動やチェアマンへの直訴など、チーム存続のために奔走した楢崎さんだったが、「やれることは全部やりました。後のことはもうしょうがないという気持ちでした」と回想する。
しかし、どんなに辛く厳しい目に遭っても、楢崎さんは“サッカーをやっていて良かった”と考えている。「確かに嫌なことのほうが多かったかもしれないです。でも、ごく僅かな良かったことが、それを全部飲み込んでいくんです」と説明し、「今後も、そうでありたいと願っています」と続けた。
現在は、名古屋グランパスのクラブスペシャルフェローとして、ゴールキーパーについての見聞を広め、全体のレベルアップを目指す。楢崎さんは、「自分が望んでいたことでもあります。まず、キーパーはゴールを入れられる立場で、苦しいポジションだという認識を変えたい。ゴールを守ることは華やかで、得点を決めるのと同等か、それ以上の役割を果たすということを知ってほしい。キーパーをやりたいという子どもを増やしたいですね」と意気込んだ。日本サッカー界のため、次世代のゴールキーパーのため、日の丸の守護神は引退してもなお、ピッチに立つ者を鼓舞し続けている。
次回10月25日の放送は、10月に登場した中野友加里さん、岩渕真奈さん、楢崎正剛さんが再登場。3人の「美学」を再び掘り下げる。