負けてしまっても“無意味な存在”だなんて、思わなくていい

2019.08.16 22:30
俳優・田辺誠一さんが番組ナビゲーターを務め、ゲストの「美学」=信念、強さ、美しさの秘密を紐解き、そこから浮かびあがる「人生のヒント」を届ける、スポーツグラフィックマガジン「Number」と企画協力したドキュメンタリー&インタビュー番組『SHISEIDO presents才色健美 ~強く、そして美しく~ with Number』(BS朝日、毎週金曜22:00~22:24)。8月16日の放送は、リオデジャネイロ五輪で金メダルに輝いた、元柔道選手の田知本遥さんが登場。今ハマっている趣味や、これまでの柔道人生などについて語った。
■勝つことが全てではない、負けたからこそ分かることもある
最近はコーヒーに夢中だという田知本さん。ホッとしたいとき、物思いにふけりたいときなどは、いつもコーヒーを淹れる。そんな彼女が訪れたのは、東京・新橋にあるUCCコーヒーアカデミー東京校。ペーパーフィルターの折り方から、お湯の注ぎ方まで、淹れ方の所作を教えてくれるのは、2014年ジャパンハンドドリップチャンピオンの土井克朗さんだ。土井さんの柔らかい物腰に、田知本さんから思わず笑みがこぼれる。美味しいコーヒーの淹れ方を学んだ田知本さんは、味の違いを実感。充実した一時を過ごしていた。
高校時代から柔道家として頭角を現し、3年生になって迎えた世界ジュニア選手権で優勝。2012年のロンドン五輪では7位に終わるが、4年後のリオ五輪では悲願だった金メダルを獲得する。そして、翌年に現役を引退した。
田知本さんは、今の自分を“白色”に例え、「柔道人生の幕が下りたから、今、まっさらなんです。ある意味ここから、またキャリアを作っていかなきゃいけないんですけど、今度はそこにどんな色を塗ろうかなと考えている段階です」と打ち明ける。
コーヒーを片手に、自分の将来に思いを馳せる。どんな道に進もうとも、柔道で得たもの全てが礎になる。新しいことにチャレンジして、たとえ失敗したとしても簡単にはくじけない。特に、ロンドン五輪後の低迷を乗り越え、リオ五輪で復活を遂げたという経験は、何ものにも代えがたいものだ。
ロンドン五輪後は、国内大会でも勝てない日々が続いた。忘れようとしても忘れられない苦い記憶。一時は自分を“無意味な存在”とまで思ってしまっていた彼女を変えたのは、イギリスのエディンバラで行った1カ月間の海外練習だった。田知本さんは、「結果を残していない日本の柔道家をエディンバラの人たちは優しく受け入れてくれました。また、トレーニングも、大自然の中でバランスボールを投げ合ったり、大きなタイヤをトンカチで叩いたり、今まで経験したことのないものばかりで、リラックスしつつ、新しいことに触れることができました」と振り返る。
このことが大きな転換になったという。田知本さんは「まず、勝つことが全てではないなと思えたんですよ。負けても優しくしてくれる人たちの存在を知ったときに、この人たちと練習している時間もすごい大事だなと思えたんです。そこから本当に自分らしく柔道に取り組めるようになって、それが結果につながっていったっていうのはありますね」と分析する。
■苦しいときこそ笑っていました
勝利は目指すものではあるが、それが全てではない。負けた経験や、苦しい時代こそ必要なときがある。東海大学時代の恩師で、ロサンゼルス五輪の金メダリスト・山下泰裕さんの部屋に貼ってあった紙に書かれた「苦しいときこそ笑っていました。きっと希望が生まれると信じていたから」という言葉に感銘を受けた。また、戦国武将・山中鹿介の「我に七難八苦を与えたまえ」の逸話も、田知本さんの大好きなエピソードだ。
「苦しいことがあったほうが成長できるってことを教えてもらいました。勝てないし、ケガもするし、体調も崩すし、悪い事だらけ、なんで私ばっかりって思うんじゃなくて、“よし来た! また来た!”というふうに、良い方に困難を受け止めることが大事。むしろどんどん来てくださいって姿勢でいたほうがいいんです」。
もし、ロンドン五輪の直後にタイムスリップできるなら、田知本さんは暗闇にいた自分を抱きしめてあげたいという。「リオ五輪で金メダルを獲るから大丈夫、という意味じゃなくて、自分は無意味な存在だと思わなくていいよって伝えてあげたいんです。私は負けた経験があるのが大きかった。そういうこともあるということ、そういう人もいるということを発信して、誰かの希望になれたら嬉しいです」と語る田知本さん。負けたからといって、無意味になるものは何もない。むしろ、その先にある勝利にたどり着くための経験になったり、本当に大切なものに気付いたりする。田知本さんは、そんな“希望”の伝道師として、自身の人生に新しい色を塗り始めたばかりだ。
次回、8月23日の放送は、元バドミントン選手の潮田玲子さんが登場する。