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僕は1枚の写真を通して、父親になりました
キヤノンマーケティングジャパン
2018.10.20 00:00
SNS全盛のいま、あえて丁寧に一枚一枚写真をプリントする人がいる。PCやアプリで簡単に画像を管理できる時代に、夜な夜なアルバムをつくる人がいる。父親になり、娘を撮り続ける川原和之さんにとって、カメラは大切な瞬間をその気持ちまで残す道具であり、写真は家族への誠実な愛を伝えていくためのものなのだ。

一枚の写真を通して、ボクは父親になりました。
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古いアルバム、ほこりをかぶった表紙をゆっくり開くと独特の懐かしいにおいが漂う。そこに並ぶ少し色あせた写真に写るのは、幼い自分自身と家族。そして確かに感じる、自分に向けられた温かい眼差し−−。何かの節目に子ども時代の写真を探し、こんな経験をしたことのある人は多いのではないだろうか。

もともと写真を見るのが好きで、カメラを手にしたときから祖父母を被写体に写真を撮っていた川原和之さん。そんな彼が自分の娘が生まれるときにカメラを片手に病院へ向かったのは、ごく自然な流れだった。ただしそのときのものは、いわゆる記録写真。初めてしっかり向き合ってカメラを構えたのは、産後の里帰りから戻った妻と娘とともに、大好きな祖父母宅を訪れたときだという。

「出産直後に娘を撮っていたときには“猿みたいだなぁ”なんて思っていたんですが(笑)、祖父母宅で撮った娘の写真が現像から上がったのを見て『あ、自分がいる』って感じたんです。言葉で説明しづらいんですが、写真に写る娘のまっすぐな眼差しを見たとき、彼女のなかに自分を感じて、“あぁ自分はパパになったんだなぁ”って、初めて強く実感したんですよね」

約10カ月もの間お腹に子どもを抱え、出産前から強いつながりを持つ女性に対して、男性はなかなか親になる実感を得ることが難しいとよく言われる。出産時こそ病院までかけつけたものの、その後は奥様の里帰りもあり二ヶ月会えていなかった川原さんも同様で、自分のことなのにどこか他人ごとのような不思議な状態だったという。しかしこの一枚の写真をきっかけに、ファインダーを通して娘を見つめ、写真とともに父親になっていく日々がはじまった。
一枚一枚をできるだけ丁寧に撮りたくて
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身体が大きくなる、声を出す、目が物をとらえる、そして笑う−−。少しずつ、しかし確実に成長していく娘の姿を写真に収めるうちに、川原さんの中で一つの変化が生まれる。

「一枚一枚、もっと丁寧に写真を撮りたいと思ったんです。そこで、思い切って憧れのカメラを買ってしまいました。」

ちょっと背伸びして購入したカメラは、祖父母と娘を撮るとき専用になった。祖父母宅ののどかな雰囲気の中で、他愛もない話をしながら、一枚ずつ丁寧に「カシャッ」「カシャッ」とシャッターを切っていく。一日滞在して、撮るのはせいぜい十数枚程度。これには、丁寧に撮りたいという心がけに加えて、もう一つ理由があった。

「このカメラで撮った写真はすべてプリントすること。それをルールにしているんです。もちろんミスショットとか、ピンボケ写真もたくさんあります。それでもありのままの姿をとらえた写真を全部残すことが、家族写真には重要なのかなって。サイズは、表情までがよく見える2L。たまにお金がないときはLになりますけど(笑)」

デジタルカメラの普及によって、枚数を撮ることに抵抗がなくなった時代。それこそ何百枚と撮ってしまいそうなお遊戯会の写真も、川原さんの場合は数枚程度。ただし、本当に残したい場面でだけシャッターを切っているためか、その数枚すべてに愛を感じる。

プリントまでこだわるため、時間もかかる。信頼して現像を任せられるショップが東京にしかないため、ある程度撮りためてからお店にまとめて持ち込み、その仕上がりが自宅に届くのを待つ。川原さんが写真と向き合えるのは、撮った日からだいたい二~三ヶ月後だ。しかし丁寧に撮った写真を、お酒をおともに眺めながら、アルバムに貼っていくのも、大好きな時間なのだと川原さんは言う。五年で約30冊。「大切にしたい」と強く思った瞬間だけが切り取られた写真を、大好きな時間で紡いだ家族アルバムは、すでに家族の宝物。きれいに整理され、引き出しにしまわれている。
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家族アルバムは撮り続けることで価値になる
撮ったその場で見られて、すぐに家族や友人とシェアできる。現在主流になっている写真の役割、その楽しみ方と比べてしまうと、日々家族の姿を撮影し続け、すべてプリントしてアルバムに残していく川原さんの作業は、時間もお金も、もちろん根気もいることだ。

「家族アルバムって、一枚きれいな写真があればいいわけではなくて、枚数と時間の深みが必要だと僕は思っています。それには、一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったりする何気ない時間や、何かの節目、娘の成長を見られた瞬間などを撮り続けて、アルバムにコツコツ積み上げるしかありません。とにかく撮り続けること、そして手で触れられる物として残すこと。それが、家族アルバムではとても大切なことだと思うんです」

今の川原さんの課題は、家族写真を“撮り続ける”ことだ。五歳になる長女の動きは素早くなり、自我が芽生えて撮られるのを嫌がることもある。昨年生まれた次女を撮るときには、長女を一度撮っているがために、写真が技巧的になりすぎてしまうときもある。それでも誠実に、真摯に、カメラを向け続けていくことが大切だとわかっている。変わっていく関係性を受け止めながら、家族として。父親として。

「もちろん今の娘にはわからないだろうけど、娘が家を離れるときとか、結婚するときとか、節目に見返したとき、『パパ、ありがとう』って、そう思ってもらえたらいいんです」

今撮りためている写真、着実に積まれていくアルバムを「未来の娘へのプレゼント」と語る川原さんだが、もちろん簡単なことではない。川原さんの写真、そして一つひとつの言葉に感じるのは、カメラを通して家族を見守る父親の愛だ。いざその未来が訪れたとき、父親はどんな気持ちでこのプレゼントを渡すのだろうか。そして娘は、日々、何年も積み重ねられた愛の証を、どんな思いで受け取るのだろうか。
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(プロフィール)
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川原和之(かわはらかずゆき)作業療法士
1983年生まれ。富山県在住。作業療法士をする傍ら、家族の写真を撮る。東京で自身の個展を開くなど、フォトグラファーとしても積極的に活動。子どもを持つパパ・ママ向けの情報サイト「コモドライフ」にて「きみの瞳がボクをパパにする」というタイトルで写真付きの連載中