嫡男が生まれないのは秀吉のせいではなかった…茶々より前に「秀吉の息子」を産んだ"2人の女性"の素性

2026.10.26 20:15
テレビドラマや映画では、秀吉の子を生んだのは淀殿こと茶々のみと描かれがちだ。歴史学者の黒田基樹さんは「史料によると、秀吉には信長の家臣時代に2人、男子が生まれたと考えられる。2人目の子を産んだのは播磨の国主の家系の娘だった」という――。※本稿は、黒田基樹『信長時代の羽柴秀吉』(角川選書)の一部を再編集したものです。

■信長の家臣として長浜城主になったときの子

長浜領時代の秀吉に、別妻・南殿(み…

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