2025年大阪・関西万博で、鏡面に覆われた独特の建築と、現実とデジタルが交錯する体験によって注目を集めた、落合陽一プロデュースのシグネチャーパビリオン「null²(ヌルヌル)」。その思想を継承し、さらに進化させた常設ミュージアムシアター「null²ⁿ(ヌルヌルネクサス)」が、2026年10月14日、横浜ランドマークプラザにオープンしました。
photo by ©FASHION HEADLINE
万博という期間限定の舞台から、日常の都市空間へ。落合氏が長年提唱してきた「デジタルネイチャー(計算機自然)」の世界を、映像、音響、鏡、そして人間の身体を通して体験する新たな場所が誕生しました。
開館に先立って行われたメディア内覧会では、落合氏が自ら施設の構想と、その背景にある人間とテクノロジーの関係について説明。実際に体験したシアターに広がっていたのは、最先端の映像技術を鑑賞するためだけの空間ではありません。自分自身が映像の中に入り込み、人間とAI、現実と仮想の境界を身体で感じる体験でした。
万博の「null²」から、横浜の「null²ⁿ」へ
大阪・関西万博の「null²」は、鏡面の外装が変化する建築と、デジタル技術によって人間の身体や存在を問い直す体験を組み合わせたパビリオンでした。その世界観を引き継ぐ「null²ⁿ」は、万博の施設をそのまま再現したものではありません。落合氏によれば、万博で実現できなかった構想を取り入れるとともに、物理的な装置や展示物を増やし、横浜という新たな環境に合わせて体験を再構成しています。
photo by ©FASHION HEADLINE
施設は五つの体験エリアで構成されます。入口では、万博のパビリオンの外装を思わせる、震えるように変化する表現が来場者を迎えます。視覚的な演出に加え、耳で聞くだけでなく身体で感じる音響によって、日常の商業施設から別の世界へと移り変わっていきます。
photo by ©FASHION HEADLINE
続くミラーシアターでは、大阪・関西万博で展開された体験を横浜向けに再構成。人工生命やデジタルヒューマンとなった自分自身との対話、AIと人間が生み出す風景などが、鏡面に囲まれた空間に現れます。
photo by ©FASHION HEADLINE
一方、視覚的な映像演出を設けず、音を通じて身体の存在や位置を感じさせる空間も用意されています。
photo by ©FASHION HEADLINE
さらに、カメラや工具をはじめ、人間が長い歴史の中で使ってきたさまざまな道具やメディア装置が集められたエリアでは、物理的なモノと情報の関係が提示されます。
photo by ©FASHION HEADLINE
最後のミラー空間では、コンピューターが世界を捉え、AIが学習していく過程を思わせる表現が展開。来場者は一連の体験を経て、再び現実の世界へと戻っていきます。
それぞれの空間は異なる表現手法を持ちながら、人間の身体、知性、道具、そして計算機の関係を、視覚や聴覚を超えた感覚で捉え直すというテーマでつながっています。
鏡の中で、鑑賞する自分自身が作品になる
実際にミラーシアターへ入ると、まず印象的なのは、映像と現実の境界が曖昧になっていく感覚です。壁面や周囲の鏡に映し出される映像は、反射を繰り返しながら空間の奥へと広がります。その中には、作品を見つめる自分自身の姿も、同じ空間にいるほかの来場者の姿も映り込みます。
photo by ©FASHION HEADLINE
映像を見ていたはずが、いつの間にか自分も映像の一部になっている。鏡に映る身体とデジタルの映像が重なることで、どこまでが現実の空間で、どこからが作品なのか、その境界を意識する瞬間が生まれます。一般的な映像鑑賞では、作品を見る側と見られる側が分かれています。しかし、この空間では、鑑賞者の存在そのものが視覚的な体験を変化させます。
photo by ©FASHION HEADLINE
そこにいる人の数や立ち位置、動きによっても、目の前に広がる風景は違って見えるでしょう。「人間がデジタルの世界を見る」という一方向の関係から、「人間もデジタルの世界を構成する存在になる」という関係へ。その変化を、説明を読む前に身体で感じられることが、「null²ⁿ」の大きな特徴です。
人間が道具をつくる時代から、道具が道具をつくる時代へ
今回の内覧会で、落合氏が語った内容の中でも特に印象的だったのが、人間と道具の関係についての考察です。
人類は長い歴史の中で、自らの身体を補い、生活を便利にするために道具を発明してきました。石器から機械、コンピューター、スマートフォンまで、その形は変化しても、基本的には人間が必要に応じて道具を考え、つくり、使うという関係が続いてきました。
photo by ©FASHION HEADLINE
しかし、AIの進化は、その前提を変えようとしています。人間が道具を設計するだけでなく、AIが新たな道具を考え、その設計をもとに機械が製造する。人間以外の存在が、次の道具を生み出す過程に関わる時代が近づいています。落合氏は、こうした変化によって、人間の考え方やコミュニケーション、さらには身体や知性の捉え方まで変わっていく可能性を指摘しました。
ここから浮かび上がるのが、落合氏の提唱する「デジタルネイチャー」という概念です。AIは、私たちが必要なときに操作する便利な道具であり続けるのでしょうか。それとも、空気や水、風のように、人間の意図とは別のところでも存在し、私たちの生活や環境を形づくるものになっていくのでしょうか。
photo by ©FASHION HEADLINE
もちろん、AIは人間が生み出した技術です。しかし、その技術が自律的に情報を処理し、別の技術や仕組みを生み出すようになれば、人間とAIの関係は、これまでの人間と道具の関係だけでは説明できなくなるかもしれません。「計算機自然」という言葉は、そんな未来を考えるための一つの視点を与えてくれます。そして「null²ⁿ」は、その概念を理論として理解する場所というよりも、人間と計算機と自然が混ざり合う世界を、芸術的な体験を通して感じる場所として設計されています。
最先端の映像と、古くからある道具が同じ空間に存在する意味
「null²ⁿ」が興味深いのは、デジタル技術による映像体験だけで構成されていないことです。落合氏は、万博の「null²」では物理的な展示物が比較的少なかった一方、今回は多くの実体を持つ道具や装置を取り入れたと説明しました。
photo by ©FASHION HEADLINE
カメラや工具など、人間が長く使い続けてきたモノが並ぶ空間は、未来的なミラーシアターとは対照的です。しかし、そこには共通するテーマがあります。人間は、道具を通して世界を認識し、記録し、加工してきました。カメラは視覚を記録し、工具は身体の働きを拡張し、コンピューターは情報を処理する能力を広げてきました。そして現在、AIは情報の処理だけでなく、創造や設計といった領域にも入り込んでいます。
古い道具と新しい技術を同じ体験の中に置くことで、人間が何を道具に託してきたのか、そしてこれから何を託そうとしているのかが見えてきます。最新のデジタル表現と、質量を持つ物理的なモノ。その両方を行き来する構成は、「null²ⁿ」が人間と技術の歴史を扱う作品でもあることを示しています。
完成して終わらない、変化し続けるミュージアムシアター
大阪・関西万博の「null²」は、開催期間が限られたパビリオンでした。一方、横浜の「null²ⁿ」は常設施設として、より長い時間をかけて来場者を迎えます。落合氏は内覧会で、万博では多くの人が関心を寄せたものの、入場できる人数には限りがあったことに触れました。横浜では数年という時間の中で、より多くの人が作品に触れられるようになると期待を寄せています。
photo by ©FASHION HEADLINE
さらに、ソフトウェアによって構成された施設であることも重要です。映像や音響、インタラクティブな演出は、技術の進歩や新たな構想に合わせて変化させることができます。落合氏自身も、今後さまざまな機会に合わせてシアターの内容が変わっていく可能性を語っていました。
内覧会では、今回の施設制作においてAIが実際の制作プロセスを支えていることにも言及。資料の制作やプログラミング、インタラクティブな施設の運営に至るまで、計算機技術の進化が制作の速度と可能性を広げていることを説明しました。
photo by ©FASHION HEADLINE
人間とAIの関係をテーマにした作品が、AIの進化そのものによって制作され、さらに更新されていく。そこには、「null²ⁿ」が提示する世界観と、作品が生み出されるプロセスとの重なりがあります。
万博の熱気を、横浜の日常へ
落合氏は、今回の施設名に含まれる「Nexus」という言葉について、人が集い、さまざまな活動がつながる場所になってほしいという思いも語りました。
大阪・関西万博では、普段はアートやテクノロジーに接する機会が少ない人も、未来の社会や新しい表現に触れました。「null²ⁿ」は、その体験を横浜という日常の都市空間に持ち込みます。横浜ランドマークプラザという商業施設の中に、身体、知性、AI、自然について考えるための場所がある。買い物や観光で訪れた人が、思いがけず現代アートやテクノロジーの世界に出会う可能性も生まれます。そして、何度も訪れることができる常設施設だからこそ、時間の経過とともに作品の見え方が変わることもあるでしょう。
私たちがAIを使う環境も、AIそのものの能力も、これから変化し続けていきます。その変化の中で、同じ作品を再び体験したとき、以前とは異なる感覚が生まれるかもしれません。
万博から横浜へ。
「null²ⁿ」が提示するのは、技術によって描かれた未来の風景だけではありません。人間がつくった道具が、やがて人間を取り巻く環境の一部になっていく。その変化の中で、私たちは自分自身をどのように認識し、世界とどのように関わっていくのか。鏡の中に映る自分自身の姿は、その問いを考えるための、ひとつの入り口になっているように感じられました。
INFORMATION
null²ⁿ(ヌルヌルネクサス)
開業日:2026年10月14日(水)
会場:横浜ランドマークプラザ 5階
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい2-2-1
公式サイト:https://null2.nexus/