トム・クルーズが別人級に変貌 アクション封印の最新作『DIGGER/ディガー』

2026.10.15 07:00
慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。『DIGGER/ディガー』/公開中
『ミッション:インポッシブル』や『トップガン』で、スマートかつスタイリッシュなスター像を築いてきたトム・クルーズ。最新作では、これまでのイメージを大きく覆しています。事前情報なしで観れば、彼がどの役を演じているか、しばらく気づかないかもしれません。生え際が後退した白髪頭、たるんだ頬と二重あご、せり出した腹。毒舌を吐きながら、老害を撒き散らす強欲な大富豪役をこなします。特殊メイクで変貌を遂げた姿はまさに驚きのひと言。新作が発表されるたびに注目を集める命がけのアクションも本作では完全に封印されています。
トム本人は、「これこそ僕が本当に作りたかった映画だ。この役を演じられるようになるまで40年かかった」と語っています。彼のキャリアの中でも、ひときわ大胆な挑戦だったのかもしれません。自ら課した高いハードルを乗り越え、これまでとはまるで異なる人物像を作り上げています。カメオ出演した『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』でも強烈な存在感を放ちましたが、本作ではさらに鬼気迫る怪演で観客を驚かせ、楽しませてくれます。
トムが演じるのは、強引な事業拡大を続けるカリスマ石油王のディガー・ロックウェル。タイトルの「DIGGER」は彼の名前であり、英語で「掘る」を意味する「dig」に由来します。舞台は地球温暖化で氷が溶け始め、地下資源をめぐる開発の最前線となった北極圏。ディガーはそこで巨大な石油掘削プロジェクトを進めています。ある日、さまざまな科学的データが北極での環境災害を予測し、計画の中止が示唆されます。しかし傲慢で私欲にまみれたディガーは、地球崩壊の危機すら顧みず、癒着した政治家やメディアを利用してプロジェクトを強行してしまい…
物語のベースには、現代の政治や社会に対する激しい怒りがあります。行き過ぎた資本主義と環境破壊、権力者による不当な支配、真実を凌駕するナラティヴ、フェイクニュースに踊らされ暴走する大衆――。こうした問題をブラックユーモアたっぷりに描き、笑いに満ちた娯楽作へと昇華しています。象徴的なのが、ネイビーのスーツに赤いネクタイを着けたあの大統領を思わせるパロディーでしょう。そして、こうした表層をなぞるだけでなく、人間の根源的な欲望と執着、理性と狂気、エゴと葛藤といった本質にも切り込み、笑いの先に鮮やかに浮かび上がらせています。さらに、本作の真価はまったく別のところにあります。詳細を明かすことはできませんが、観客をあっと驚かせるような仕掛けが周到に張り巡らされているということです。
監督を務めるのは、メキシコが世界に誇る名匠アレハンドロ・G・イニャリトゥ。ある出来事を起点に、異なる階層に生きる人々のドラマを描いた『アモーレス・ペロス』(2000)、時間軸をシャッフルし、3人の運命を描いた『21グラム』(2003)、世界4カ所で起きた出来事が、影響し合いながらつながる『バベル』(2006)。さらにアカデミー賞作品賞に輝いた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)では、全編が1カットの長回しに見える斬新な演出を取り入れました。多くのイニャリトゥ作品には、一筋縄ではいかない構成や演出が用いられ、本作も例外ではありません。その全貌が明らかになった時、誰もが唖然とするでしょう。笑いだけでは終わらない、背筋が寒くなるような余韻まで含めて味わいたい一本です。
『DIGGER/ディガー』https://digger-movie.jp//

圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター
映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。
Edit : Yu Sakamoto

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