歴史は、過去にしか存在しないのでしょうか。宮廷のドレスコード、ルネサンス絵画、モーニングコート。そして1980年代のニュー・ロマンティック。それらは確かに、ある時代を象徴するものです。しかし、服は着られることで、何度でも別の時代を生きることができます。
Courtesy of Acne Studios
Acne Studios(アクネ ストゥディオズ)がパリで発表した2027年春夏ウィメンズコレクションのタイトルは、「Denim Hystoria(デニム・ヒストリア)」。共同創設者兼クリエイティブ・ディレクターのジョニー・ヨハンソン(Jonny Johansson)は今回、本来なら相容れないもの同士を掛け合わせることで生まれるエネルギーに目を向けました。その中心に置かれたのが、私たちにとって最も身近な服のひとつ、デニムです。ヨハンソンはデニムを「時空を巡るキャンバス」と表現しています。
デニムは、時空を巡るキャンバスになる
デニムに現れるのは、引き裂かれたルネサンス絵画の断片。花々には光沢のある加工が施され、長い時間を経た磁器のような表情が与えられています。一方で、宮廷服を思わせる大きなドレープやボリュームは、レザージャケットやバイカーパンツ、ジーンズと出会います。
Courtesy of Acne Studios
色褪せたブロケードのスカートにはポロニット。ピーコートは切り刻まれてクロップド丈になり、モーニングコートの裾は焦がされる。 そこでは「歴史的な服」と「現代の服」が、きれいに分けられていません。
Courtesy of Acne Studios
クラシックな大きな襟のシャツにクロップドジャケットと細身のパンツを合わせたり、使い込まれたようなレザージャケットの下から、鮮やかな色の大きなドレープをのぞかせたり。歴史的な服の記憶が、日常着のなかへ入り込んでいきます。これは過去の服を現代風にアレンジする、ということとは少し違います。
Courtesy of Acne Studios
過去と現在を、同じ身体の上に存在させる。「Denim Hystoria」で起きているのは、そんな時間の混線です。
演劇的でありながら、「リアル」であること
これだけ多くの歴史的な引用を使えば、服は簡単にコスチュームへと近づいていきます。しかしヨハンソンが強調するのは、むしろその反対です。
「Acne Studiosは常に遊び心を忘れないが、決して虚構であってはならない」。
そして彼は、「私にとって、それはリアルでなければならない」と語ります。
Courtesy of Acne Studios
その言葉を象徴するのが、レザーとドレープ、花柄とテーラリング、フォーマルとワークウエアといった、一見すると相反する要素の組み合わせです。ボリュームのあるスカートには着古したようなレザージャケット。繊細な花柄にはタフなアクセサリー。華やかな色や装飾がありながら、シルエットにはどこかラフさが残る。
Courtesy of Acne Studios
歴史をそのまま再現するのではなく、いまの身体が着られる服へ戻していく。そのためにデニムやレザーといった日常の素材が、異なる時代をつなぐ役割を果たしています。
ニュー・ロマンティックを、2027年にどう着るか
もうひとつの手掛かりが、ショーを流れる音楽です。サウンドトラックには、Adam and the Ants(アダム&ジ・アンツ)の Prince Charming の一部が使われました。その奔放なニュー・ロマンティックの姿勢も、今回のインスピレーションのひとつです。
Courtesy of Acne Studios
ニュー・ロマンティックが持っていたのは、歴史的な衣装や装飾を引用しながら、それを自分たちの時代のスタイルへと変えてしまう自由さでした。
Courtesy of Acne Studios
Acne Studiosもまた、歴史を忠実に再現しようとはしません。フォーマルなディテールは解体され、別の場所へ移される。歴史的なシルエットは、レザーやデニムと出会うことで違う意味を持ちはじめる。「古典的な原型が既存の枠組みから解き放たれ、不可思議な新しい世界へと辿り着く」という言葉は、このコレクションの姿勢をよく表しています。
絨毯も、歴史を書き換える
その考え方は、服だけにとどまりません。ショー会場の奥に置かれたのは、アゼルバイジャン出身の現代美術家ファイグ・アフメド(Faig Ahmed)による作品です。
Courtesy of Acne Studios
伝統的な絨毯の模様が、途中から溶け出したかのように崩れ、床へと流れ落ちていく。アフメドは、アゼルバイジャンの伝統的な絨毯を固定された文化財として扱うのではなく、一種の「情報システム」として捉えています。そこにある視覚言語を破壊し、拡張し、再コーディングすることで、伝統を現代の視覚文化との対話へと開いていきます。 ヨハンソンが服で行っていることと、どこか似ています。
Courtesy of Acne Studios
一方は絨毯を、もう一方は服を。受け継がれてきた形を保存するだけではなく、いったん解体し、現在という時間のなかで再び組み立てる。
過去は、着ることで現在になる
「Denim Hystoria」に登場するのは、まったく新しいものばかりではありません。デニムも、レザージャケットも、シャツも、花柄も、テーラリングも、そして歴史的な衣服のシルエットも、私たちがどこかで見たことのあるものです。けれど、それらが異なる時代から同じ身体の上へ集められた瞬間、見慣れたもの同士の関係が変わっていきます。
Courtesy of Acne Studios
ファッションにとって、過去とは保存するためだけにあるものではないのかもしれません。切り、崩し、重ね、別のものと衝突させる。そして、もう一度着てみる。デニムを「時空を巡るキャンバス」としたAcne Studiosの2027年春夏は、歴史を振り返るのではなく、歴史を現在へ連れ出します。
Courtesy of Acne Studios
過去と現在を、同時に着る。それは、服だからこそ可能な、時間との付き合い方なのかもしれません。
お問い合わせ:
Acne Studios Aoyama
Tel: 03-6418-9923