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【特別インタビュー】(前編)約6年半ぶりとなる待望のニューアルバム『Fantôme』をリリース。 宇多田ヒカルさんインタビュー
UNIVERSAL MUSIC LLC/Virgin Music
2016.09.27 23:50
 宇多田ヒカルさんがおよそ6年半ぶりとなる待望のニューアルバム『Fantôme』を9月28日にリリースします。演奏を英日の精鋭ミュージシャンたちが、そして主なミックスをU2やサム・スミスの作品で知られるスティーヴ・フィッツモーリスが手掛けたこの新作は、彼女から2013年に逝去した自身の母へと捧げられた一枚です。大切なアルバムに詰め込んだ幾つもの想いについて、宇多田ヒカルさんにたっぷりとお話を伺ってきました。

Q:『Fantôme』というタイトルを付けた経緯は?

宇多田ヒカル:今回のアルバムは亡くなった母に捧げたいと思っていたので、輪廻という視点から“気配”という言葉に向かいました。一時期は、何を目にしても母が見えてしまい、息子の笑顔を見ても悲しくなる時がありました。でもこのアルバムを作る過程で、ぐちゃぐちゃだった気持ちがだんだんと整理されていきました。でも、今までのように英語でタイトルを付けるのは違う気がして。かといって、日本語で思いつく言葉は重過ぎて。そこで輪廻という視点から“気配”、“幻”を指すフランス語に突き当たりました。私という存在は母から始まったんだから、彼女の存在を“気配”として感じるのであればそれでいい。そんな想いで名付けました。

Q:アルバムの制作が本格的に始まったのはいつ頃からでしたか?

宇多田ヒカル:去年の3月頃からかな。それ以前から作業していた曲もあったんだけど、3月以前は休止前のゆるやかな延長上にあった気がするので。東京で何人かのミュージシャンのかたにお願いをして、私がプログラミングした音を差し替えるようなレコーディングをお願いしたんですが、その時に全く完成形が見えなくて。逆に「なんかちょっとイメージと違うな」とか「もっと練らなきゃな」とか、ぼんやりと課題が見えてきて不安だけ残った、みたいな感じでした。そこからとりあえず「真夏の通り雨」が1曲完成して。やっぱり歌詞が完成して歌を入れないと掴めなかった。特に今回は言葉が自分のなかですごく重要だったので。でもスケジュールが一番のプレッシャーでしたね。

Q:と、いうと?

宇多田ヒカル:基本的にはロンドンでレコーディングしたので、主要スタッフが三度に分けて歌やバンドの音をレコーディングするために、東京から来てくれていたんです。するとそんなに長期でダラダラと滞在させちゃうわけにもいかなくて。皆さん日本で他のお仕事もあるし(笑)。結局、作業の後半は自分でものすごく過密なスケジュールの組み方をしちゃって。

Q:エンジンがかかってきたのはどのあたりからでしたか?

宇多田ヒカル:これまではノートに手書きだったんですが、作詞の最後のほうで、初めてパソコンを使って歌詞を書き出したあたりからだったかな。今回、特に歌詞が難しかった「花束を君に」と「真夏の通り雨」は、かなり時間がかかったんです。幾つかのキーワードがぽつぽつと浮かんで来ても、題材がデリケートなだけに上手く進まなくて。あと自分でも書くのがセラピーみたいな感じもあったので。でも途中からさっきお話したスケジュールのこともあって、もう家でラップトップの前に座って音を聴いてどんどん書いていっちゃおうと思って。出てきた言葉をどんどんぶち込んで羅列して、で、「違うな」と思ったら別の候補に差し替えたりと、パズルを組み立てていく感じでやってみたら、意外と2日で書けちゃったりして(笑)。自分でもびっくりでした。

Q:アルバムにも収録されている「花束を君に」と「真夏の通り雨」の2曲は、まず4月に配信限定でリリースされましたね。

宇多田ヒカル:「花束を君に」は国民的な番組(NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』)の主題歌だったので、自分としてはいつにも増して間口を広げて作詞をしました。オフコースとかチューリップ、休んでいた頃に好んで聴いていた、エルトン・ジョンの『Tiny Dancer』(※『可愛いダンサー〜マキシンに捧ぐ』。1971年)なんかをイメージして、いろんなリスナーに当てはまるよう、軽やかで“開いた”曲を目指しました。『真夏の通り雨』も始めから日本語だけの歌詞にしようと決めて、自然と染み入るような、それでいてなお美しいと思ってもらえる日本語の歌詞を目指しました。

Q:そういった特別な意味を持つ楽曲をリリースしてみて、リスナーからのリアクションをどう感じましたか?

宇多田ヒカル:正直、皆さんからどんな反応が返ってくるのかがすごく不安でした。でもリリースされたら「これ、お母さんのことじゃない?」とすぐに気付いた人が多かったみたいで。しかも同情というわけでもなく、そこを踏まえつつ感情移入してくれていて。それが私にはすごくポジティブに感じられたんです。その後に残っていた歌詞を書く上でも背中を押されたというか、とても勇気になりました。(※この2曲を除く)アルバムのほとんどの歌詞は、そこからの約3カ月で一気に書き上げました。これまでの作詞は長いと3カ月とか、ヘタすれば1年かかるなんてこともあったのに。これまでの最短記録でしたね。そしてもうみんな次のアルバムは「お母さんのことだ」と分かっているんだから、なおさら母の顔に泥を塗ることのない、最高の作品にしなければと強く思いました。

(後編へ続く)

TEXT by 内田正樹

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