一つの視点から、その先へ
JUN WAJDA(薈田純一)は、場所と人との関係をめぐる制作を続けてきた。そこに一貫してあるのは、「見る」という行為への問いである。
一つの視点を探すこと。それは、空間のなかに自らの場所を見いだすことでもある。しかし、一つの視点を求めるほど、その周囲には異なる視点が現れる。視点は一つではなく、重なり、交差し、移動する。見る人もまた、場所との関係のなかにいる。
一つの視点から多視点へ。立ち止まって見ることから、巡りながら見ることへ。そして、自分が見ることから、他者の視線、さらには見ることと見られることの関係へ。作品は、「見る」という行為を固定されたものとしてではなく、絶えず変化する関係として捉えてきた。
「Gardens of Seeing and Becoming」において、見ることは到達点ではない。それは初端である。見ることから、空間が自らの場所として立ち上がる。そして、その場所との関係のなかで何が起きるのか。あるいは、何も起きないのか。今回の展覧会は、その先へとひらかれている。
約25点で構成する「Gardens of Seeing and Becoming」
本展では、これまで制作してきた作品と新作をあわせ、約25点を展示する。
雪舟に関わる庭から始まった作品は、夢窓疎石の庭へと広がり、庭を一つの視点から捉えるだけでなく、複数の視点を重ね、折り、反転させるなど、その表現も変化してきた。また、庭を巡る人々の視線を取り込んだ作品では、「見る人」そのものが作品のなかに現れる。
今回新たに加わるのが、熊谷守一つけち記念館に再現された守一の庭、そして正岡子規が晩年を過ごした子規庵の庭から生まれる作品である。
守一が長く暮らした東京の庭は、現在は残されていない。故郷・岐阜県中津川市付知町に再現された庭には、草や木、生き物とともに暮らし、それらを見つめ続けた守一のまなざしがある。その不在のまなざしと、いま庭を見る者との関係から、「見ること」と「見られること」は新たな局面へと移っていく。
子規庵では、病床にあった正岡子規が、限られた身体のなかから庭を見続けた。その庭を現在の視点から見ることは、これまでとは異なる「見ること」と場所との関係を作品にもたらす。
展覧会とともに刊行する「The Book」
本展にあわせ、作品集『Gardens of Seeing and Becoming』(カタログ・図録)を刊行する。展覧会の記録としてだけではなく、これまでの制作と現在進行する作品を一冊のなかで再構成した「The Book」として制作を進めている。