慶應SFCは「米軍を迎撃する拠点」だったのか? 湘南・藤沢で起きるはずだった「幻の地上戦」と知られざる軍都の歴史

2026.08.10 09:00
太平洋戦争末期、軍都化が進む藤沢には本土決戦の陣地が作られました。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)が米軍を迎撃する拠点だった驚きの歴史と、相模湾で起こるはずだった幻の地上戦に迫ります。清水氏の新著『軍都を歩く』から一部抜粋・編集してお届けします。

■藤沢の軍都化

1937年、日中戦争が始まると、日本軍は中国の主要都市を占領していく。

各地で戦勝を祝う旗行列・提灯(ちょうちん)行列が展…

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