理想のパンケーキを求めて 腹いっぱい食べる幸せについて

2026.08.06 13:15
目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回はひばりが丘駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)ひばりが丘「COMMA,COFFEE」
腹が、減っていた。ろっ骨と背中がつくほど痩せさらばえた気持ちである。朝にバナナとヨーグルトを食べたきりなにも口にしていない。同僚のランチの誘いは丁重にお断りした。池袋から西武鉄道に乗り、ひばりが丘駅に着いたのが午後3時ごろ。ここまで腹を空かせたのには、ワケがある。
日ごろ当てもなく道を曲がる筆者だが、きょうの目的地は明確だ。駅から20分ほどの場所に建つ「COMMA,COFFEE(コンマコーヒー)」。看板商品のパンケーキの画像をインターネットで見つけ、一目で恋に落ちた。それは子どものころに絵に描いたような見た目をしていた。
なにを隠そう生粋のスイーツ男子である。毎年正月にはイチゴケーキ目当てに鎌倉の喫茶店へ出掛ける。疲労困ぱい時には板チョコを丸々食べる。祖父の世代から受け継ぐ甘党のサラブレッドだ。昨晩はイメトレもした。
駅前を出るとすぐバス通りの多い住宅街になる。早くも一日の終わりのムードが漂っていたのは、下校中の小学生の列のせいか。古い建物も多く、都会は都会、ウチはウチの感があった。ベビーカーを押した夫婦と酒屋主人の談笑が路地に響いていた。
店はひばりが丘団地の一角に佇む。入口に差し掛かると、ヒバリの描かれた木製看板が目に入った。2015年のオープン前は周囲と同じ住居だったという。テラス席のわきの木々が、玄関に柔らかな影を落としていた。
室内は大窓から射す日でオレンジに染まっていた。観葉植物に木目のテーブルと自然の色が基調にある。座席につくと、不思議とくつろいだ気になった。なにより、部屋中を漂ういたずらなバターの香りが……いけない、先に店の紹介をしよう。
店名は小休止の意味を持つ“,(コンマ)”に由来する。地域に根差した環境で、人々が一息つける空間を目指した。店舗責任者の小川仁恵さんは、「ザ・カフェというより、家のような温かみのある場所。日常的に食べたくなるお菓子を置きたいと思っている」と話す。
こだわるのが食材と、その生かし方だ。パフェやケーキに用いる果物は農家から直接仕入れるものも多い。「季節の旬を届けたい。ただ使うのではなく、いかに新しい魅力を引き出すか。手間をかけて作ることは大事にしています」と素材に合う調理法を考える。春はイチゴや柑橘系、夏はマンゴーやメロンなど、シーズンで変わるメニューも魅力だ。
人気の『カステラパンケーキ』は卵の味をストレートに生かした一皿。はみ出るようなバターのビジュアルこそ目を引くが、変則的なことはせず、注文から30分かけて丁寧に焼き上げる。「普段使う素材を素直に使うことで、これだけ美味しくなる」とまっすぐに良さを引き出した。2019年にはドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京系列)で紹介され、話題になった。
溶け始めたバターが鉄板にじゅわあと焼ける音がする。ふわふわの表面は食欲をそそるキツネ色だ。空腹もいよいよ限界となった。目を閉じ、呼吸を整える。いただきます……
分厚い生地にナイフ一閃。立ち上る煙の先に、内層の黄金がきらと輝く。少し大きく切ってしまったがもう待てない。大口を開けてほお張ると、ほかほかの卵の甘みが口中に広がって、鼻から抜けた。天日干しした毛布のようなやさしさ。余韻までしっかり味わう。
プレーンのまま半分を平らげ、今度はメープルシロップ、自家製のキャラメルソースをかけて第2章へ。ほどよい苦みが加わりスイーツ感が増す。キャラメルに絡んだアーモンドの食感が飽きさせない。気づけば皿は空になっていた。朝に見る夢のように呆気ない。
好きなものを腹いっぱい食べることを思う。小川さんは「私自身、食べるのも作るのも好き。美味しいものを食べるときは幸せを感じますね」と言う。店を通じて、日々のささやかな幸福を届けていきたい。「“初めてデートで食べたパンケーキ”みたいな、思い出の一つになるように。コンマに触れた人たちの、美味しい時間を作れたらと思います」
窓を通して公園で遊ぶ子どもたちの声が聞こえる。思い出したのは昔の誕生日だ。体に良くないという理由で、バースデーケーキを丸々ひとりで食べるのは許されなかった。膨れた腹を見て、ため息をつく。大人になるのも、時に悪くない。


  お散歩マップ

  COOPERATION
COMMA,COFFEE
〒202-0001 東京都西東京市ひばりが丘3-4-47 HIBARI TERRACE 118 1F
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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

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