この記事をまとめると
■フランスの商用車でありながら日本で愛されるルノー・カングーの人気の秘密を考えた
■高い機能性と必要十分な走行性能、そして女性を味方につけやすいキャラクターが一因
■快適性とファニーな外観を両立しながら押し付けることなく共有していることがヒットの要因と分析
カングーに乗っているというとフランス人の友人は大笑い
何年前だったか、フランス人のカメラマン仲間を成田に迎えにいったときのコト。我が家の2012年式カングーをパーキングで見つけるなり、ヤツはフランス訛りの英語で笑い転げた。「トヨタにオンダ(HONDAのコト)、マツダの祖国でルノーとは!」。
自分はフリーのカメラマンで、主にクルマや自転車の専門誌などで撮らせていただいている。いわゆるカングー2とはかれこれ10年以上の付き合いだ。だが、「なぜニッポンでカングー?」をフランス人と語るのは初めてだし、そもそも自分のなかにも答えはない。カメラ機材その他がガンガン積めるし、東京の渋滞は朝のパリ並みだから取りまわしの良いカングーが……と説明したが、「ニッサンのバンだっていいだろう」。
確かに。「乗用車の快適性と商業車の実用性を両立した」のがカングーだとすれば、同じようなコンセプトを持つモデルは他にもある。だが、少なくとも日本におけるカングーの立ち位置は唯一無二。いまでこそカングーカテゴリーとも言うべきフレンチミニバン各車が上陸しているが、それでもなお、その存在感は絶大だ。少なくとも自分はそう思っている。
なぜ日本人はこんなにもカングーを愛しているのか?
カングーの悪口って聞いたことがない。クルマ好き連中も好意的だし、カメラマンのアシだといえば説得力さらに倍。こんなにも広い層から愛される輸入車って珍しいかもしれない。威圧感皆無のユル系フレンチ。それがザ・カングー。
カングーは「走り」もなかなかで、とくにミッションは面白いらしいと聞く。AT車オーナーの自分としても悪い気はしないが、意識しなかったというのが正直なところである。カメラや撮影物を積んでいるから飛ばせないという理由は少々個人的だとしても、ほかのカングーオーナーだって、ドライバーズカーだから! で選んだ人は多くないと思われる。
乗りはじめて気がついた美点は他にもある。決して小さくはない外観からは想像できないほど小まわりが効くのは嬉しい誤算だ。実際、5ナンバー枠に収まっていた初代カングーの最小回転半径が5.2mなのに対して、カングー2は5.1mなのである。なんたってハンドルのキレ角が大きいのが効いている。
それにしても、デカングーに進化してなお、小まわりにコダワるその心は? の疑問は、フランスで解決した。ときにバンパー同士をぶつけるのもいとわないパリ名物の路上駐車では、ハンドルのキレ角とショートボディが有効らしいのだ。全幅1830mmのカングー2だが、全長はわずかに4215mm。日本製5ナンバーミニバンよりも短いのである。カワイイと称される独特のディメンションは、市街地での使い勝手を優先した……、つまり機能を形に表した姿らしい。
カメラマンとしてうれしいのは、機材満載のフル積載時とほぼ空荷の状態において、その安定感が損なわれないコト。横風さえ気をつけていれば、高速で疲れないのはホントである。
さらに、わずか数センチではあるが最低地上高がチョイ高めに設定されているおかげで、雪道の轍を跨いでくれたり、未舗装の不整地でも粘ってくれるのが助かる。いまどき扁平率65のタイヤも、ヨーロッパらしい石畳の必需品なのだろう。たっぷりのエアボリュームと座り心地の良いシートは、きっとあの素晴らしい乗り心地につながっているハズである。
さすが、フランスの働くクルマ。使って分かる高い実用性には、生まれ故郷の日常が反映されていたらしいのだ。
ただ、自分はといえばハードウェアとしての完成度の高さでカングーを選んだのではない。それは乗り倒してはじめてわかったエトセトラであり、購入前には知り得なかったこと。その合理性に説得力はあるが、それは果たして日本におけるカングー人気の理由なのだろうか?
我が家がカングーを選んだ理由を思い出してみよう。カングー以前の相棒であった初代フィットは、駆け出しの頃に苦楽を分け合った仲。文句のつけようのない優等生だが、ロードレーサーやキャンプブームの到来でアウトドア的な仕事をいただくようになり、積載物が圧倒的に増えたという業務上の理由とトイプードルとの暮らしが始まったことで、もう少しだけ室内空間の余裕が必要になったのだ。
真っ先に次期F-X候補に上がったのが初代カングーであった。正規輸入が開始されたころの日本では、あまり話題に上がらなかったように記憶しているが、自分の場合は、シュペールサンクベースのフルゴネットたる「エクスプレス」に乗っていた友人のスタイリストの愛車というコトで、身近な存在だったのだ。
「メガーヌの下だけどルーテシアとは違う」的な立ち位置だったと思う。「全高1.8mのコンパクトな2ボックス」という異形だったが、じつは5ナンバー枠に収まるコンパクトなボディであり、フィットよりも全長でプラス20cm、全高でプラス28cmという絶妙なサイズだった。まさに日本の道路事情にベストマッチで、「これなら私も運転できる」と妻が乗り気になってくれた上、ファニーなルックスも娘たちから大好評。
クルマ購入で家族を味方につけるという千載一遇のチャンス到来である。はたして、初代カングーにするつもりで導入のタイミング見計らっていた2007年、満を持しての2代目発表。聞けば、やはり格段に進歩しているとのこと。
初代の中古を探していたのだが、新型登場以降も中古車市場は一向に下がらない。いや、むしろデカングーへの違和感で相場は上がっていたような。程度のいい中古が平気で180万〜190万円していたのに比べ、2代目は予想に反しての日本価格据え置き。5速MT仕様が219万8000円って、本国より安いんじゃないの? と腰を抜かした覚えがある。
家族全員に愛されるキャラクターがカングーの魅力
一度試乗してみると、これはもう2代目しかない! と惚れ込んでしまった次第。妻が運転することも考えて、4速AT車に決定した。229万8000円ナリ。思えばこのプライスレンジで購入できるライバルは不在であった。シトロエンのC4ピカソが400万円超え、ステップワゴンが300万だったコトを考えると、その割安感たるや。ルノー・ジャポンの気が変わらぬうちに、そして明日はどっちだ? のフリーというコトで現金一括払い。無理をせずに手が届く憧れ。それが、カングー2であった。
当時のカングーのラインアップは極めてシンプル。エンジンは1600ccガソリン一本、MTかATを選ぶだけである。グレードでヒエラルキーが決まるなんてのはなく、カングー好きは皆平等なのだ。もちろん、RS的なメーカーチューンが登場するコトもない。いまでこそカングー・ターボが出てるけれど、ミッドシップのカングー・ターボ2は一生出ないであろう。
要するに、速さや豪華さは誰も求めていなかったのである。無塗装の樹脂バンパー人気はカングー・クルールからだが、コレもまた、日本におけるヨーロッパ車への憧れ的ベクトルからは考えられない流行だ。
自分もご多分に漏れず、プラのホイールカバーを外してスチールホイールむき出しである。いまどき5穴15インチの鉄チンを愛するのは、日本のカングーファンくらいか。かのNASCARですら、昨年からセンターロックの16インチアルミに変わっているご時世である。
ラインアップはシンプルだが、ボディカラーが標準で5種類が用意されているあたりがカングーらしい。さらにイマージュというグレードでは5色のメタリックがあり、ディーラーに家族ででかけてワイワイ選んだのを覚えている。
結局、限定色の「ベージュカマルグ」に落ち着くのだが、その理由は、我が家の「トイプーと同じ色だから」。女性陣にとってボディカラーは大事であり、明るい内装色も好感触だった。なるほど、パパとは視点が違うのだ。
パパの選択理由。それは仕事道具としての使い勝手と予算、そしてロマンの存在。妻は運転のしやすさと肩肘張らないオシャレ感。娘たちは「かわいい」と後部座席の乗り心地。
家族全員に愛されるキャラクター。それが、カングーの魅力であることに間違いはなさそうだ。お迎えしてからは、以前にもまして家族揃ってのドライブが多くなった。ソロキャンがファミキャンになったのには驚かされたし、カングー・ジャンボリーでサイクリングしたのもいい思い出である。
自分的には、車中泊仕様に仕立てたことが大きかった。いつか……と想いながら幾年月。実行に移さなかった背中を押してくれたのはカングーである。簡易的なベッドをDIYで作っただけだが、天気待ちの車中待機が格段に楽になった他、ロケが終わった暁に、地元のご飯屋さんで腹ごしらえでもして、道が空いたら帰ればいい……なんていう、いい意味での余裕ができたように思う。なんなら仮眠をとって翌朝を迎え、見知らぬ町を自転車でさまようのも楽しい。
別に、車中泊やキャンプはカングーの特典ではない。だが、カングーで遊んだら面白そう! という謎のモチベーションが後押ししてくれたのは確かである。
そして、カングーならではの魅力は、街の風景にも見事に溶け込んでしまうコトだと感じている。以前、特別仕様車の発表会を代官山の蔦屋で取材した風景がまぶたに焼き付いているのだ。それはそれはお似合いで、「そういうコトか」と腑に落ちた覚えがある。
正真正銘の実用車である。乗用車としての快適性を犠牲にしていない。都会的な風景に溶け込む洗練さを持ち合わせている。そして、そのすべてを押し付けることなく共有してくれるキャラクター。それが、日本におけるカングー人気の源なのではと考えるのだが、いかがだろうか?