日野町事件再審から考える「冤罪を生む二つの土壌」とは

2023.03.03 09:30
2023.03.03 up提供:RKBラジオ
滋賀県日野町で39年前に起きた強盗殺人事件「日野町事件」の再審請求で、大阪高裁は服役中に死亡した阪原弘さんの再審開始を認める決定を出した。3月3日、RKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんは「検察側の“証拠隠し”が冤罪を生んでいる」と指摘し、再審で全証拠の一覧表を開示する制度を導入すべきだと主張した。
遺族による再審請求
裁判で無罪主張するも判決は無期懲役
苛烈な取り調べと脅しで「自供」に転じる
検察の「証拠隠し」が再審請求で明らかに
「証拠隠し」の冤罪事件は九州でも
再審こそ全証拠の一覧表を開示する制度導入を
遺族による再審請求
本論に入る前に、まず考えてみましょう。「もし、それが自分だったら」と――。無実の罪で逮捕・起訴されて、その時点で人生はもう滅茶苦茶。職も社会的信用も全て失って、家族まで犯罪者の家族と言われ、さらに裁判でも主張は認められず刑務所に入れられて、阪原さんのケースで言うと、再審請求の結果も見ないまま亡くなっています。どんなに悔しかったでしょう。

阪原さん本人が行った最初の再審請求は死去によって終わり、いま行われているのは遺族による第2次請求です。再審開始となれば、無期懲役事件で戦後初の「死後再審」=被告が亡くなってからの裁判やり直しとなりますが、実はまだ決定ではなく、大阪高検が期限の3月6日までに特別抗告しなければの話。弁護団は高検に対して特別抗告しないよう申し入れていますが、もし抗告されれば最高裁で審理されることになり、さらに長期化するので、検察の判断が注目されています。
裁判で無罪主張するも判決は無期懲役
では、改めて事件を振り返ります。

発生は1984年の年末。12月29日に滋賀県日野町の酒店経営の女性が消息を絶ち、20日後の1月18日に町内の宅地造成地で他殺体で発見され、さらに後日、近くの山中で店の金庫が見つかりました。金目当ての殺人、強盗殺人事件です。

捜査は難航し、阪原さんが逮捕されたのは遺体発見から3年後でした。警察の事情聴取で犯行を自白したとされ、起訴されました。阪原さんは裁判では一貫して無罪を主張しますが、一審の大津地裁は無期懲役の判決を下し、2000年に最高裁で確定しました。

この間、裁判だけで12年。翌年、阪原さんは1回目の再審請求を起こしますが、高裁で審理中の2011年に病死しました。逮捕当時53歳だった阪原さんは75歳になっていました。
苛烈な取り調べと脅しで「自供」に転じる
この事件には、「冤罪を生む土壌」とされる二つの問題が典型的に現れます。解説します。

一つは「自白の偏重」。「本人が犯行を認めたのだから、やったに違いない」という考え方です。このため、かつて警察は「落とす」=自供させる=ためにかなり強引な取り調べを行い、その反省から2019年に取り調べの全過程の録音録画が義務化されました。

この事件でも取り調べは苛烈を極めたとされ、弁護団などによると、阪原さんは警察の事情聴取で事件当日のアリバイを主張しましたが、取調官に椅子を蹴飛ばして倒されたり、束ねた鉛筆で突かれたりするなどの暴力を受けたとされ、阪原さんの長男・弘次さんによると、「明らかに顔が腫れていた」と言います。それでも否認していた阪原さんが自供に転じたのは「娘の嫁ぎ先をガタガタにしたるわ」という脅しがきっかけだったと言われます。

これについて坂原さんは起訴当時、弁護士にこう話しています。「それまでなんぼ拷問受けても、『死なへんさかい』にと、私はこう思いましたが、娘のことを言われた時には、もう応じないとしょうがない」――と。

さらに、長男の弘次さんには「誰も信じてくれん。でもお前らだけは信じてくれ。父ちゃんなにもやってへん」――と、泣きながら話したといいます。この思いのまま亡くなったことを思うと、胸が痛みます。
検察の「証拠隠し」が再審請求で明らかに
さて、冤罪を生む土壌のもう一つは、「証拠の非開示」=捜査段階で警察が収集した証拠を、必ずしもすべて出すわけではない=ということです。再審でどれを法廷に提出するかは、まだ事実上、検察側の裁量に委ねられています。

実は今回、裁判所が再審開始の判断をした理由も「証拠が隠されていた」ことでした。遺族による第2次再審請求で初めて開示された証拠の中に、自白の信用性に強い疑いを生じさせるものがあったんです。弁護団が、開示されていない証拠も出すよう強く求めて、ようやく出てきました。

それは、写真のネガフィルムです。阪原さんが金庫の発見場所まで捜査員を案内する様子を撮影したもので、「犯人しか知りえない場所を知っていた」ことを示す重要な証拠です。ところが、弁護団の分析で、これまで裁判に提出されていた写真19枚のうち8枚は、帰り道で撮影されたものだと分かりました。行き道を案内する写真ではなかったんです。

このため、再審請求1審の大津地裁は検察側にその他の証拠も開示するよう勧告し、さらに出てきたのが、捜査員を遺体の発見場所まで案内する写真の、全てのネガでした。

阪原さんは捜査段階で、「遺体を軽トラックで町内の宅地造成地まで運んで遺棄した」と自白したとされます。その裏付けとして、遺体代わりに人形を使って、殺害場所から遺棄現場まで本人が案内した報告書が、写真付きで提出されていました。

ところが、そのすべてのネガを見ると、案内の再現が何度も繰り返されていた、つまり「やり直し」もあった疑いが浮上したんです。このため裁判所も「誘導の可能性も含め、任意に行われたと言えるかどうか、疑問を差し挟む余地が生じた」と判断しました。

――というか、そもそも元の裁判ですべての証拠が提出されていれば、判決は違っていたでしょう。再審開始を認めた大阪高裁の石川恭司裁判長も「確定審の段階で、ネガフィルムの内容を踏まえた適切な主張・立証が行われたとすれば、確定判決と異なる判断になった可能性が否定しがたい」と指弾しました。
「証拠隠し」の冤罪事件は九州でも
この「証拠隠し」による冤罪事件は、九州でもありました。ちょうど日野町事件と同時期、1985年に熊本県の旧松橋町で男性が刺殺された「松橋事件」です。

この事件では、被害者の知人だった宮田浩喜さんが逮捕・起訴され、裁判で無罪を主張しましたが、熊本地裁で懲役13年が言い渡され、1990年に最高裁で確定しました。有罪の根拠は事実上「自白」だけでした。

ところが、捜査段階の自白で「凶器となった小刀の柄にはシャツの切れ端を巻いていたが、犯行後に燃やした」という、そのシャツの切れ端が、実際には検察に保管されていたことが、再審準備中に弁護団の調べで分かります。燃やされていなかったし、血痕もなかった。つまり検察は、自白の信ぴょう性を根底から揺るがす証拠を隠したまま、刑が確定するまで裁判を進めていたわけです。

当然ながら再審請求は1審、2審ともに認められますが、検察は最高裁まで争い、この間に宮田さんは認知症の進行で歩くこともできなくなり、父親のために再審請求をしていた長男も亡くなりました。その理不尽さは、検察の特別抗告を受けた最高裁が、異例の短期間で門前払いにしたことからも分かります。こうして宮田さんは逮捕から34年後の2019年に再審無罪判決を勝ち取りますが、既に認知症で意思疎通も難しく、翌年87歳で亡くなりました。検察が、最初の裁判ですべての証拠を示していれば、そこで無罪が言い渡されたはずの冤罪でした。
再審こそ全証拠の一覧表を開示する制度導入を
その後、刑事訴訟法が改正され、殺人など重大事件を裁く裁判員裁判などでは、検察側に全証拠の一覧表の開示が義務付けられましたが、再審ではまだ開示が義務付けられていません。このため日本弁護士連合会は去年6月、「再審法改正実現本部」を設置して、全面的な証拠開示の制度化などを求めています。私も、1日も早く制度化すべきだと思いますが、何が問題なのでしょう。捜査が正しければ、何も隠す必要はないのですから。

さて、今回の日野町事件も、松橋事件と同じ経過をたどっていますが、それでも検察は特別抗告するのでしょうか。「当時の検察官の過ちを認めることになるから、組織を守るためにせざるを得ない」という論もあるやに聞きますが、何ですか、そのつまらない面子は。これは検察の「正義」が問われる判断だと、私は思います。
プレミアム会員登録をして全国のラジオを聴く!
立川生志 金サイト放送局:RKBラジオ放送日時:毎週金曜 6時30分~10時00分出演者:立川生志、田中みずき、潟永秀一郎
出演番組をラジコで聴く
立川 生志田中 みずき
※放送情報は変更となる場合があります。

あわせて読みたい

ナチスによる盗品か。エゴン・シーレ作品の押収令状に、シカゴ美術館は反発
ARTnews JAPAN
米大統領選「ヘイリー氏がトランプ氏支持を表明するかどうか。ポイントは免責特権だ」今後の行方を専門家が分析
ニッポン放送 NEWS ONLINE
ゴールドカードに若年化の傾向?U29の初契約年齢 最多は20歳
antenna
SMBC日興「相場操縦事件」、早期決着方針の歪み
東洋経済オンライン
アンディ・ウォーホル財団が写真家に示談金を支払い和解。300万円は「訴訟費用のほんの一部」
ARTnews JAPAN
世界最高峰のヨットレース「アメリカズカップ」が追い求める「人の可能性」
antenna*
日本の会計システムが生んだ英国史上最大の冤罪…「オービス」は大丈夫なのか心配
ドライバーWeb
【バレなかった!けど】免取りを避けたくてオービス身代わり出頭を頼んだ社長の顛末
ドライバーWeb
人気声優・小野賢章が「自分をアップデートさせる」ドライブ旅へ! @江ノ島〜葉山
antenna
広瀬アリスが「完全無罪」でWOWOWドラマに初出演。これまでと違う役柄に「日々学びながら、とても充実している」
TVガイド
日本の「保守」が崩れようとしているいま、岸田首相の胆力が試されている
現代ビジネス
dアニメストアCMに須田景凪氏の新曲起用
antenna
《京アニ放火殺人事件》無罪になる可能性も?…最大の争点「刑事責任能力」について、2人の精神科医が示していた「異なる見解」
現代ビジネス
世界のマヌケな犯罪者…逮捕の瞬間を一挙大公開!!『ワールド極限ミステリー』1/24(水)【TBS】
TBS[YouTube公式]
限界に挑戦し続ける姿勢とサステナブルな価値観。ヨットレース「アメリカズカップ」に世界が熱視線を送る理由
antenna*
無罪判決まで23年!18歳の娘を殺害された母が執念の捜査!!『ワールド極限ミステリー』1/24(水)【TBS】
TBS[YouTube公式]
全米史上最悪の冤罪事件!天才DNA探偵が真犯人を暴く!!『ワールド極限ミステリー』1/24(水)【TBS】
TBS[YouTube公式]
緑をテーマカラーにした、はちみつを愉しむアフタヌーンティー  
PR TIMES Topics
恋人と愛犬をナイフで惨殺した女性、大麻乱用と精神錯乱の相関関係 米
Rolling Stone Japan
米俳優ボールドウィンさん、無罪主張 誤射めぐる裁判で
AFPBB News オススメ
夏の楽しみ再び!「WATERBOMB JAPAN 2024」開催決定
antenna