この記事をまとめると
■走る、曲がる、止まる、はクルマの基本運動三要素
■なぜクルマは走ることができるのかを改めて解説
■クルマに対してさまざまな力が作用することで動きが得られている
クルマは物理の法則に従って動いている
走る、曲がる、止まる、はクルマの基本運動三要素だが、ドライバー側から見ると、アクセルペダル、ステアリングホイール、ブレーキペダルの各操作がこの動きに該当することになる。これらの操作は、クルマを運転する際、日常無意識のうちに行われている。アクセルを踏めばクルマが走り、ステアリングホイールを回せば前輪の向きが変わってクルマの進行方向が変わり、ブレーキペダルを踏むとクルマが減速、停車する。
では、これらの運転操作を実行すると、なぜクルマがその操作に応じた(ドライバーが意図した)反応を示すのか、考えたことがあるだろうか? たとえば、ステアリングホイールを回すと前輪の向きが変わり、だからクルマの進行方向が変わる、と考えていないだろうか。たしかに、見かけ上はそうした動きになるので、この考え方が間違っているとは言えないのだが、一歩踏み込んで考察してみると、動く物体(=クルマ)に対していろいろな力が作用することで、走る、曲がる、止まるの動きが得られていることがわかる。言い換えれば、クルマは物理の法則に従って動いているわけで、クルマの動きを物知り風、ドヤ顔で語れるような検証をしてみよう。
いちばん分かりやすいのが、アクセルペタルだ。踏み込むことでエンジン内(燃焼室)に燃料を送り込み、エンジンの回転力をタイヤに伝えることで、加速や定常走行が可能となる。アクセルぺダルは、エンジンを回転させる燃料量を調整(燃焼によるエネルギー量の調整)することで、加速や定常走行といったクルマの走りをコントロールしている。このことは、誰でも理解している事柄ではないかと思う。
では、曲がる、つまりステアリング操作はどうだろうか? ステアリングを回すと前輪の向きが変わり(舵角がつき)、その変わった向きに従ってクルマの進行方向も変わる、と理解しがちである。たしかに、見かけ上はそのとおりで、この捉え方が間違っているとは言えないが、実際には、前輪に舵角を与えることで、クルマに回転力(ヨーモーメント)が発生し、その力によって曲がっていくのである。
ステアリングを回す(前輪が向きを変える)と、クルマはふたつの回転運動を同時に行うことになる。ひとつは、前輪の舵角によって車両自身に発生する自転運動、もうひとつは進行によって発生する公転運動、このふたつである。
この動きを正確に表現すると、転舵(操舵)→車両に自転運動が発生=求心力の発生→公転運動の発生、という順番になる。もちろん、これらの動きは瞬時のことで、ほとんど同時期に発生すると捉えてもかまわないが、たとえばこれが、自転運動しかしなかった場合はスピン状態となり、逆に公転運動しかしなかった場合はドリフト状態となる。
ステアリングを回した前輪の向きに従ってクルマが曲がっていくのは、自転運動と公転運動(両運動は転舵によって同時に発生)の周期が一致することで、旋回運動が自然に行われるもので、向きを変える力は前輪舵角によって発生した回転力である。
ブレーキについても同じことが言えるだろう。ブレーキペダルを踏むと、タイヤと一体で回転しているブレーキローターやブレーキドラムに、ブレーキパッドやブレーキシューのはさみつける力や押しつける力を作用させ、その摩擦力で車両の走行速度を低下させている、と一般的には理解されている。
しかし、これもステアリングの働きと同じで、正確にはブレーキパッドやブレーキシューが発生する摩擦力によって速度が低下するわけではない。ステアリングのところでも触れたように、クルマは走行する物体だ。言い換えれば、質量×走行速度のエネルギーを持った物体である。その運動エネルギーを、ブレーキは摩擦によって熱エネルギーに換え、それを大気中に放散することで運動エネルギーを減じている、つまり車速を低下させているのだ。これは物理学の基本要素のひとつ、エネルギー保存の法則である。
理論的にはレーシングカーが天井を走ることは可能
クルマと路面の接点であるタイヤの働き(性能)も、そのグリップ特性は科学によって説明が可能だ。タイヤが持つグリップ力は、縦方向(進行方向)のグリップ力と横方向(旋回方向)のグリップ力を合算(合力)したもので、結果的にそれがグリップ力の100%となる。つまり、コーナリング中(グリップ力を横方向で使用中)に、加速あるいは減速方向の力を使えばこちらでもグリップ力(縦方向のグリップ力)を使うことになり、この合力がグリップ力の限界値を超えるとグリップ力が失われることになる。
逆の言い方をすると、加減速時に最大限のグリップ力を得るには車両は直進状態、コーナリング中に最大限のグリップ力を得るにはアクセル(駆動力)/ブレーキ(制動力)をゼロにすればよいことになる。ただ、コーナリング中はほかの力も車体に作用するため、縦方向のグリップ力を使わないことが最速のコーナリングというわけでもない。
この縦方向(ブレーキ力/駆動力)と横方向(コーナリング力)の関係を示すものとして「タイヤ摩擦円」の考え方がある。タイヤ全体の全グリップ力(100%)対し、縦方向と横方向のグリップ力バランスを三角関数によって示す方法だ。タイヤの持つグリップ力が、縦方向と横方向のグリップ力から成り立っていることを理解すれば、旋回中のアクセルまたはブレーキ操作、加減速中のステアリング操作の有無が、速くあるいはスムースに走る上での大きなカギになることがわかる。
タイヤといえば、地域によってはそろそろスタッドレスタイヤの準備を始めなくてはいけない時期になってきたが、なぜ氷路(アイスバーン)が滑るのか、考えてみたことはあるだろうか? アイスバーンは、ドライ舗装路と異なり路面の摩擦係数が極端に小さいから、というのがその理由だが、では、なぜ摩擦係数が小さいのだろうか。
路面(氷面)が平らで引っ掛かる物がなく、その結果、グリップ力が低いと考えられている。まさにそのとおりなのだが、じつはアイスバーンのグリップ力は、自然環境によって変わる特徴がある。アイスバーンが滑るというのは、氷面にタイヤ面が接触し、その上をタイヤが転がることで氷面が溶け、水となって氷面とタイヤ面の間に入り込むことで滑りが生じるようになるからだ。
問題なのは、この時の温度で、氷が溶けて滑りやすくなるのはマイナス10度から0度の間にあるときなのだ。仮にマイナス30度あたりまで温度が下がってしまうと、タイヤ面と氷面の接触によって氷が溶けることもなく、むしろ走りやすくなる。個人的に体験したことはないが、この温度下であれば夏タイヤでも走れるという。もちろん、氷面のコンディションにもよるが、磨き上げたような平滑な氷面でなければ、それなりの速度で進むことが出来ると考えてよいだろう。
この路面(氷面)とタイヤ面の間に水が入って滑る現象は、降雨などにより舗装路面とタイヤの間に水膜が生じて起こるアクアプレーニング現象(ハイドロプレーニング現象)も同じで、タイヤは路面と接地できず、車両のコントロールが失われることになる。
これは編集部から提示された疑問だが、レーシングカーは逆さまになって天井を走ることができるとは本当なのか、という設問である。
おそらく、誰も試したことはないだろうが、理論的には可能である。近年のレーシングカーは、コーナリング中の接地性能を向上させるため、空力によって車両を路面に押さえ付ける対策を施している。よく聞く言葉だが「ダウンフォース」がこの力だ。かつては下向き揚力という表現を使った時代もあったが、クルマが空気中を進むときに発生する空気抵抗を下向きの力に換え、車体を路面に押さえ付けることで接地性能を引き上げようという考え方だ。
問題は、発生するダウンフォースの大きさだが、F1では1トン半とか2トンとも言われる巨大なもので、せいぜい数百kgの車両重量を大きく上まわる力である。つまり、2トンのダウンフォースを発生させれば、車両重量分を差し引いても1トン半近い力で天井に押しつけられることになり、逆さまになって天井を走ることができる、という理論になる。
走るクルマの動きは、ドライバーの立場から見れば感覚的に捉えがちだが、じつはすべて科学的根拠に基づくもので、場合によってこの関係を理解しておくと、より速く、より安全にクルマを走らせることができるようにもなる。走るクルマは科学だ! 言い過ぎ?