好きなことや、やりたいことがあるなら、なるべく大きな声でわめいたほうがいい。
これが私の生きる道!
2020.03.23 00:00
過去を振り返って、「こうすればよかった」と考えてみたところで、現実は変わらない。
塩谷歩波さん(「小杉湯」番頭/イラストレーター)


――あなたのお仕事は?
 株式会社小杉湯の正社員として働いています。番台に立つのは月1程度。それ以外は、ちらしやPOPを作ったり、今後のイベントの企画を考えたりと、経営面に携わることも増えましたね。

――この仕事を始めたきっかけは?
 建築家を目指して設計事務所に入ったのですが、仕事に没頭しすぎたせいか、入社して1年半で体調を崩してしまって。しばらく休職することになってしまいました。実家で落ち込んでいるときに、友人が連れ出してくれたのが銭湯だったんです。久々に訪れた銭湯は、昼間だということもあって暖かい日差しが心地よく、大きなお風呂につかったとたん、硬かった心がするすると溶けていくのを感じました。たまたま目が合ったおばあちゃんと、他愛もない世間話をしているのも良かった。「銭湯に行くと体調がよくなる!」、そう実感してからは、すっかり銭湯が大好きになっていました。

 そんな銭湯の魅力を皆さんにも知ってもらいたい、そう思って描き始めたのが、イラスト銭湯図解です。ツイッターで発表したところ、小杉湯の3代目・平松佑介さんが、「うちのパンフレットを描いてほしい」と連絡をくださって。

打ち合わせでは、銭湯とはどういう場所か、小杉湯の立ち位置は? とか、2人で話し合ったのが思いのほか楽しかった。その頃から、小杉湯に関わっていきたいという気持ちはありましたね。そうこうしているうちに設計事務所へ復職を果たすのですが、全然体調は戻っていなかったんです。もう建築業界で働くのは無理なのかも、そう悩んでいたタイミングで、「じゃあ、うちで働かない?」と誘ってくださったのが、小杉湯で働くことになったきっかけです。

――夢だった建築の世界から銭湯への転職、葛藤はなかった?
 正直、悩みました。建築家になるために、父や母には高い学費を払ってもらい、休職中は心配もかけてきました。何より私自身、ずっと建築家になりたくて勉強をしてきたのに、ここですべて水の泡にしてしまっていいのか。それでもやっぱり、銭湯が好きだったし、平松さんと話した経験は楽しかった。悩んだ私は、友人10人に相談をして、一人でも反対したら建築の世界に戻ろうと思ったんです。結果は10対0。全員が銭湯への転職に賛成でした(笑)。「建築の仕事はいつでも戻って来られるから、今あるチャンスをつかんだほうがいい!」という友人の言葉に背中を押され、転職を決意しました。

――後悔はない?
 過去を振り返って、「こうすればよかった」と考えてみたところで、現実は変わらない。だから、後悔もしないし、自分の選択がすべて正しいと確信しています。銭湯のおかげで、体調も治ったし、前向きな性格にもなれたし、友人も増えた。今はすごく毎日が楽しいですね。

――銭湯図解とは?
 建築の図法である「アイソメトリック」を用いて、銭湯の内部を緻密な俯瞰図で描いたシリーズです。銭湯の魅力を伝えたい、という目的があるので、わかりやすく、そして楽しそうな様子が伝わるよう工夫しています。取材では、レーザー測定器などを使って、浴室全体や浴槽、タイル幅までもれなく測り、全体の位置関係がわかるよう写真でも押さえます。あとは家で、実測データをもとに縮尺を決め、写真を見ながらひたすら描いていくという作業です。実は描き方としては、設計で図面を引くのと変わりません。ただ、私はイラストレーターなので、そこに自分が感じた風景を投影するようにしています。例えば、窓から夕日が差し込む様子が素敵だったら、その色合いを忠実に着彩で表現したり。銭湯へ行ったときの思い出や感じたことを、すべて絵の中に盛り込みたいんです。イラストを見た人に、少しでも銭湯の魅力が伝わるように。

『銭湯図解』塩谷歩波著(中央公論新社)より。
違うものに見えた道は、 絵を描くという仕事でつながっていました。
――今後、やりたいことは?
 1人前のクリエイターだと胸を張って言えるようになりたい。『銭湯図解』(中央公論新社)を出すまでは、自分のことをアマチュアのイラストレーターだと思っていたので、本が出たいま、銭湯以外のものも描けるプロでありたいと思うようになりました。

 先日、高円寺で行われた、「高架下芸術祭」に参加したときのこと。高円寺駅から阿佐ヶ谷駅方面までの高架下空間を描いたんです。そしたら、ある鉄道会社の方が私の絵を見て「高架下の空間て、すごくいいものだね」と言ってくださって。見慣れた高架下も絵にすることで見え方が変わる! そこに携わっている人が喜んでくれる! それが本当にうれしかったんです。イラストレーターとしてやりたいことはこれだと思いました。

 設計と、いま絵を描いていることって、表現は違うけれど似ています。別の道を選んだように見えたけれど、建築で培ってきたものをイラストレーターという仕事で実現できるのではないか、最近はそう思うようになりました。

――あなたにとって理想の仕事(働き方)とは?
 小杉湯とはずっとつながっていたい。でも、イラストレーターとしては、より遠くの世界を見てみたいという気持ちもあります。私にとって小杉湯は、やっぱり離れられないホームなんだと思います。

――これから何かを始めたい人へのアドバイスは?
 好きなことや、やりたいことがあるなら、なるべく大きな声でわめいたほうがいい。友人が助けてくれたり、そのうち、他の誰かが見つけてくれることもあります。私の銭湯図解も、ツイッターで多くの方から反応をいただくようになり、ついには『銭湯図解』が書籍化されるまでになったのですから。



Profile
塩谷歩波さん(「小杉湯」番頭/イラストレーター)
1990年生まれ、東京都出身。東京・高円寺にある、小杉湯の番頭兼イラストレーター。早稲田大学大学院(建築学専攻)を修了後、都内の設計事務所に勤めるも、体調を崩し退職。SNS上で発表した銭湯イラストを一冊にまとめた、『銭湯図解』(中央公論新社)が話題に。


※このエピソードは書籍『これが私の生きる道! 彼女がたどり着いた、愛すべき仕事たち』に収録されたものを一部抜粋しております。

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